27 / 45
第二十七話・神隠し7
しおりを挟む
「タムさん、本当に何も聞いて無いんすか? どこ行ってんだろ、あいつ」
「小西君こそ、昨日は二人で遅くまで喋ってたじゃないか。――スマホは持って出てるんだろ? 何かあったんなら連絡してくるだろうし、のんびりしてようよ」
喫煙ブースエリアの片隅で、同行者と連絡が付かなくなった男達が、声を潜めて話し合っている。灰皿を片手に持ったまま、ブースを仕切っている壁へ身体を凭れさせながら、田村は咥えていた煙草を口から離した。そして、ふぅっと白い煙を天井へ向けて吐くと、灰皿へ煙草の先をぎゅっと押し付ける。
後輩の起こした急な単独行動に、大学時代の先輩である小西はかなり苛立っているようだった。行き当たりばったりな無計画旅行とは言っても、それなりにプラン構想は練ってきたつもりで、二日目の今日は海沿いを走れることを密かに期待していた。
けれど、三人揃わないことには次の目的地へと向かうことすらできない。出発の目途が経たない状態で、もう少しだけのんびりしてようと平然と言える田村にまで無性にイライラしてくる。苛立った気分を抑え込むよう、小西も新しい煙草を口に咥えるて火をつけた。溜め息交じりの白い煙を天井を仰いでゆっくりと吐き出す。
お世辞にも穏やかとは言い難い雰囲気の男達の横で、白井は天井に設置されている換気口を見上げていた。今朝、あやかしがこの場に居たことは、まだ微かに漂っている妖気で確認できる。先日に嗅いだのと同じ、煤の残り香。火炎系のあやかしが、また今回も絡んでいるのは間違いないだろう。
と、白井の真後ろでスマホの呼び出し音が響き始める。小西がブースのテーブルに置いていたスマホが、ブルブルと震えながら着信を知らせていた。学生時代に流行ったJ-POPは友人枠でアドレス登録している番号専用の着信音だ。
「あ、あいつからだ!」
液晶に表示された登録名に、小西は慌てながら画面をタップする。
「おい、一人で勝手にどこ行ってんだよっ。出歩くなら一言くらい言ってくのが筋だろうが――ハァ?! え、何言ってん――いや、全く意味わかんないんだけど……」
怒り口調で勢いよく電話に出た小西が、なぜか途中から声を裏返して驚いている。田村は火を点けようと口に咥えていた煙草を外して、黙って彼の様子を覗った。
「――え、だから、今どこなん? 歩いてそこまで行ったってこと? ――いや、そういう現実的じゃない話は今はいいから」
横からでは話が見えず、田村が「どうした?」と小西に問いかける。すると、小西は表情の読めない微妙な顔で、フルフルと首を横に振って返した。
「何か、起きたら山の中に居たって言ってるんすけど……。スマホで位置情報を検索したら、ここから8キロくらいの場所らしくて」
「え、山? なんで?」
「いや、分かんないす。今やっと車道に出れたとか言ってるんですけど……拉致とか陰謀とか、訳分かんないことまで口走ってて」
「――そのGPS画面を送って貰って。それが本当なら、どっちかが迎えに行かないと」
通話を切って、送られてきた位置情報を確認した二人は、しばらく無言で顔を見合わせていた。夢遊病の徘徊にしてはアクティブ過ぎやしないかと、素直に信じる気にならない。とりあえず話し合い、藤橋とは付き合いの長い小西が受け取った地図画像を頼りに現場へとバイクを走らせることにしたようだ。ここから8キロ、到着までそう時間はかからないだろう。
彼らの様子を遠巻きに見ていた白井は、倉庫から脚立を運んでくると、5番ブースの真上にある換気口の中を覗き込む。あやかしの妖気は間違いなくここを通過して建物を出入りしていたはずだ。
「チッ。護符が破れて、抜け穴になってたのか……」
換気口の蓋裏に貼られていた稲荷神の護符。ネズミか何かの仕業だろうか、切り裂かれてボロボロになっていた。ポケットから真新しい護符を取り出すと、それを古い物の上に重ねて張り付ける。これでもうここから出入りされることはないだろう。
――もし、すでに入り込んでいるのだとしたら――。
換気口の蓋を閉じて脚立から降りると、白井はブース内の様子をぐるりと見回した。今この場で感じているのは、外へ出て行ったものではなく、少し前に入って来たものの妖気。新しい護符で出口を塞がれて、建物の中を彷徨っているはずだ。
「残された出入口は一つだ。さあ、どうする?」
この建物の中で唯一、あやかしの出入りを許しているのはエントランスの自動ドアだけだ。あそこには大蜘蛛が待機しているが、そう滅多なことでは餌になることはない。
迎えに出ていた小西がオートバイの後ろに後輩を乗せて戻って来るのにそう時間は掛からなかった。スマホのGPSを頼りに市街地に向けて歩いている藤橋のことを車道で見つけた時、気が抜けたようにその場でヘタり込んでしまったのは先輩である小西の方だった。バイクを降りてからヘルメットを被ったまま、柄にもなくオイオイと声を上げて泣き出す男に、藤橋は「なんか、すみません……」と頭を掻いて謝るしかなかった。
「いや、本当に記憶が無いんで、何とも言えないっす」
店に戻って来て田村から事情を問われても、藤橋は困ったように首を傾げるばかり。心配してツーリングの中断を提案されても、「ここまで来て帰るのは勿体ないっす」と予定していた海沿いルートを走るのを楽しみにしている様子。どちらかと言うと、小西の方が心配し過ぎて疲弊した顔をしていた。
「小西君こそ、昨日は二人で遅くまで喋ってたじゃないか。――スマホは持って出てるんだろ? 何かあったんなら連絡してくるだろうし、のんびりしてようよ」
喫煙ブースエリアの片隅で、同行者と連絡が付かなくなった男達が、声を潜めて話し合っている。灰皿を片手に持ったまま、ブースを仕切っている壁へ身体を凭れさせながら、田村は咥えていた煙草を口から離した。そして、ふぅっと白い煙を天井へ向けて吐くと、灰皿へ煙草の先をぎゅっと押し付ける。
後輩の起こした急な単独行動に、大学時代の先輩である小西はかなり苛立っているようだった。行き当たりばったりな無計画旅行とは言っても、それなりにプラン構想は練ってきたつもりで、二日目の今日は海沿いを走れることを密かに期待していた。
けれど、三人揃わないことには次の目的地へと向かうことすらできない。出発の目途が経たない状態で、もう少しだけのんびりしてようと平然と言える田村にまで無性にイライラしてくる。苛立った気分を抑え込むよう、小西も新しい煙草を口に咥えるて火をつけた。溜め息交じりの白い煙を天井を仰いでゆっくりと吐き出す。
お世辞にも穏やかとは言い難い雰囲気の男達の横で、白井は天井に設置されている換気口を見上げていた。今朝、あやかしがこの場に居たことは、まだ微かに漂っている妖気で確認できる。先日に嗅いだのと同じ、煤の残り香。火炎系のあやかしが、また今回も絡んでいるのは間違いないだろう。
と、白井の真後ろでスマホの呼び出し音が響き始める。小西がブースのテーブルに置いていたスマホが、ブルブルと震えながら着信を知らせていた。学生時代に流行ったJ-POPは友人枠でアドレス登録している番号専用の着信音だ。
「あ、あいつからだ!」
液晶に表示された登録名に、小西は慌てながら画面をタップする。
「おい、一人で勝手にどこ行ってんだよっ。出歩くなら一言くらい言ってくのが筋だろうが――ハァ?! え、何言ってん――いや、全く意味わかんないんだけど……」
怒り口調で勢いよく電話に出た小西が、なぜか途中から声を裏返して驚いている。田村は火を点けようと口に咥えていた煙草を外して、黙って彼の様子を覗った。
「――え、だから、今どこなん? 歩いてそこまで行ったってこと? ――いや、そういう現実的じゃない話は今はいいから」
横からでは話が見えず、田村が「どうした?」と小西に問いかける。すると、小西は表情の読めない微妙な顔で、フルフルと首を横に振って返した。
「何か、起きたら山の中に居たって言ってるんすけど……。スマホで位置情報を検索したら、ここから8キロくらいの場所らしくて」
「え、山? なんで?」
「いや、分かんないす。今やっと車道に出れたとか言ってるんですけど……拉致とか陰謀とか、訳分かんないことまで口走ってて」
「――そのGPS画面を送って貰って。それが本当なら、どっちかが迎えに行かないと」
通話を切って、送られてきた位置情報を確認した二人は、しばらく無言で顔を見合わせていた。夢遊病の徘徊にしてはアクティブ過ぎやしないかと、素直に信じる気にならない。とりあえず話し合い、藤橋とは付き合いの長い小西が受け取った地図画像を頼りに現場へとバイクを走らせることにしたようだ。ここから8キロ、到着までそう時間はかからないだろう。
彼らの様子を遠巻きに見ていた白井は、倉庫から脚立を運んでくると、5番ブースの真上にある換気口の中を覗き込む。あやかしの妖気は間違いなくここを通過して建物を出入りしていたはずだ。
「チッ。護符が破れて、抜け穴になってたのか……」
換気口の蓋裏に貼られていた稲荷神の護符。ネズミか何かの仕業だろうか、切り裂かれてボロボロになっていた。ポケットから真新しい護符を取り出すと、それを古い物の上に重ねて張り付ける。これでもうここから出入りされることはないだろう。
――もし、すでに入り込んでいるのだとしたら――。
換気口の蓋を閉じて脚立から降りると、白井はブース内の様子をぐるりと見回した。今この場で感じているのは、外へ出て行ったものではなく、少し前に入って来たものの妖気。新しい護符で出口を塞がれて、建物の中を彷徨っているはずだ。
「残された出入口は一つだ。さあ、どうする?」
この建物の中で唯一、あやかしの出入りを許しているのはエントランスの自動ドアだけだ。あそこには大蜘蛛が待機しているが、そう滅多なことでは餌になることはない。
迎えに出ていた小西がオートバイの後ろに後輩を乗せて戻って来るのにそう時間は掛からなかった。スマホのGPSを頼りに市街地に向けて歩いている藤橋のことを車道で見つけた時、気が抜けたようにその場でヘタり込んでしまったのは先輩である小西の方だった。バイクを降りてからヘルメットを被ったまま、柄にもなくオイオイと声を上げて泣き出す男に、藤橋は「なんか、すみません……」と頭を掻いて謝るしかなかった。
「いや、本当に記憶が無いんで、何とも言えないっす」
店に戻って来て田村から事情を問われても、藤橋は困ったように首を傾げるばかり。心配してツーリングの中断を提案されても、「ここまで来て帰るのは勿体ないっす」と予定していた海沿いルートを走るのを楽しみにしている様子。どちらかと言うと、小西の方が心配し過ぎて疲弊した顔をしていた。
1
お気に入りに追加
36
あなたにおすすめの小説
後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~
菱沼あゆ
キャラ文芸
突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。
洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。
天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。
洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。
中華後宮ラブコメディ。
45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる
よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です!
小説家になろうでも10位獲得しました!
そして、カクヨムでもランクイン中です!
●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●
スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。
いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。
欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・
●●●●●●●●●●●●●●●
小説家になろうで執筆中の作品です。
アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。
現在見直し作業中です。
変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。
家路を飾るは竜胆の花
石河 翠
恋愛
フランシスカの夫は、幼馴染の女性と愛人関係にある。しかも姑もまたふたりの関係を公認しているありさまだ。
夫は浮気をやめるどころか、たびたびフランシスカに暴力を振るう。愛人である幼馴染もまた、それを楽しんでいるようだ。
ある日夜会に出かけたフランシスカは、ひとけのない道でひとり置き去りにされてしまう。仕方なく徒歩で屋敷に帰ろうとしたフランシスカは、送り犬と呼ばれる怪異に出会って……。
作者的にはハッピーエンドです。
表紙絵は写真ACよりchoco❁⃘*.゚さまの作品(写真のID:22301734)をお借りしております。
この作品は、別サイトにも投稿しております。
(小説家になろうではホラージャンルに投稿しておりますが、アルファポリスではカテゴリーエラーを避けるために恋愛ジャンルでの投稿となっております。ご了承ください)
付喪神、子どもを拾う。
真鳥カノ
キャラ文芸
旧題:あやかし父さんのおいしい日和
3/13 書籍1巻刊行しました!
8/18 書籍2巻刊行しました!
【第4回キャラ文芸大賞 奨励賞】頂きました!皆様のおかげです!ありがとうございます!
おいしいは、嬉しい。
おいしいは、温かい。
おいしいは、いとおしい。
料理人であり”あやかし”の「剣」は、ある日痩せこけて瀕死の人間の少女を拾う。
少女にとって、剣の作るご飯はすべてが宝物のようだった。
剣は、そんな少女にもっとご飯を作ってあげたいと思うようになる。
人間に「おいしい」を届けたいと思うあやかし。
あやかしに「おいしい」を教わる人間。
これは、そんな二人が織りなす、心温まるふれあいの物語。
※この作品はエブリスタにも掲載しております。
余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめることにしました
結城芙由奈
恋愛
【余命半年―未練を残さず生きようと決めた。】
私には血の繋がらない父と母に妹、そして婚約者がいる。しかしあの人達は私の存在を無視し、空気の様に扱う。唯一の希望であるはずの婚約者も愛らしい妹と恋愛関係にあった。皆に気に入られる為に努力し続けたが、誰も私を気に掛けてはくれない。そんな時、突然下された余命宣告。全てを諦めた私は穏やかな死を迎える為に、家族と婚約者に執着するのをやめる事にした―。
2021年9月26日:小説部門、HOTランキング部門1位になりました。ありがとうございます
*「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています
※2023年8月 書籍化
大正ロマン恋物語 ~将校様とサトリな私のお試し婚~
菱沼あゆ
キャラ文芸
華族の三条家の跡取り息子、三条行正と見合い結婚することになった咲子。
だが、軍人の行正は、整いすぎた美形な上に、あまりしゃべらない。
蝋人形みたいだ……と見合いの席で怯える咲子だったが。
実は、咲子には、人の心を読めるチカラがあって――。
明治あやかし黄昏座
鈴木しぐれ
キャラ文芸
時は、明治二十年。
浅草にある黄昏座は、妖を題材にした芝居を上演する、妖による妖のための芝居小屋。
記憶をなくした主人公は、ひょんなことから狐の青年、琥珀と出会う。黄昏座の座員、そして自らも”妖”であることを知る。主人公は失われた記憶を探しつつ、彼らと共に芝居を作り上げることになる。
提灯からアーク灯、木造からレンガ造り、着物から洋装、世の中が目まぐるしく変化する明治の時代。
妖が生き残るすべは――芝居にあり。
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる