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12.館の庭

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 魔の森と呼ばれる魔獣が住まう森の中に、魔女の館は建っている。近くの街からは少しばかり離れていたが、必ずしも行き来し辛い距離ではない。ただし、ちゃんと道があればだ。
 館というには少し小規模かもしれないが、場所が場所だ、建築時に必要とされた労力と資金は相当だろう。

 館の前の庭園もそこまで広くはないが、すぐ周りには森の木々。喧騒などといったものとは無縁だった。そこにはこれでもかと言うほどの自然が溢れている。

 その広くはない庭園もまた、例に漏れず荒れ狂っている。建物の入口へと続いているはずの石畳の通路は、雑草で埋もれ、目を凝らして初めて道らしき物があることを確認できる程度。
 大人の膝下の高さまで伸びた草が多い茂り、小柄な猫では完全に埋もれてしまうくらいだ。

 くーが庭の中を移動すると、姿は見えないけれど草がザワつくので何となく位置が分かる。葉月と一緒に外へ出て、猫はご機嫌で歩き回っているようだった。チラチラと尻尾の先が草の間を見え隠れしている。

 中の片付けはまだまだ終わりそうもないけれど、ここのお世話になるようになってずっと屋内ばかりで、葉月はそろそろ退屈し始めていた。だから、たまには外へ出てみたのだ。
 ただし、最強のボディーガードがいると言っても万が一のことがある、結果の外には出ないように注意して。

「まずは通路を発掘しないとね」

 来た時もそうだったが、葉月には結界の境目がどこにあるのか分からない。一応は敷地を取り囲むよう柵もあるらしいけれど、それも草に隠れてしまってる。だから、建物から付かず離れずの場所から作業するようにと魔女からも強く言い渡されていた。

 手袋をはめて、まずは入口扉のすぐ前の草から引き抜いていく。夜中に少し雨が降っていたおかげで、力を込めなくてもスッポリと抜けた。思ったよりも楽に作業が進み、あっという間に草の山が積み上がっていく。

「みゃーん」
「泥だらけになるから、少し離れててね」

 テンポ良く草引きしていく葉月の傍で、ハイペースで姿を現していく石畳。その上にちょこんと座って、猫は飼い主のことを見守る。時折、抜かれた草に手を伸ばしてじゃれついたりしながら。

 敷き詰められた石と石の間に生えていた雑草が取り除かれると、想像していたよりも随分と広い通路が出てきた。
 幅三メートルはありそうだから、乗り物を入口前に横付けにして乗り降りできたのかもしれない。ということは、街までの道もそれなりの物があったはずで……改めて、自然の生命力は恐ろしい。

「ふぅ……腰、痛っ」

 ずっとしゃがみ込んでいたから、一度立ち上がって腰を伸ばしてみる。凝り固まった腰が引っ張られて心地いい。地面が緩くて簡単に草が抜けていくのが楽しくて、つい無心になって作業してしまった。

 等間隔で積み上げた雑草の山は、合わせればかなりの量になる。これは結界の外へ放り出して森の栄養にしてしまうか、くーに焼却してもらうかになるが、どちらにしても危険が伴うからベルの許可がいるだろう。一番安全なのは穴を掘って埋めてしまうことだろうが、それはさすがに面倒だ。

 石畳の通路の周辺はまだ手付かずなままだったが、整備されたスペースが少しでもあるのは随分と違う。これで外へ出ても草まみれにならなくて済むし、猫が日向ぼっこだってできる。

 日当たりの良い場所を選んで、足を上げて毛繕いしている猫の姿を、葉月は満足そうに微笑みながら眺める。元の世界では完全な家猫だったはずが、平然と外に出ているのが少し不思議な光景に思えた。まるで、家の外には出慣れているみたいだ。

 ――謎だらけだわ、くーちゃん……。

 その時、ふと猫が毛繕いを止めて視線を上に向けた。と思ったら、すぐに聞き覚えのある翼音が耳に届く。

 バサッ、バサッ、バサッ

「えっと……ブリッド、だっけ?」
「みゃーん」

 そうだというように猫が返事する。当のオオワシはなかなか降りてくる気配がなく、警戒するよう館の上空をゆっくりと旋回している。以前とは違う庭の雰囲気に躊躇っているのだろうか。或いは、真下からこちらを見ている猫を恐れているのか。

「降りてらっしゃい。ブリッド」
「……ギギィ」

 結界の揺らぎで契約獣の訪問に気付いたベルが、館の中から顔を出す。そして、二話の変わり様に気付いたらしく、感嘆の声を上げる。

「あら、凄い。広いわね。石畳が見えるのなんて、いつぶりかしら?」

 手を振ってブリッドに降りるよう促しながら、キョロキョロと辺りを見回している。まだ玄関前の一部だけしか手を付けられていないが、よっぽど驚いた様子だ。

「素晴らしいわ、葉月」

 片付け始めた頃は「そんなことしなくていいのに」とばかり言っていたベルだったが、館の状態が変わっていくにつれ、掃除するのを否定しなくなっていた。以前の使用人がいた時期はきちんとした生活を送っていたようだし、好きで荒れた生活をしていた訳ではないのかもしれない。

「ちょうど良かったわ。お礼になるかしらね」
「お礼なんて……お世話になってるのは、私達の方なのに」
「あなたの為に注文しておいたのよ。プレゼントさせて」

 そう言いながら、オオワシが運んで来た木箱の中から大きな包みを抱えて取り出し、葉月へと手渡してくる。受け取って開けてみると、中には真新しいシャツやワンピ、ブーツなどの衣類が数点入っていた。

「サイズが合うと良いのだけれど」
「わっ、嬉しいです」
「他にもいるものがあれば言ってね。葉月が来てくれてから調薬も進んでるし、とても助かってるのよ」

 残りの積み荷を降ろした後、作業部屋から運び出して来た納品の薬を木箱へと詰め込み直す。今回は回復薬の青い瓶が沢山だ。本当に随分と調薬できているみたいだ。
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