上 下
64 / 87

64. 冒険の序章

しおりを挟む
 翌朝には王都へ向けて戻らないといけない父と娘の別れは、あっさりとしたものだった。夕食後には本邸へと馬を走らせて帰っていったジークは、ベルよりも猫との別れの方を惜しんでいるようにも見えた。

「ティグ達に会えたら、よろしく伝えてくれるかな」
「みゃーん」

 片手で抱き抱えて猫の毛に顔を埋めると、ふんわりと優しい匂いが懐かしく落ち着いた。この子が居るなら、他の子だってきっと元気なはずだ。もう会うことはないと思っていた存在に再会できたことで、ずっと心の奥に残っていた何かがするりとほぐれた気がした。

 猫達と共に古代竜を倒した後、その場に一人残された彼は虚しさだけしか無かった。討伐の報告に戻った時の街と自分との温度差がやりきれなかった。仲間を失ったばかりの彼が、皆と一緒に何を祝えるというのだろうか、と。

 すぐに冒険者を辞めてグラン領へ戻り、しばらくは茫然と生家で過ごしていた。その後に王都へ行くことにしたのは、シュコールに行く前から誘いを受けていた宮廷魔導師となる為だった。そして、もう一つ別の理由は、王都で聖獣のことを調べる為だった。全ての書物や文献、研究者の集まる王城ならば、猫達のことが分かるかもしれない、と。

 結局、自分以上に猫のことを理解している研究者はいないことだけが分かった。彼らでは想像の域でしか猫についてを語れない。

「もし、ティグが居たら?」
「それはティグが決めることだろうね」

 猫はいつでも自由であるべきだ。それが彼らの持ち味なのだから。でも、魔導師ジークが懐かしんでいることだけは伝えて欲しいと言い残して、彼は森の館から去っていった。

「くーちゃんのおかげで、久しぶりに父に会えたわ」

 王都の親と離れて暮らすようになってから、滅多に会うことが無かった父とこんな形で会えるとは思わなかった。今まで知ることが無かった父の過去に触れることができて、完璧な英雄だと思っていた父の人間味溢れる姿を垣間見れた気がする。

「ベルさんもいつか、王都へ行くんですか?」

 宮廷魔導師の誘いが来ていると言っていたので、葉月達の問題が解決した後はベルも森を出るのだろうか。
 そう言えば、ケヴィンが来た朝に手紙を書いてたって言ってたのは、宮廷への返事だったのかと葉月は察した。部屋から降りて来た時、とても難しい顔をしていたので、きっとそうだ。

「そうね。宮廷は面倒そうだから行きたくないし、それに」

 向いてないと思うのよね、と自身でも再確認するかのように頷いた。尊敬する父の下で仕事をすることに憧れが無いと言えば嘘になる。
 けれど、規律と人の多い王城でやっていける自信は全くない。

 宮廷魔導師という職業は葉月にはいまいちピンと来なかったが、もし役所勤め的なものだとしたら、ベルには一番遠い職業だろう。好きな時に必要最低限なことしかしたくない彼女には全く不相応だ。

「猫が見つかったら、考えることにするわ」

 お得意の、面倒なことは先送りにする癖が出たようだ。その悪い癖のせいで、街の薬店が長い間、回復薬不足で苦しめられていたことは忘れてしまったのだろうか。でも、そのベルらしさに葉月は少し安心した。今、彼女が王都へ行ってしまったら、葉月はどうして良いか分からなくなる。

 ジークが猫と初めて会った洞窟はシュコールの冒険者の街側から森に入って半日ほどの場所だと聞いた。広大な魔の森は全てグラン領に含まれるのだが、場所によっては近隣の領地から入る方が近い。

 そういったこともあり、シュコールの冒険者が受ける薬草採取や魔獣討伐の依頼の半分はグランの森に関わる案件だった。その依頼遂行の為にたどり着いた洞窟で、ジークはトラ猫と出会った。

「同じ森の中でも、ここからは遠そうですね」

 改めて地図を広げて確認してみると、この館は街の東の森の中に建っていた。そして、グラン領の西に隣接しているシュコールから南下した位置となると、随分と距離があるのだ。

 一旦はシュコールの街に入ってから洞窟を目指すルートも候補には上がったものの、すぐに却下された。葉月達には街に入れない重大な問題があった。猫だ。

「くーちゃんを虎の子供って言う訳にいかないものね」
「虎の要素、全く無いですしね」

 茶色い縞模様だったというティグとは違い、くーの毛色は白黒だ。どうにも誤魔化し様が無い。なので、森の中を移動するルートしか選択肢は無さそうだ。

「どこへ向かえば良いのかは、くーちゃんが知ってると思うの」

 この館の近くを転移先に選んだ理由は猫しか知らないが、そう遠くはないところにきっと何かがあるはずだ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

誕生日当日、親友に裏切られて婚約破棄された勢いでヤケ酒をしましたら

Rohdea
恋愛
───酔っ払って人を踏みつけたら……いつしか恋になりました!? 政略結婚で王子を婚約者に持つ侯爵令嬢のガーネット。 十八歳の誕生日、開かれていたパーティーで親友に裏切られて冤罪を着せられてしまう。 さらにその場で王子から婚約破棄をされた挙句、その親友に王子の婚約者の座も奪われることに。 (───よくも、やってくれたわね?) 親友と婚約者に復讐を誓いながらも、嵌められた苛立ちが止まらず、 パーティーで浴びるようにヤケ酒をし続けたガーネット。 そんな中、熱を冷まそうと出た庭先で、 (邪魔よっ!) 目の前に転がっていた“邪魔な何か”を思いっきり踏みつけた。 しかし、その“邪魔な何か”は、物ではなく────…… ★リクエストの多かった、~踏まれて始まる恋~ 『結婚式当日、婚約者と姉に裏切られて惨めに捨てられた花嫁ですが』 こちらの話のヒーローの父と母の馴れ初め話です。

ギルドの小さな看板娘さん~実はモンスターを完全回避できちゃいます。夢はたくさんのもふもふ幻獣と暮らすことです~

うみ
ファンタジー
「魔法のリンゴあります! いかがですか!」 探索者ギルドで満面の笑みを浮かべ、元気よく魔法のリンゴを売る幼い少女チハル。 探索者たちから可愛がられ、魔法のリンゴは毎日完売御礼! 単に彼女が愛らしいから売り切れているわけではなく、魔法のリンゴはなかなかのものなのだ。 そんな彼女には「夜」の仕事もあった。それは、迷宮で迷子になった探索者をこっそり助け出すこと。 小さな彼女には秘密があった。 彼女の奏でる「魔曲」を聞いたモンスターは借りてきた猫のように大人しくなる。 魔曲の力で彼女は安全に探索者を救い出すことができるのだ。 そんな彼女の夢は「魔晶石」を集め、幻獣を喚び一緒に暮らすこと。 たくさんのもふもふ幻獣と暮らすことを夢見て今日もチハルは「魔法のリンゴ」を売りに行く。 実は彼女は人間ではなく――その正体は。 チハルを中心としたほのぼの、柔らかなおはなしをどうぞお楽しみください。

【完結】愛されないのは政略結婚だったから、ではありませんでした

紫崎 藍華
恋愛
夫のドワイトは妻のブリジットに政略結婚だったから仕方なく結婚したと告げた。 ブリジットは夫を愛そうと考えていたが、豹変した夫により冷めた関係を強いられた。 だが、意外なところで愛されなかった理由を知ることとなった。 ブリジットの友人がドワイトの浮気現場を見たのだ。 裏切られたことを知ったブリジットは夫を許さない。

婚約解消して次期辺境伯に嫁いでみた

cyaru
恋愛
一目惚れで婚約を申し込まれたキュレット伯爵家のソシャリー。 お相手はボラツク侯爵家の次期当主ケイン。眉目秀麗でこれまで数多くの縁談が女性側から持ち込まれてきたがケインは女性には興味がないようで18歳になっても婚約者は今までいなかった。 婚約をした時は良かったのだが、問題は1か月に起きた。 過去にボラツク侯爵家から放逐された侯爵の妹が亡くなった。放っておけばいいのに侯爵は簡素な葬儀も行ったのだが、亡くなった妹の娘が牧師と共にやってきた。若い頃の妹にそっくりな娘はロザリア。 ボラツク侯爵家はロザリアを引き取り面倒を見ることを決定した。 婚約の時にはなかったがロザリアが独り立ちできる状態までが期間。 明らかにソシャリーが嫁げば、ロザリアがもれなくついてくる。 「マジか…」ソシャリーは心から遠慮したいと願う。 そして婚約者同士の距離を縮め、お互いの考えを語り合う場が月に数回設けられるようになったが、全てにもれなくロザリアがついてくる。 茶会に観劇、誕生日の贈り物もロザリアに買ったものを譲ってあげると謎の善意を押し売り。夜会もケインがエスコートしダンスを踊るのはロザリア。 幾度となく抗議を受け、ケインは考えを改めると誓ってくれたが本当に考えを改めたのか。改めていれば婚約は継続、そうでなければ解消だがソシャリーも年齢的に次を決めておかないと家のお荷物になってしまう。 「こちらは嫁いでくれるならそれに越したことはない」と父が用意をしてくれたのは「自分の責任なので面倒を見ている子の数は35」という次期辺境伯だった?! ★↑例の如く恐ろしく省略してます。 ★9月14日投稿開始、完結は9月16日です。 ★コメントの返信は遅いです。 ★タグが勝手すぎる!と思う方。ごめんなさい。検索してもヒットしないよう工夫してます。 ♡注意事項~この話を読む前に~♡ ※異世界を舞台にした創作話です。時代設定なし、史実に基づいた話ではありません。【妄想史であり世界史ではない】事をご理解ください。登場人物、場所全て架空です。 ※外道な作者の妄想で作られたガチなフィクションの上、ご都合主義なのでリアルな世界の常識と混同されないようお願いします。 ※心拍数や血圧の上昇、高血糖、アドレナリンの過剰分泌に責任はおえません。 ※価値観や言葉使いなど現実世界とは異なります(似てるモノ、同じものもあります) ※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。 ※話の基幹、伏線に関わる文言についてのご指摘は申し訳ないですが受けられません

王太子に婚約破棄されてから一年、今更何の用ですか?

克全
恋愛
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しいます。 ゴードン公爵家の長女ノヴァは、辺境の冒険者街で薬屋を開業していた。ちょうど一年前、婚約者だった王太子が平民娘相手に恋の熱病にかかり、婚約を破棄されてしまっていた。王太子の恋愛問題が王位継承問題に発展するくらいの大問題となり、平民娘に負けて社交界に残れないほどの大恥をかかされ、理不尽にも公爵家を追放されてしまったのだ。ようやく傷心が癒えたノヴァのところに、やつれた王太子が現れた。

こちらの異世界で頑張ります

kotaro
ファンタジー
原 雪は、初出勤で事故にあい死亡する。神様に第二の人生を授かり幼女の姿で 魔の森に降り立つ 其処で獣魔となるフェンリルと出合い後の保護者となる冒険者と出合う。 様々の事が起こり解決していく

【完結】悪気がないかどうか、それを決めるのは私です

楽歩
恋愛
「新人ですもの、ポーションづくりは数をこなさなきゃ」「これくらいできなきゃ薬師とは言えないぞ」あれ?自分以外のポーションのノルマ、夜の当直、書類整理、薬草管理、納品書の作成、次々と仕事を回してくる先輩方…。た、大変だわ。全然終わらない。 さらに、共同研究?とにかくやらなくちゃ!あともう少しで採用されて1年になるもの。なのに…室長、首ってどういうことですか!? 人見知りが激しく外に出ることもあまりなかったが、大好きな薬学のために自分を奮い起こして、薬師となった。高価な薬剤、効用の研究、ポーションづくり毎日が楽しかった…はずなのに… ※誤字脱字、勉強不足、名前間違い、ご都合主義などなど、どうか温かい目で(o_ _)o))中編くらいです。

転生スキル【ぬいぐるみテイム】でふかふかもふもふエルフの森スローライフ!~双子幼女エルフと動くふかふかぬいぐるみとのんびり暮らす~

メルメア
ファンタジー
事故から女の子を庇って異世界に転生したケント。 転生特典のスキルは、あんまり強そうじゃない【ぬいぐるみテイム】でした。 でもこれがびっくり。 いろいろな動物やモンスターの“ぬいぐるみ”が呼びだせるし、しかも呼びだした“ぬいぐるみ”は動くことができたのです。 そして何よりも、ふかふかもふもふで触り心地も抱き心地も最高でした。 そんな【ぬいぐるみテイム】を持つケントが暮らすことにしたのは、深い森の中にあるエルフの村。 自堕落で無気力だけどちょっぴり天才なリルと、元気いっぱいで頑張り屋さんのミルという幼女エルフ双子姉妹をはじめ、エルフのみんなと森の奥でスローライフします。 村の問題も、たまーに出てくる悪い奴も、全部ぬいぐるみパワーで吹き飛ばして、楽しい仕事と美味しい食事で満たされる異世界生活のはじまりはじまり~。

処理中です...