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59.ジョセフの報告

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 所々に補修の跡が見られる書籍は、学舎の子供達から親しまれ読み継がれているのが見て取れた。ケヴィンが館に訪れてから数日後に届けられた冒険譚の題名は「虎とはぐれ魔導師」。館の屋根裏部屋にあった物と同じタイトルで表紙のデザインもまるっきり一緒だった。

 ケヴィンから聞いていた通り、物語の後半はベルの知っている内容とは大きく異なっていた。彼女が幼い頃に何度も読み聞かせてもらったのは、長い眠りから覚めた古代竜を魔導師と契約獣である一匹の虎が力を合わせて退治するというもの。

 けれど、学舎から借りてもらった初版本は、竜の覚醒までは同じだったが、魔導師と共に戦うのは三匹の虎。戦いの中盤で、契約獣の仲間の虎二匹が助太刀に現れるのだ。

 子供向けの物語としては、どちらも面白く描かれていた。三匹のままでも十分に子供達はワクワクしながら読めて楽しめるだろう。

「より英雄談とするなら、虎は一匹の方が良かったのかしら?」

 少ない戦力で戦った風にすれば、魔導師の強さが際立つ。ただそんな単純な理由で物語は書き換えられたのだろうか?

「もし虎がトラ猫だったら、他の二匹を探し回る人が出てきますよね。それから守る為、とか?」

 幻獣が他にもいると公言すれば、いろんな目的を持った人達が猫探しを始めるだろう。猫の存在を隠す為に、猫のことを虎だと偽り、複数いたのに一匹しかいないように設定を変える。考えられるのは一人だけ。

「父がクレームを出したのかしらね」

 トラ猫を子供の虎だと言い張って隠していたくらいだ、物語の設定にも誤魔化しを入れてもおかしくはない。
 主人公の家なのに、初版本が無い理由が何となく分かった気がした。



 その日の夜、食後のお茶を飲んでソファーで寛いでいると、葉月の膝の上で丸くなって撫でられていた猫が耳をピクピクと動かした。そして、何とはなしに床に飛び降りると、トコトコと階段を上がっていく。

 どうしたんだろ? と突如動き出した猫の姿を目で追っていたが、ベルが納得したように頷いて言った。

「また、お客様みたいね」

 ベルが張っている結界を越える前からその気配に気付いて、いち早く隠れに行ったようだった。さすがだわ、と魔女は猫の察知能力の高さをしきりに感心していたが、葉月は馬の蹄の音が聞こえてくるまで分からなかった。間違いなく、それが普通の感覚だ。

 馬だけだから、きっとジョセフだわ、と少し嫌そうな表情になったベルの呟きが耳に入り、葉月は彼女の従兄弟が少しだけ不憫に思えた。

 入口扉が叩かれる音に、マーサがそそくさと対応に向かう。顔を見せたのはベルの予想通りに彼女の従兄弟と一人の護衛騎士。ベルが感知した馬の気配は三頭あったので、騎士のもう一人は馬に付き添っているのだろう。

「女性ばかりの館への訪問には、少し遅いように思われますが……」

 厳格な世話係がチクりと苦言を呈しているのが聞こえて来た。確かに、この時間に予告なく押しかけるのは失礼極まりない行為だ。しかも、庭師が帰った後の館には女性しかいないのだから。

「あ、ああ……すまない」
「先触れを出すのは、紳士として当然のマナーですわ」
「……すまない」

 先ほど領に戻って来たばかりだという言い訳も、ほとんど聞いて貰えない。旅から帰ったばかりの仕打ちにしてはなかなかに手厳しい。

「マーサ、もうそれくらいにしてあげて」

 ベルの助け舟でなんとかお説教から逃れることが出来たジョセフは、やれやれとオーバー気味に肩をすくめた。勧められるままソファーに向かい合って腰掛けると、出されたお茶を一気に飲み干した。ここまで休みなく馬を走らせて来たのだろうか、栗色の髪は豪快に乱れていた。

 彼の疲れた様子に、ベルは護衛騎士達にも飲み物を用意するようにとマーサへ指示していた。護られる側がこれだけ疲労しているのなら、護る側はもっと大変だっただろう。

「今日、帰って来たの?」
「ああ、さっき戻って父に報告した後、すぐに来たよ」

 街の薬店から魔女の薬を大量に買い集めて領外に持ち出そうとしていた犯人は、隣領の商人を名乗っていた。その真偽を確認するために彼はシュコール領に派遣されていて、今日ようやく戻って来たという訳だった。

「シュコールの商人というのは、嘘だったよ」
「まぁ、そうでしょうね」

 薬店の納品を見張る為の拠点にしていた宿屋の台帳に残されていた、シュコールからの行商人という肩書は偽りの物だった。実在する商会の名を勝手に名乗っていただけ。

「でも、拘束中の一人はシュコールの出身だったから、その線から当たってみたら、アヴェンの領主と繋がってることが分かった」
「じゃあ、アヴェンまで?」

 アヴェン領はグランともシュコールとも隣接する領土で、広大な領地の半分を高い山脈が占めている為に、魔石の掘削が主な収入源になっている。緑豊かなグラン領とも、冒険者や狩人の集うシュコール領とも違う、全く別の特色を持つ領地だった。

「少し前に大規模な掘削事故が起こってから、アヴェンは薬不足らしい」

 勿論、アヴェン領にも調薬ができる魔法使いは存在する。けれど、高齢なのと需要の大幅な増加によって供給量が追いつかない状態で、領内の薬の価格は高騰しているようだった。
 実際に現地で薬店を覗いてみたら、店の棚にはほとんど商品が並んでいない状態で、ジョセフ達は驚いたものだ。

 そこで目を付けられたのが、冒険者からの評判が良いグランの魔女の薬。隣領だから運搬費もそこまでは掛からない上に、領内で流通している物よりも破格値で買い集められる。

「横流しのようなやり方しか出来なかったのかしら?」
「薬を盾に、魔石の取引値を交渉されたくなかったんだろう」

 領主同士の話し合いの末の取り決めならば、薬の越境に問題は起きない。正式な注文を受けていれば、ベルも他領の魔法使いに気兼ねせず堂々と納品することもできる。
 けれど、その公式の過程を踏まずにこっそりと持ち出そうとしていたのは、薬を融通する代わりに別の物を要求されるのを避ける為。アヴェンの主要産物である魔石の取引に影響が出るのを、アヴェン領主は嫌がったという訳だった。

「セコい……」

 横で話を聞いていて、葉月は思わず本音が漏れた。
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