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31.仲介人
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街の中心から少し外れたところにある道具屋の店先には、庶民向けのありふれた商品が並んでいた。特に高価な物や珍しい品も無く、昔ながらの馴染の道具ばかり。当然、客足もまばらで活気があるとはお世辞にも言えなかった。
バケツに汲んだ水を店の前の道に手酌しで撒いていた女主人は、見覚えのある大きな鳥がこちらに向かって飛んで来るのを見つけ、軽く手を振った。
道を行き交う人通りが無くなるまではしばらく上空を旋回していたが、店の周辺に誰もいなくなるとオオワシのブリッドは静かに降下してきた。
「おや、今日はどうしたんだい?」
声を掛けてすぐにブリッドが細く折り畳まれた紙を大事そうに加えていることに気付いた。差し出すように口ばしを向けてきたので、手を伸ばして大人しく受け取る。
「手紙かい?」
「ギギィ」
開いてみると、見知った筆跡で短い文章がしたためられていた。そもそも、ブリッドに郵便配達のようなことをさせられるのはこの世で一人しかいないのだから、開く前から差出人を確認するまでもないが。
”迷い人の研究者を探して。”
「迷い人?」
聞いたことの無い単語に、首を傾げる。何のことだかは分からないけれど、頼まれたからには急いで探し出さないとと考えを巡らせる。
研究者というからには学者とかその類なんだろうと目星をつけて、学者なら学者に聞くのが一番だと知り合いの顔を思い浮かべた。
「すぐに見つけて連絡するから、その時にまた来てくれるかい」
店の前の地面をついばんで遊び始めていたオオワシに声を掛け、まだ水の残っているバケツを持って店の中へと戻って行く。
まだ早いけど今日は店を閉めて、頼まれごとを優先することにしたようだった。
いつ来るかも分からない客を待つよりも、彼女にとってベルからの依頼は絶対だった。森の魔女に息子を救ってもらった恩は一生忘れない。回復薬も効かず、医者にも判別できなかった幼い息子の病状を見抜いてくれた彼女には感謝してもしきれないのだ。
息子のイアンが4歳の時に何日も高熱を出して痙攣を起こした時、家中のお金をかき集めて回復薬を買いに走ったり医者を呼んだりしたが、どれも全く効果が無く医者からも原因不明と言い放たれてしまった。
もう打つ手はないのかと周りも皆が諦めかけていた時に訪れた薬屋で、たまたま薬の納品に訪れていたベルと出会い、藁にもすがる思いで息子のことを話してみると、魔女は少し考えてから言ったのだ。
「そうね。魔力詰まりじゃないかしら」
魔力持ちの居ない家系だったことで、誰もその可能性は考えてもいなかった。念の為にと家まで様子を見に付いて来てくれたベルは、熱にうなされているイアンに魔力コントロールを指導してくれた。詰まっていた魔力が滞りなく流れるようになると、奇術でも見ているかのように熱は下がり、息子の顔色もすっかり戻ったのだった。
母一人子一人で生活している彼女にとって、息子は何よりも大切な存在で、そのイアンを救ってくれた森の魔女ベルには一生を掛けて尽くすことを決めた。
魔女が森の館に住むようになってからは街との仲介を自分から買って出たのは当然の行動で、例え領主の子息が相手だろうがベルが嫌がるようなら壁にも盾にもなる。
ベルとの繋がりが出来たことがキッカケで、彼女の店は薬草の品揃えだけはいつでも豊富だった。調薬で必要な薬草の大半はこの店の物を仕入れてくれるようになったので、おかげで収入も安定して、子供を学舎に通わせることができている。増えた収入は仲介料と考えても十分過ぎるほどだった。
「もうお店はお終いなの?」
閉店のプレートを取りに戻って来た母に、奥で一人で絵本を読んでいたイアンが不思議そうに訊ねてきた。
「そう。森の魔女様から頼まれ事をしたから、ちょっと裏の学者さんのとこに行ってくるわ」
「裏の先生のところ? 魔女様は遺跡も勉強されてるの?」
古代遺跡の研究をしているらしいご近所さんと、森の魔女との繋がりが思い当たらず、キョトンとしている。
「ううん。魔女様が探してる人を知ってるかを聞いてくるだけだよ」
すぐに戻ってくるからと告げて、店の扉の内鍵を締め、裏口から家を出る。彼の言う裏の先生の家へは裏から出た方が早いのだ。
その学者は裏通りにある大衆食堂の二階を間借りして住んでいる。ギシギシと床板を軋ませながら階段を上った先にあった扉を叩くと、掠れた声で返事が返って来た。
「おや。裏の道具屋さんかな?」
扉が開くと、真っ白な長い髭を蓄えた老人が顔を出した。そして、おや?と少し考える素振りをする。
「何か、頼んでいましたかな?」
「あ、いえいえ。ちょっと先生に教えてもらいたいことがあって」
普段からそれほど交流がある訳ではなかったから、注文の品を届けに来たのかと思われたようだったが、すぐに否定する。
「先生のお知り合いで、迷い人の研究してる人っていないですかね?」
「ほう、迷い人ですか……」
これはまた珍しいものをと、興味深そうに老人は白い髭を撫でた。
「奥さんが探しておられるということは、森の魔女様関連かな? 心当たりが一人だけありますな」
少し待っていただけますか、と部屋の奥に入っていくと、すぐに一枚のメモ書きを持って戻って来る。メモには名前と住所が書かれているようだった。
「ふらふらと動き回っている男ですから、会えるとは限りませんがな」
「そうですか、魔女様にもそう伝えておきますわ」
助かりましたわ、とメモを受け取ってお礼を言い、学者先生の部屋を後にした。
バケツに汲んだ水を店の前の道に手酌しで撒いていた女主人は、見覚えのある大きな鳥がこちらに向かって飛んで来るのを見つけ、軽く手を振った。
道を行き交う人通りが無くなるまではしばらく上空を旋回していたが、店の周辺に誰もいなくなるとオオワシのブリッドは静かに降下してきた。
「おや、今日はどうしたんだい?」
声を掛けてすぐにブリッドが細く折り畳まれた紙を大事そうに加えていることに気付いた。差し出すように口ばしを向けてきたので、手を伸ばして大人しく受け取る。
「手紙かい?」
「ギギィ」
開いてみると、見知った筆跡で短い文章がしたためられていた。そもそも、ブリッドに郵便配達のようなことをさせられるのはこの世で一人しかいないのだから、開く前から差出人を確認するまでもないが。
”迷い人の研究者を探して。”
「迷い人?」
聞いたことの無い単語に、首を傾げる。何のことだかは分からないけれど、頼まれたからには急いで探し出さないとと考えを巡らせる。
研究者というからには学者とかその類なんだろうと目星をつけて、学者なら学者に聞くのが一番だと知り合いの顔を思い浮かべた。
「すぐに見つけて連絡するから、その時にまた来てくれるかい」
店の前の地面をついばんで遊び始めていたオオワシに声を掛け、まだ水の残っているバケツを持って店の中へと戻って行く。
まだ早いけど今日は店を閉めて、頼まれごとを優先することにしたようだった。
いつ来るかも分からない客を待つよりも、彼女にとってベルからの依頼は絶対だった。森の魔女に息子を救ってもらった恩は一生忘れない。回復薬も効かず、医者にも判別できなかった幼い息子の病状を見抜いてくれた彼女には感謝してもしきれないのだ。
息子のイアンが4歳の時に何日も高熱を出して痙攣を起こした時、家中のお金をかき集めて回復薬を買いに走ったり医者を呼んだりしたが、どれも全く効果が無く医者からも原因不明と言い放たれてしまった。
もう打つ手はないのかと周りも皆が諦めかけていた時に訪れた薬屋で、たまたま薬の納品に訪れていたベルと出会い、藁にもすがる思いで息子のことを話してみると、魔女は少し考えてから言ったのだ。
「そうね。魔力詰まりじゃないかしら」
魔力持ちの居ない家系だったことで、誰もその可能性は考えてもいなかった。念の為にと家まで様子を見に付いて来てくれたベルは、熱にうなされているイアンに魔力コントロールを指導してくれた。詰まっていた魔力が滞りなく流れるようになると、奇術でも見ているかのように熱は下がり、息子の顔色もすっかり戻ったのだった。
母一人子一人で生活している彼女にとって、息子は何よりも大切な存在で、そのイアンを救ってくれた森の魔女ベルには一生を掛けて尽くすことを決めた。
魔女が森の館に住むようになってからは街との仲介を自分から買って出たのは当然の行動で、例え領主の子息が相手だろうがベルが嫌がるようなら壁にも盾にもなる。
ベルとの繋がりが出来たことがキッカケで、彼女の店は薬草の品揃えだけはいつでも豊富だった。調薬で必要な薬草の大半はこの店の物を仕入れてくれるようになったので、おかげで収入も安定して、子供を学舎に通わせることができている。増えた収入は仲介料と考えても十分過ぎるほどだった。
「もうお店はお終いなの?」
閉店のプレートを取りに戻って来た母に、奥で一人で絵本を読んでいたイアンが不思議そうに訊ねてきた。
「そう。森の魔女様から頼まれ事をしたから、ちょっと裏の学者さんのとこに行ってくるわ」
「裏の先生のところ? 魔女様は遺跡も勉強されてるの?」
古代遺跡の研究をしているらしいご近所さんと、森の魔女との繋がりが思い当たらず、キョトンとしている。
「ううん。魔女様が探してる人を知ってるかを聞いてくるだけだよ」
すぐに戻ってくるからと告げて、店の扉の内鍵を締め、裏口から家を出る。彼の言う裏の先生の家へは裏から出た方が早いのだ。
その学者は裏通りにある大衆食堂の二階を間借りして住んでいる。ギシギシと床板を軋ませながら階段を上った先にあった扉を叩くと、掠れた声で返事が返って来た。
「おや。裏の道具屋さんかな?」
扉が開くと、真っ白な長い髭を蓄えた老人が顔を出した。そして、おや?と少し考える素振りをする。
「何か、頼んでいましたかな?」
「あ、いえいえ。ちょっと先生に教えてもらいたいことがあって」
普段からそれほど交流がある訳ではなかったから、注文の品を届けに来たのかと思われたようだったが、すぐに否定する。
「先生のお知り合いで、迷い人の研究してる人っていないですかね?」
「ほう、迷い人ですか……」
これはまた珍しいものをと、興味深そうに老人は白い髭を撫でた。
「奥さんが探しておられるということは、森の魔女様関連かな? 心当たりが一人だけありますな」
少し待っていただけますか、と部屋の奥に入っていくと、すぐに一枚のメモ書きを持って戻って来る。メモには名前と住所が書かれているようだった。
「ふらふらと動き回っている男ですから、会えるとは限りませんがな」
「そうですか、魔女様にもそう伝えておきますわ」
助かりましたわ、とメモを受け取ってお礼を言い、学者先生の部屋を後にした。
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