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第二十四話・一周忌
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自宅に僧侶を呼んで、家族だけで静かに執り行った一周忌。呼び寄せたタクシーが到着したので玄関先まで僧侶を見送った後、優香は義母達の待つリビングへと戻ってきた。
「一年なんて、あっという間だったわねぇ。陽太がもう歩くようになってるんだもの……」
大人達の喪服姿に合わせて黒色のロンパースを着せられた孫を、愛しそうに眺めている。息子二人の体格から想像つかないほど小柄な義母は、以前に会った時よりさらに小さくなったように思う。
まだ覚束ないながらも一人で歩けるようになった陽太は、得意げにリビング中を玩具を振り回して移動していた。床に散らばっている積木を拾い上げつつ、優香は和室に置いた仏壇に視線を送る。納骨も済み、今朝まであった夫の骨壺はもうここには無い。大輝は石橋家の先祖代々の墓で、早くに亡くなったという義父達と一緒に眠ることになった。
「大輝の位牌も、優香さんが持てあますようなことがあれば、いつでもうちで引き取らせて貰うつもりでいるから、覚えておいて頂戴ね」
歩いて近付いて来た孫から手に持っていたブロックを差し出されて、義母は「ありがとう」とオーバー気味に頭を下げながら受け取っている。陽太は調子に乗って、宏樹の方にも別のブロックを渡しに行き、また別のブロックをケースから出してきて優香のところへと運んでくる。皆が、陽太の配達ごっこの相手をさせられ、順にお礼を強要されていくという状況。
「そんなことは……」
「いいえ。あなたもまだ若いんだから、これから先に何があるかは分からないんだから」
仏壇は別でもいいけど、お墓は一緒にしてと姑から言われた時、大輝は長男だから先祖代々の墓は長男の嫁である優香が世話をしろという意味だと思っていた。でも実際は、優香が再婚を考えることがあった時に少しでも足枷を減らしてあげる為だった。その気遣いに、優香は胸がじんわりと熱くなる。
「優香さんのこれからもそうなんだけど、宏樹、あなたにもお話が来てるのよ」
「え、俺に何の?」
陽太の配達されたブロックを、本人にはバレないようケースに片づけながら、宏樹が母親を振り返って聞く。義母は鞄からスマホを取り出して、友人から送られたという画像を開き、覗き込んできた次男に得意げに説明し始める。
「こないだ買い物に行ったスーパーで安井さんの奥さんに会ってね、姪っ子に誰かいい人いないかしらーって言われたから、うちの息子はどう? って。写真見せたら一度会ってみたいって言ってくれてるらしいのよ。で、代わりに送られてきたのが、これなんだけど――」
「はぁっ?! 俺の写真なんか、いつ撮ったんだよ……」
「ええっと確か、この写真だったかしら?」
「……完全な隠し撮りだろ、これ」
長男が亡くなった時にはショックのあまりに寝込んでしまい、通夜も告別式も参列できなかった義母が、一周忌が終わった直後には次男に見合い話を勧めている。この切り替えの早さは経験値の違いなのだろうかと、優香は横から唖然としながら見ていた。
「俺にはそういう話は持ってこなくていいから」
「でも、あなた今はお付き合いしてる人いないんでしょう? だったら会ってみるだけでも――」
「付き合ってる人はいないよ。でも、ずっと好きな人はいる」
「あらぁ、それってどんな人? お付き合いしてないって、片思い中ってことかしら?」
突如出てきた息子の恋バナに、義母が年甲斐もなく煌めき立つ。母親に向かってそんな話はしたくないと顔を背けながら、宏樹はちらりと優香のことを見る。その僅かな視線の反応に、姑が驚いて声を上げた。
「え、何なの?! 相手は優香さんってこと?!」
「……ああ」
素直に頷き返す息子へ、ハァと大きな溜め息を吐いて嘆く。
「ちょっと冗談は止めなさい。勿論、優香さんがいい子なのは分かってるわ。でもね、いきなり子持ちの未亡人と一緒になりたいだなんて言われても、お母さんは賛成できないわ。だって、あなたはまだ若いし、初婚になるのよ?」
頭も良くそれなりにモテたはずの息子が、兄嫁に片思い中だと打ち明けられても素直に応援する気にはならない。兄が死んだから弟が代わりに、なんて戦後まもなくなら珍しい話ではなかったかもしれないが、今の時代では噂の的になるのは目に見えている。
「大輝が居なくなって、優香さんもそりゃ大変だと思うわ。でもね、同情や優しさで自分の人生を犠牲にするのはダメ。後で絶対に後悔するんだから」
「違うって、俺のはそういうんじゃない。兄貴が生きてた頃からずっとだから――」
宏樹の熱い告白に、さすがの義母も「あらまぁ」と口元を抑えてニヤけている。息子からそんな話が聞けるとは思わず、少しばかり興奮気味だ。
「それに、今は俺が一方的に好きなだけだから……」
本人を前にして、これ以上は勘弁してくれと、宏樹は気まずい顔でソッポ向く。そんな息子の反応に、さすがに義母も反対する気は失ったようで、逆に「いつからなの?」と宏樹から詳細を聞き出そうと喪服の袖を引っ張っている。
二人の話題が自分も関わることとはいえ、今は夫の法要を終えたばかり。今はまだ、他の人のことは考える余裕なんてない。優香は和室に飾られた遺影を遠巻きに眺め、亡き夫のことを偲んでいた。
「一年なんて、あっという間だったわねぇ。陽太がもう歩くようになってるんだもの……」
大人達の喪服姿に合わせて黒色のロンパースを着せられた孫を、愛しそうに眺めている。息子二人の体格から想像つかないほど小柄な義母は、以前に会った時よりさらに小さくなったように思う。
まだ覚束ないながらも一人で歩けるようになった陽太は、得意げにリビング中を玩具を振り回して移動していた。床に散らばっている積木を拾い上げつつ、優香は和室に置いた仏壇に視線を送る。納骨も済み、今朝まであった夫の骨壺はもうここには無い。大輝は石橋家の先祖代々の墓で、早くに亡くなったという義父達と一緒に眠ることになった。
「大輝の位牌も、優香さんが持てあますようなことがあれば、いつでもうちで引き取らせて貰うつもりでいるから、覚えておいて頂戴ね」
歩いて近付いて来た孫から手に持っていたブロックを差し出されて、義母は「ありがとう」とオーバー気味に頭を下げながら受け取っている。陽太は調子に乗って、宏樹の方にも別のブロックを渡しに行き、また別のブロックをケースから出してきて優香のところへと運んでくる。皆が、陽太の配達ごっこの相手をさせられ、順にお礼を強要されていくという状況。
「そんなことは……」
「いいえ。あなたもまだ若いんだから、これから先に何があるかは分からないんだから」
仏壇は別でもいいけど、お墓は一緒にしてと姑から言われた時、大輝は長男だから先祖代々の墓は長男の嫁である優香が世話をしろという意味だと思っていた。でも実際は、優香が再婚を考えることがあった時に少しでも足枷を減らしてあげる為だった。その気遣いに、優香は胸がじんわりと熱くなる。
「優香さんのこれからもそうなんだけど、宏樹、あなたにもお話が来てるのよ」
「え、俺に何の?」
陽太の配達されたブロックを、本人にはバレないようケースに片づけながら、宏樹が母親を振り返って聞く。義母は鞄からスマホを取り出して、友人から送られたという画像を開き、覗き込んできた次男に得意げに説明し始める。
「こないだ買い物に行ったスーパーで安井さんの奥さんに会ってね、姪っ子に誰かいい人いないかしらーって言われたから、うちの息子はどう? って。写真見せたら一度会ってみたいって言ってくれてるらしいのよ。で、代わりに送られてきたのが、これなんだけど――」
「はぁっ?! 俺の写真なんか、いつ撮ったんだよ……」
「ええっと確か、この写真だったかしら?」
「……完全な隠し撮りだろ、これ」
長男が亡くなった時にはショックのあまりに寝込んでしまい、通夜も告別式も参列できなかった義母が、一周忌が終わった直後には次男に見合い話を勧めている。この切り替えの早さは経験値の違いなのだろうかと、優香は横から唖然としながら見ていた。
「俺にはそういう話は持ってこなくていいから」
「でも、あなた今はお付き合いしてる人いないんでしょう? だったら会ってみるだけでも――」
「付き合ってる人はいないよ。でも、ずっと好きな人はいる」
「あらぁ、それってどんな人? お付き合いしてないって、片思い中ってことかしら?」
突如出てきた息子の恋バナに、義母が年甲斐もなく煌めき立つ。母親に向かってそんな話はしたくないと顔を背けながら、宏樹はちらりと優香のことを見る。その僅かな視線の反応に、姑が驚いて声を上げた。
「え、何なの?! 相手は優香さんってこと?!」
「……ああ」
素直に頷き返す息子へ、ハァと大きな溜め息を吐いて嘆く。
「ちょっと冗談は止めなさい。勿論、優香さんがいい子なのは分かってるわ。でもね、いきなり子持ちの未亡人と一緒になりたいだなんて言われても、お母さんは賛成できないわ。だって、あなたはまだ若いし、初婚になるのよ?」
頭も良くそれなりにモテたはずの息子が、兄嫁に片思い中だと打ち明けられても素直に応援する気にはならない。兄が死んだから弟が代わりに、なんて戦後まもなくなら珍しい話ではなかったかもしれないが、今の時代では噂の的になるのは目に見えている。
「大輝が居なくなって、優香さんもそりゃ大変だと思うわ。でもね、同情や優しさで自分の人生を犠牲にするのはダメ。後で絶対に後悔するんだから」
「違うって、俺のはそういうんじゃない。兄貴が生きてた頃からずっとだから――」
宏樹の熱い告白に、さすがの義母も「あらまぁ」と口元を抑えてニヤけている。息子からそんな話が聞けるとは思わず、少しばかり興奮気味だ。
「それに、今は俺が一方的に好きなだけだから……」
本人を前にして、これ以上は勘弁してくれと、宏樹は気まずい顔でソッポ向く。そんな息子の反応に、さすがに義母も反対する気は失ったようで、逆に「いつからなの?」と宏樹から詳細を聞き出そうと喪服の袖を引っ張っている。
二人の話題が自分も関わることとはいえ、今は夫の法要を終えたばかり。今はまだ、他の人のことは考える余裕なんてない。優香は和室に飾られた遺影を遠巻きに眺め、亡き夫のことを偲んでいた。
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