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第二十二話・遺影
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仏壇に供えていたお花の水を替え終えると、優香はそれを夫の遺影の隣へそっと置く。仏壇の中に立て掛けられた写真の中で、大輝は変わらずとても穏やかに笑っている。
赤と黄色の小さな花に囲まれた、一輪の大きい白菊。中央で存在感を示しているその白い花が、常に人に囲まれてその中心で穏やかに笑っていた生前の夫の姿と重なってしまう。
いつも沢山の友人達が自然に大輝の周りに集まってきていた。彼は決してリーダータイプではなかったけれど、とても盛り上げ上手だった。だから、彼の周りは普段からかなり賑やかだった。否、騒々しいくらいのことが多かった。彼がいると笑い声に引き寄せられるように自然に人が集まってくる、そんな人だった。
この仏壇に飾られた遺影をどの写真から作って貰うかを決める時、優香は夫のその気質をこれでもかと思い知らされた。彼の遺品の中を探していると、アルバムに整理できない程の写真が大雑把に箱の中に突っ込まれていて、「こんなにあるなら一枚くらいは良いのがありそう」と当然のように期待したが、直近の彼の写真でまともに写っている物が一枚もなく、思わず呆れ笑ってしまった。
高校の卒業アルバムでさえ、真顔では写っていない。
「なんで、普通に写ってるのが一枚もないの?!」
どの写真の中の大輝もふざけたポーズで、おどけた表情ばかり。これをそのまま使ってはしんみりと偲ぶ気分も吹っ飛んでしまいそうだし、何より罰当たりな気がしてしまう。もし三途の川を渡る際にパスポートのように遺影を確認されるのなら、間違いなくふざけてると怒られて渡し舟には乗せて貰えないだろう。ま、大輝なら自力で泳いで渡ってしまいそうだけれど……。
彼の写真はどれを見ても、これを撮影した時の周囲の笑い声までが聞こえてきそうだった。周りの人達も彼の表情やポーズに釣られ、堪え切れずに大爆笑している。本当に、彼は人を楽しませるのが得意な人だった。
その中には優香も一緒に写っている物も何枚もあって、その時の自分も彼の隣で大きな口を開け、目を細めて笑っていた。いちいち澄ましたキメ顔なんて作ってられないほど、彼の傍では常に自然体でいられた。もし無理してお上品な表情を作ろうものなら、それをネタに揶揄われて、結局は笑わされてしまうだけだ。
雑に保管されていた写真の一枚一枚が、あまりにも大輝らしくて、優香はマッチョポーズ姿の夫の写真を握りしめたまま、嗚咽を漏らした。
遺影に使う写真を選ぶのが、こんなに辛いことだとは思いもしなかった。写真の中の故人は元気だった時のままで、当時をつい昨日のことのように思い出せてしまう。だから、もうこの表情を直接見ることは叶わないと思うと、寂しさと悲しさに押しつぶされそうになる。
そして、笑顔で写っている本人は、これが自分の死後に仏壇に飾られるかもしれないとは考えてもいないのだ。それはとても可哀そうでいたたまれない。
「遺影には、顔だけを使うんだよね……」
葬儀場のスタッフからの説明を思い出して、確認するように呟く。合成加工で首から下は何とでもなると言われていたから、せめて正面を向いて変顔していない写真をと、写真の束をまた一から見直していく。
できるだけ、大輝らしい表情の写真をと、穏やかに微笑んでいる物を選んだが、首から下はお得意のマッチョポーズだ。そのポーズでまともな顔をしているのは奇跡としか言いようがない。しかも、余興か何かの写真だったのか、サイズがパツパツのセーラー服を着ている。これを葬儀社の人へ預けるのは、少しばかり勇気が必要だった。なんなら、顔の部分だけをハサミで切り抜いてから渡したいくらい。
その、実はセーラー服でマッチョポーズをしている大輝の遺影を眺めて、優香は小さく頷く。今の夫にはもう言葉は要らない。優香の決意を大輝がすぐ傍で見守ってくれていると信じるだけ。
もうすぐ夫の一周忌を迎えることになる。残された家族にとっては、まだ一年。でも、これは一つの節目だ。節目を越えたからと何かが急に変わる訳ではないけれど、少しずつでも変わっていかなければいけない。だって、優香達は生きていて、これから先の未来も待っているのだから。
彼を失った後、自分にできることを探りつつ、何とかこの日を迎えることができた。一年という年月は早いようでいて、あっという間だった。
妊娠したと同時に勤めていた会社を辞めて、すっかり社会から離れてしまったと思っていた自分が、パートとはいえまた働き始めた。大輝が居なくなっても、優香は生き続けている。
大輝が生きていれば、きっと3歳から幼稚園に入れていたはずの陽太も、生後半年で保育園に預け入れることになった。本来はそんなつもりはなかったのにということばかりだ。何もかも、予定は狂いまくってしまった。失うと思っていなかったものを突然失ったせいだ。
それでもこうして、優香も陽太も元気に生活をすることができている。大輝が残してくれたものも大きいし、宏樹を始めとする周囲の支えがあったおかげだ。
赤と黄色の小さな花に囲まれた、一輪の大きい白菊。中央で存在感を示しているその白い花が、常に人に囲まれてその中心で穏やかに笑っていた生前の夫の姿と重なってしまう。
いつも沢山の友人達が自然に大輝の周りに集まってきていた。彼は決してリーダータイプではなかったけれど、とても盛り上げ上手だった。だから、彼の周りは普段からかなり賑やかだった。否、騒々しいくらいのことが多かった。彼がいると笑い声に引き寄せられるように自然に人が集まってくる、そんな人だった。
この仏壇に飾られた遺影をどの写真から作って貰うかを決める時、優香は夫のその気質をこれでもかと思い知らされた。彼の遺品の中を探していると、アルバムに整理できない程の写真が大雑把に箱の中に突っ込まれていて、「こんなにあるなら一枚くらいは良いのがありそう」と当然のように期待したが、直近の彼の写真でまともに写っている物が一枚もなく、思わず呆れ笑ってしまった。
高校の卒業アルバムでさえ、真顔では写っていない。
「なんで、普通に写ってるのが一枚もないの?!」
どの写真の中の大輝もふざけたポーズで、おどけた表情ばかり。これをそのまま使ってはしんみりと偲ぶ気分も吹っ飛んでしまいそうだし、何より罰当たりな気がしてしまう。もし三途の川を渡る際にパスポートのように遺影を確認されるのなら、間違いなくふざけてると怒られて渡し舟には乗せて貰えないだろう。ま、大輝なら自力で泳いで渡ってしまいそうだけれど……。
彼の写真はどれを見ても、これを撮影した時の周囲の笑い声までが聞こえてきそうだった。周りの人達も彼の表情やポーズに釣られ、堪え切れずに大爆笑している。本当に、彼は人を楽しませるのが得意な人だった。
その中には優香も一緒に写っている物も何枚もあって、その時の自分も彼の隣で大きな口を開け、目を細めて笑っていた。いちいち澄ましたキメ顔なんて作ってられないほど、彼の傍では常に自然体でいられた。もし無理してお上品な表情を作ろうものなら、それをネタに揶揄われて、結局は笑わされてしまうだけだ。
雑に保管されていた写真の一枚一枚が、あまりにも大輝らしくて、優香はマッチョポーズ姿の夫の写真を握りしめたまま、嗚咽を漏らした。
遺影に使う写真を選ぶのが、こんなに辛いことだとは思いもしなかった。写真の中の故人は元気だった時のままで、当時をつい昨日のことのように思い出せてしまう。だから、もうこの表情を直接見ることは叶わないと思うと、寂しさと悲しさに押しつぶされそうになる。
そして、笑顔で写っている本人は、これが自分の死後に仏壇に飾られるかもしれないとは考えてもいないのだ。それはとても可哀そうでいたたまれない。
「遺影には、顔だけを使うんだよね……」
葬儀場のスタッフからの説明を思い出して、確認するように呟く。合成加工で首から下は何とでもなると言われていたから、せめて正面を向いて変顔していない写真をと、写真の束をまた一から見直していく。
できるだけ、大輝らしい表情の写真をと、穏やかに微笑んでいる物を選んだが、首から下はお得意のマッチョポーズだ。そのポーズでまともな顔をしているのは奇跡としか言いようがない。しかも、余興か何かの写真だったのか、サイズがパツパツのセーラー服を着ている。これを葬儀社の人へ預けるのは、少しばかり勇気が必要だった。なんなら、顔の部分だけをハサミで切り抜いてから渡したいくらい。
その、実はセーラー服でマッチョポーズをしている大輝の遺影を眺めて、優香は小さく頷く。今の夫にはもう言葉は要らない。優香の決意を大輝がすぐ傍で見守ってくれていると信じるだけ。
もうすぐ夫の一周忌を迎えることになる。残された家族にとっては、まだ一年。でも、これは一つの節目だ。節目を越えたからと何かが急に変わる訳ではないけれど、少しずつでも変わっていかなければいけない。だって、優香達は生きていて、これから先の未来も待っているのだから。
彼を失った後、自分にできることを探りつつ、何とかこの日を迎えることができた。一年という年月は早いようでいて、あっという間だった。
妊娠したと同時に勤めていた会社を辞めて、すっかり社会から離れてしまったと思っていた自分が、パートとはいえまた働き始めた。大輝が居なくなっても、優香は生き続けている。
大輝が生きていれば、きっと3歳から幼稚園に入れていたはずの陽太も、生後半年で保育園に預け入れることになった。本来はそんなつもりはなかったのにということばかりだ。何もかも、予定は狂いまくってしまった。失うと思っていなかったものを突然失ったせいだ。
それでもこうして、優香も陽太も元気に生活をすることができている。大輝が残してくれたものも大きいし、宏樹を始めとする周囲の支えがあったおかげだ。
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