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第二十三話・兄の死
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互いに支えながら、ずっと競い合って歳を重ねていくと思っていた兄の死は、突然に訪れた。仕事の移動中に掛かって来た、震えた声の母親から電話。急いで駆け付けた病院の霊安室で、兄の大輝はとても静かに眠っていた。
「……嘘、だろ?」
宏樹が何とか喉から絞り出した台詞には、その場の誰も返事してくれなかった。安置台の横には泣き崩れた母と、まだ生後一か月の甥っ子を抱き締めて立ち尽くしたままの義姉。茫然と天井を仰いだまま動けずにいる作業着姿の男達は、兄の職場の同僚だったんだろう。
その場でかろうじて平静を保っているのは、白衣を着た病院関係者だけ。医師のネームプレートを首から下げた男性が、静かに説明してくる。
「落下した鉄骨の下敷きになったことで、腹部圧迫により内臓が大幅に破損していました。ですが、頭部は倒れた際に打ったんでしょう、額の擦り傷だけで済んでます」
あまりにもキレイな死に顔だったが、真っ白の布が掛けられて隠されていた身体はぐちゃぐちゃだと言う。病院に運ばれた時はすでに手遅れな状態で、治療というよりは修復の処理を受けることしか叶わなかった。
別れの言葉を掛け合うことなく、大事な家族がこの世から去ってしまった。生まれた時からずっと身近にいた存在は、己が死ぬ寸前まで近いところにいると信じていたのに。そしてそれは、もっともっと先のことだと思っていたのに。
「年子なんて、双子育児みたいなものよ」
実際の双子とはまた違うだろとは思っていたが、母親はいつもそう言っていた。しかも、4月生まれの大輝と、1月生まれの宏樹。年子とは言っても2歳近く離れているのだから。
それでも学年は1つしか違わず、入園や入学の学校行事は常に2年連続で、親はかなり大変だったはずだ。その反動なのか、いつも習い事を始めるのは二人まとめてだった。兄が始めるタイミングに合わせて、宏樹も一緒に入会させられた。面倒な手続きも送り迎えもまとめる方が楽だったというのもある。
「大輝がやることは全部やりたがったから」
常に兄と同じことをしたがる弟が、お兄ちゃんだけズルいとグズっていたせいでもあるらしい。小学校の入学を前に、大輝にだけランドセルを買った時は宥めるのが大変だったと未だに揶揄われることがある。自分はまだあと1年は保育園があるのに、4月からは一緒に小学校へ行くと言って聞かなかったと。
兄が出来ることは全部、自分にもできると信じていた。自分は大輝と同等だと思い込んでいたのだろう。
でも、現実には2年近くの歳の差があり、何をやっても大輝には敵わなかった。それは至極当たり前のことなんだけれど、幼い宏樹には悔しくて仕方なかった。
兄は常に目標でありライバルで、一番の遊び相手でもあった。玩具を共有し、夜寝る直前まで遊べる相手は大輝以外にはいない。お互いに水疱瘡の発疹を出しながら、朝から一日中ゲームして遊んだことは楽しかった思い出の一つだ。
兄のペースに合わせて何もかもを早くから取り組み始めたおかげで、ミニバスのチームでは同学年のチームメイトの中で一番にレギュラーを勝ち取ることができたし、高校や大学の受験の際も余裕をもって対策することができた。1学年違いで産んでくれたことを、親には感謝しないといけない。今の自分があるのは、歳の近い大輝の存在があってのことだから。
そして、宏樹が公認会計士の試験を突破した時、誰よりも喜んでくれたのも大輝だった。「頑張ってたもんな。宏樹は俺の自慢の弟だ」と涙ぐみながら掛けてくれた言葉は、決して忘れない。
物心がついた頃には父親は病死していて、シングルマザーとして外へ働きに出ていた母親。兄弟だけで過ごす時間はとても多かった。
父親のいない家で家族を守るのは長男である自分だという思いもあって、大輝はやたらと身体を鍛えたがるようになった。それはその後の筋肉バカにつながるのだが、最初に彼が強くなりたいと考えるようになったのは、小学校低学年だった弟が大輝よりもさらに大きな子達に泣かされて帰宅したことがキッカケだったと思う。
下校途中にふざけた上級生達に、ランドセルを後ろから引っ張られた。今思い出すとただそれだけなのだが、年上の子達を相手に文句も言えず、宏樹は泣きながら家に帰ってきた。
その日から、「早く大きくなって、強くなりたい」と大輝は夜寝る前に牛乳を飲み、早く起きれた日は朝から家の周りをランニングするようになった。
家族を守る為に身体を鍛え始めた兄。けれど、これから守らなくてはいけない家族を置いて、大輝はこの世からいなくなってしまった。彼の大切な家族は、大輝の遺体の横で何も出来ずに立ち尽くしたままだ。
「なんでっ……」
悲しみよりも、悔しさがこみ上げてくる。兄の大輝は、こんな中途半端な人生を歩んで良い人じゃない。彼は常に宏樹の前にいて、後ろから必死で追いかけてくる弟のことを、余裕の笑みを浮かべながら見ているべきなのに。
大事な家族が生から見放されたという絶望。この怒りはどこへぶつけたらいいんだろうか。
「……嘘、だろ?」
宏樹が何とか喉から絞り出した台詞には、その場の誰も返事してくれなかった。安置台の横には泣き崩れた母と、まだ生後一か月の甥っ子を抱き締めて立ち尽くしたままの義姉。茫然と天井を仰いだまま動けずにいる作業着姿の男達は、兄の職場の同僚だったんだろう。
その場でかろうじて平静を保っているのは、白衣を着た病院関係者だけ。医師のネームプレートを首から下げた男性が、静かに説明してくる。
「落下した鉄骨の下敷きになったことで、腹部圧迫により内臓が大幅に破損していました。ですが、頭部は倒れた際に打ったんでしょう、額の擦り傷だけで済んでます」
あまりにもキレイな死に顔だったが、真っ白の布が掛けられて隠されていた身体はぐちゃぐちゃだと言う。病院に運ばれた時はすでに手遅れな状態で、治療というよりは修復の処理を受けることしか叶わなかった。
別れの言葉を掛け合うことなく、大事な家族がこの世から去ってしまった。生まれた時からずっと身近にいた存在は、己が死ぬ寸前まで近いところにいると信じていたのに。そしてそれは、もっともっと先のことだと思っていたのに。
「年子なんて、双子育児みたいなものよ」
実際の双子とはまた違うだろとは思っていたが、母親はいつもそう言っていた。しかも、4月生まれの大輝と、1月生まれの宏樹。年子とは言っても2歳近く離れているのだから。
それでも学年は1つしか違わず、入園や入学の学校行事は常に2年連続で、親はかなり大変だったはずだ。その反動なのか、いつも習い事を始めるのは二人まとめてだった。兄が始めるタイミングに合わせて、宏樹も一緒に入会させられた。面倒な手続きも送り迎えもまとめる方が楽だったというのもある。
「大輝がやることは全部やりたがったから」
常に兄と同じことをしたがる弟が、お兄ちゃんだけズルいとグズっていたせいでもあるらしい。小学校の入学を前に、大輝にだけランドセルを買った時は宥めるのが大変だったと未だに揶揄われることがある。自分はまだあと1年は保育園があるのに、4月からは一緒に小学校へ行くと言って聞かなかったと。
兄が出来ることは全部、自分にもできると信じていた。自分は大輝と同等だと思い込んでいたのだろう。
でも、現実には2年近くの歳の差があり、何をやっても大輝には敵わなかった。それは至極当たり前のことなんだけれど、幼い宏樹には悔しくて仕方なかった。
兄は常に目標でありライバルで、一番の遊び相手でもあった。玩具を共有し、夜寝る直前まで遊べる相手は大輝以外にはいない。お互いに水疱瘡の発疹を出しながら、朝から一日中ゲームして遊んだことは楽しかった思い出の一つだ。
兄のペースに合わせて何もかもを早くから取り組み始めたおかげで、ミニバスのチームでは同学年のチームメイトの中で一番にレギュラーを勝ち取ることができたし、高校や大学の受験の際も余裕をもって対策することができた。1学年違いで産んでくれたことを、親には感謝しないといけない。今の自分があるのは、歳の近い大輝の存在があってのことだから。
そして、宏樹が公認会計士の試験を突破した時、誰よりも喜んでくれたのも大輝だった。「頑張ってたもんな。宏樹は俺の自慢の弟だ」と涙ぐみながら掛けてくれた言葉は、決して忘れない。
物心がついた頃には父親は病死していて、シングルマザーとして外へ働きに出ていた母親。兄弟だけで過ごす時間はとても多かった。
父親のいない家で家族を守るのは長男である自分だという思いもあって、大輝はやたらと身体を鍛えたがるようになった。それはその後の筋肉バカにつながるのだが、最初に彼が強くなりたいと考えるようになったのは、小学校低学年だった弟が大輝よりもさらに大きな子達に泣かされて帰宅したことがキッカケだったと思う。
下校途中にふざけた上級生達に、ランドセルを後ろから引っ張られた。今思い出すとただそれだけなのだが、年上の子達を相手に文句も言えず、宏樹は泣きながら家に帰ってきた。
その日から、「早く大きくなって、強くなりたい」と大輝は夜寝る前に牛乳を飲み、早く起きれた日は朝から家の周りをランニングするようになった。
家族を守る為に身体を鍛え始めた兄。けれど、これから守らなくてはいけない家族を置いて、大輝はこの世からいなくなってしまった。彼の大切な家族は、大輝の遺体の横で何も出来ずに立ち尽くしたままだ。
「なんでっ……」
悲しみよりも、悔しさがこみ上げてくる。兄の大輝は、こんな中途半端な人生を歩んで良い人じゃない。彼は常に宏樹の前にいて、後ろから必死で追いかけてくる弟のことを、余裕の笑みを浮かべながら見ているべきなのに。
大事な家族が生から見放されたという絶望。この怒りはどこへぶつけたらいいんだろうか。
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