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第十四話・座敷童
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フロントの管理端末によれば、25席ある禁煙ブースの内、6席が使用中で2席はバッシング待ちになっていた。客の入っていない19席を二人で分担して、端から順に覗いていく。紛失したものでも隠されているのかと、千咲はシート下やモニター裏も念入りにチェックしていた。
五席目に覗いたキャスターシートで、千咲はそれと遭遇してしまう。誰も居ないはずの椅子がクルクルと回転し、小さな子供がキャッキャと笑う声が空耳のように微かに聞こえてくる。
「し、白井さんっ」
既に寝入っている客もいる時間帯。声を潜めながら先輩の名を呼んで、43番ブースの中を指差す。「やっぱり、いたか」とハァと溜め息交じりに呟くと、白井はブースに入るなり回転し続けている椅子の動きを片手で制止する。
「悪戯は大概にしろ」
動かなくなったキャスターシートに座っていたのは、牡丹の花が描かれた朱色の振袖を着た小さな女の子。肩の位置で切り揃えられた黒髪に、眉が出たパッツン前髪の下には勝気な瞳。見た目は6歳くらいで、本来ならこの時間帯にネットカフェに居てはいけない年齢だ。但し、人外にも青少年育成条例が適応されるのかは分からないが……。
回転しなくなった椅子で詰まらなそうに足をバタバタ振っている子供は、白井を見上げてキッと睨みつける。
「狐のくせに、うるさい!」
「はっ、ここでよくそんな口がきけるな。盗ったものはどこにやった?!」
まるで子猫でも捕まえるかのように女児の着物の後ろ首を持ち上げると、妖力を纏った冷たい瞳で睨み返す。力の差に気付いたのか、子供は暴れるのはやめて小声で漏らした。
「盗んでない。あっちにあった篭に隠しただけ」
「篭ってなんだ?」と白井が聞き返す前に、千咲の方が先に気付いて駆け出した。
「あ、ブランケットの返却ボックス! 私、確認してきます」
蔵書コーナーの入り口、貸し出し用ブランケットとスリッパの棚の横に、使い終わった物を入れるボックスが設置してあった。ボックスと呼んではいたが、プラスチック製のただのランドリー篭だ。
そこに、返却されたブランケット類に埋もれるように、白色のスマホ、長財布、スマホが入った和柄の巾着袋が突っ込まれているのを見つけた。
「……忙しくて、ここはチェックできてなかったですね」
「いや、こんなところに隠す奴が悪い」
発見した物を篭から取り出していると、白井が小さなあやかしを片手で掴んだままやって来る。ぷぅと頬を膨らませてむくれているのか、女の子は不機嫌露わにソッポを向いていた。抵抗する気は無くしているが、反省しているようには見えない。
「おお、それそれ。見つかったか」
ドリンクのおかわりに行く途中なのだろう、空のグラスを持った現場監督が、千咲の手にある巾着袋に気付いて嬉しそうに声を上げる。受け取った袋の中身を確認して、大丈夫だと頷く。そして、白井が掴んでいる存在をちらり見てから小声で聞いてくる。
「おい、そいつはあっちに追い返すのか?」
「人に害をなしたのだから、当然だ」
「一回くらい、許してやれよ。座敷童が悪戯なんて、当たり前だろ。こいつらはそれが仕事なんだからよ」
何をふざけたことをと、白井は男のことを呆れた目でみる。横で話を聞いていた千咲は、「ああ、座敷童だったんだ」と女児の正体に納得していた。そして、
――え、この人も視えてるの?!
白井と座敷童について平然と話している客は、一体何者なんだろうか。それに、まるで昔から知っている者同士の会話にしか聞こえないのはなぜだろう。千咲は二人の顔を交互に見比べる。
「いいじゃないか、無くなった物はちゃんと出てきたんだしよ。少なくともワシは許してやるよ」
「しかし……」
「まあまあ。今回はさ、この顔に免じて、見逃してやってくれや」
言ったかと思うと、見慣れた客の身体の上に重なった、全く別の影がぼやっと浮き上がってくる。彼に憑りついているあやかし――天狗がその姿を現した。山伏のような服を身に着けて、特徴的な長く赤い鼻、背には大きな黒翼を生やしている。
「あんたもいい加減そいつから離れないと、こっちに居られなくなるぞ」
「まあ、そうなんだけどな。ここまで波長が合うやつは滅多にいねえんだよ」
そして、少しだけ屈みこんで、座敷童と目線を合わせてから言う。わざとらしいくらい、低い声で。
「お嬢ちゃんもよ、同じことを次やったら、ワシが人里から遠いとこに吹き飛ばしてやらぁ。覚悟しとけよ」
手に持つ羽団扇をバサバサと仰いで見せると、座敷童は「ヒッ」としゃくり上げるような声を出して怯える。天狗のような羽も無いのに遠くに飛ばされたら堪らない。ある意味、かくりよに送り返された方がマシだ。
座敷童を店の外へと放り出した後、隠されていた物をそれぞれの持ち主の元へ返していった。なぜそんなところに、という質問には「さぁ、そこまでは……」とボカして答える。座敷童の悪戯でした、なんて言ったところで冗談だとしか思われない。先に警察へ盗難届を出してしまっていた女性客は、戻ってきたばかりのスマホで警察署に届けの撤回を依頼していた。二人とも犯人の追及までは望まなかったようだ。
天狗が憑りついている客は、いつも通りに高イビキをかきながら、フラットシートで早々と寝入っている様子だ。
五席目に覗いたキャスターシートで、千咲はそれと遭遇してしまう。誰も居ないはずの椅子がクルクルと回転し、小さな子供がキャッキャと笑う声が空耳のように微かに聞こえてくる。
「し、白井さんっ」
既に寝入っている客もいる時間帯。声を潜めながら先輩の名を呼んで、43番ブースの中を指差す。「やっぱり、いたか」とハァと溜め息交じりに呟くと、白井はブースに入るなり回転し続けている椅子の動きを片手で制止する。
「悪戯は大概にしろ」
動かなくなったキャスターシートに座っていたのは、牡丹の花が描かれた朱色の振袖を着た小さな女の子。肩の位置で切り揃えられた黒髪に、眉が出たパッツン前髪の下には勝気な瞳。見た目は6歳くらいで、本来ならこの時間帯にネットカフェに居てはいけない年齢だ。但し、人外にも青少年育成条例が適応されるのかは分からないが……。
回転しなくなった椅子で詰まらなそうに足をバタバタ振っている子供は、白井を見上げてキッと睨みつける。
「狐のくせに、うるさい!」
「はっ、ここでよくそんな口がきけるな。盗ったものはどこにやった?!」
まるで子猫でも捕まえるかのように女児の着物の後ろ首を持ち上げると、妖力を纏った冷たい瞳で睨み返す。力の差に気付いたのか、子供は暴れるのはやめて小声で漏らした。
「盗んでない。あっちにあった篭に隠しただけ」
「篭ってなんだ?」と白井が聞き返す前に、千咲の方が先に気付いて駆け出した。
「あ、ブランケットの返却ボックス! 私、確認してきます」
蔵書コーナーの入り口、貸し出し用ブランケットとスリッパの棚の横に、使い終わった物を入れるボックスが設置してあった。ボックスと呼んではいたが、プラスチック製のただのランドリー篭だ。
そこに、返却されたブランケット類に埋もれるように、白色のスマホ、長財布、スマホが入った和柄の巾着袋が突っ込まれているのを見つけた。
「……忙しくて、ここはチェックできてなかったですね」
「いや、こんなところに隠す奴が悪い」
発見した物を篭から取り出していると、白井が小さなあやかしを片手で掴んだままやって来る。ぷぅと頬を膨らませてむくれているのか、女の子は不機嫌露わにソッポを向いていた。抵抗する気は無くしているが、反省しているようには見えない。
「おお、それそれ。見つかったか」
ドリンクのおかわりに行く途中なのだろう、空のグラスを持った現場監督が、千咲の手にある巾着袋に気付いて嬉しそうに声を上げる。受け取った袋の中身を確認して、大丈夫だと頷く。そして、白井が掴んでいる存在をちらり見てから小声で聞いてくる。
「おい、そいつはあっちに追い返すのか?」
「人に害をなしたのだから、当然だ」
「一回くらい、許してやれよ。座敷童が悪戯なんて、当たり前だろ。こいつらはそれが仕事なんだからよ」
何をふざけたことをと、白井は男のことを呆れた目でみる。横で話を聞いていた千咲は、「ああ、座敷童だったんだ」と女児の正体に納得していた。そして、
――え、この人も視えてるの?!
白井と座敷童について平然と話している客は、一体何者なんだろうか。それに、まるで昔から知っている者同士の会話にしか聞こえないのはなぜだろう。千咲は二人の顔を交互に見比べる。
「いいじゃないか、無くなった物はちゃんと出てきたんだしよ。少なくともワシは許してやるよ」
「しかし……」
「まあまあ。今回はさ、この顔に免じて、見逃してやってくれや」
言ったかと思うと、見慣れた客の身体の上に重なった、全く別の影がぼやっと浮き上がってくる。彼に憑りついているあやかし――天狗がその姿を現した。山伏のような服を身に着けて、特徴的な長く赤い鼻、背には大きな黒翼を生やしている。
「あんたもいい加減そいつから離れないと、こっちに居られなくなるぞ」
「まあ、そうなんだけどな。ここまで波長が合うやつは滅多にいねえんだよ」
そして、少しだけ屈みこんで、座敷童と目線を合わせてから言う。わざとらしいくらい、低い声で。
「お嬢ちゃんもよ、同じことを次やったら、ワシが人里から遠いとこに吹き飛ばしてやらぁ。覚悟しとけよ」
手に持つ羽団扇をバサバサと仰いで見せると、座敷童は「ヒッ」としゃくり上げるような声を出して怯える。天狗のような羽も無いのに遠くに飛ばされたら堪らない。ある意味、かくりよに送り返された方がマシだ。
座敷童を店の外へと放り出した後、隠されていた物をそれぞれの持ち主の元へ返していった。なぜそんなところに、という質問には「さぁ、そこまでは……」とボカして答える。座敷童の悪戯でした、なんて言ったところで冗談だとしか思われない。先に警察へ盗難届を出してしまっていた女性客は、戻ってきたばかりのスマホで警察署に届けの撤回を依頼していた。二人とも犯人の追及までは望まなかったようだ。
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