8 / 87
8.魔女の薬
しおりを挟む
「あれ? また同じ瓶だ……」
魔女の館の片付けを始めてから、一階のいろんな場所で空の瓶を見つけることが頻繁にあった。木箱に入っていたり、棚にまとめて置かれているものもあれば、床に転がっていたりと乱雑に放置されているのだ。
形は様々だけれど、細長い青色の瓶の発掘率がずば抜けて高く、保管状態が悪くて割れたり欠けたりしているものも少なからずある。
どれも中身は入っておらず、使い残しや飲み残しという類いの物は無い。どちらかと言うと、これから何かを入れる為の物なのだろう。
あまりにも気になり、魔女本人に聞いてみても「えー、そんなことしなくてもいいのに」とやる気を削ぐ返事をされてしまいそうなので、とりあえずは部屋の片隅に木箱を置き、種類別に仕分けていくことにする。
見ようによっては、瓶の回収日のゴミステーションみたいだ。
実際に一か所に集めてみると、空瓶の大半が青色で、赤や黄色の小瓶や透明の丸いケースが少し。
「あら、こんなに溜まっちゃってるのね。大変だわ」
奥の部屋で作業していたベルが顔を出し、積み上げられた瓶の山に気付いて、全く大変そうじゃない口調で笑いながら言う。
しばらく本数を数えたりしていたが、あまりの多さに途中でやめたようだ。
「これ、何を入れる瓶なんですか?」
「調合した薬を入れる物よ。青は回復薬で、赤は解毒剤、えっと黄色は何だったかしら……そうそう、解熱剤。あとの小さいのは傷薬だったり、火傷の薬だったり」
瓶にはラベルは無いので色と形で中身を区別するらしい。
森で採取した薬草などで薬を作って街に卸しているとは聞いていたから、葉月はすぐに納得する。薬作りとはいかにも魔女っぽい。
「回復薬が一番よく売れるから、瓶がいっぱいあるんですね」
「いいえ、回復薬は作るのが面倒なのよ。だから溜まっちゃうのよね」
「?」
聞けば、必要な薬があればその専用瓶が街から送られてきて、中身を入れて送り返すという合理的なシステムを取っているらしい。
だけど、ベルは調合に時間と手間がかかる回復薬づくりは後回しにして、簡単に作れる薬ばかりを優先してしまう。その結果、納品されてない青の瓶の山が出来たという訳だ。
街側からすれば、毎回のように青い瓶を送って催促しても、いつまで経っても回復薬が手に入らない困った状態が続いている。
簡単な事だけして仕事をやった気になり、手間のかかる事は後回し。その結果、ギリギリになって慌てるタイプなのだろう。葉月の世界で例えるなら、夏休みの宿題は最終日に徹夜するタイプだ。
――大丈夫なのかな、この人……。
「回復薬、作った方がよくないですか?」
「そうねぇ、そろそろ怒られちゃうかしら?」
普通に考えて、すでにめちゃくちゃ怒られてそうな気がするが、気付いてないのだろうか。
「今日あたりに来ると思うから、少しは作っておこうかしら。とっても面倒だけど……」
「今日、ですか?」
「ええ。葉月も欲しい物があれば言えばいいわ。次に来る時に持って来てくれるから」
少しも焦った素振りもなく、どちらかと言えばウンザリという顔をしながら、森の魔女は奥の作業部屋へと戻って行く。
薬を調合する為の素材はとっくに揃っていたようで、あとは彼女のやる気が足りなかっただけみたいだ。
ベルが作業部屋へ渋々ながらも籠ってから随分経った頃だろうか、バサバサと外から大きな翼音が聞こえてきた。
ソファーに積み上げられた書物のタワーの上で寛いでいた猫は、耳をピクピクと動かして窓の外を見る。釣られて葉月も視線を送ると、大きな何かの影が目に入ってくる。
「あら、もう来ちゃったのね」
張り巡らされた結界が揺らいだことで、来訪者の存在に気付いた魔女が、奥の部屋から顔を出す。
こちらに来てからベルと魔獣以外に会ったことがない葉月は、何が来たのかと少しドキドキ。ベルの後ろをついて一緒に外へと出てみる。
くーはというと、特に興味なさそうに欠伸を一つしてから、また眠り直すことにしたようだ。
バサッ、バサッ、バサッ。
館の前でゆっくり羽ばたいていたのは、大きな鳥。葉月の知っている鳥種だと見た目はワシが近いが、サイズが全く違う。三倍はあるだろうか。
二メートル近い体長に鋭利な爪を携えた脚には、ロープで吊るされた木箱を握っている。一辺が一メートルはある箱をそっと地面に下ろすと、鳥はその傍に自分も着地する。
「まあ、ブリッド。いつもご苦労様」
ブリッドと呼ばれたオオワシは、森の魔女の契約獣らしい。普段は森の中にある巣を拠点にして自由に過ごしているが、十日に一度の物資運搬やベルから呼ばれた時だけ姿を現す。
木箱に入れられていた荷物を葉月も一緒に、二人で手分けして取り出し、代わりに中身の入った薬瓶を詰め込んでいく。
木箱いっぱいに様々な色形の瓶を詰めていたが、青色の瓶はその一割弱というところ。それでも無いよりはマシだろうか。
「あら、大変だわ……」
届いた荷物を確かめながら、ベルが溜め息交じりに呟く。
「またいっぱい届いちゃったわ」
分厚めの麻袋に大切そうに入れられていたのは、大量の青色の瓶。
魔女の館の片付けを始めてから、一階のいろんな場所で空の瓶を見つけることが頻繁にあった。木箱に入っていたり、棚にまとめて置かれているものもあれば、床に転がっていたりと乱雑に放置されているのだ。
形は様々だけれど、細長い青色の瓶の発掘率がずば抜けて高く、保管状態が悪くて割れたり欠けたりしているものも少なからずある。
どれも中身は入っておらず、使い残しや飲み残しという類いの物は無い。どちらかと言うと、これから何かを入れる為の物なのだろう。
あまりにも気になり、魔女本人に聞いてみても「えー、そんなことしなくてもいいのに」とやる気を削ぐ返事をされてしまいそうなので、とりあえずは部屋の片隅に木箱を置き、種類別に仕分けていくことにする。
見ようによっては、瓶の回収日のゴミステーションみたいだ。
実際に一か所に集めてみると、空瓶の大半が青色で、赤や黄色の小瓶や透明の丸いケースが少し。
「あら、こんなに溜まっちゃってるのね。大変だわ」
奥の部屋で作業していたベルが顔を出し、積み上げられた瓶の山に気付いて、全く大変そうじゃない口調で笑いながら言う。
しばらく本数を数えたりしていたが、あまりの多さに途中でやめたようだ。
「これ、何を入れる瓶なんですか?」
「調合した薬を入れる物よ。青は回復薬で、赤は解毒剤、えっと黄色は何だったかしら……そうそう、解熱剤。あとの小さいのは傷薬だったり、火傷の薬だったり」
瓶にはラベルは無いので色と形で中身を区別するらしい。
森で採取した薬草などで薬を作って街に卸しているとは聞いていたから、葉月はすぐに納得する。薬作りとはいかにも魔女っぽい。
「回復薬が一番よく売れるから、瓶がいっぱいあるんですね」
「いいえ、回復薬は作るのが面倒なのよ。だから溜まっちゃうのよね」
「?」
聞けば、必要な薬があればその専用瓶が街から送られてきて、中身を入れて送り返すという合理的なシステムを取っているらしい。
だけど、ベルは調合に時間と手間がかかる回復薬づくりは後回しにして、簡単に作れる薬ばかりを優先してしまう。その結果、納品されてない青の瓶の山が出来たという訳だ。
街側からすれば、毎回のように青い瓶を送って催促しても、いつまで経っても回復薬が手に入らない困った状態が続いている。
簡単な事だけして仕事をやった気になり、手間のかかる事は後回し。その結果、ギリギリになって慌てるタイプなのだろう。葉月の世界で例えるなら、夏休みの宿題は最終日に徹夜するタイプだ。
――大丈夫なのかな、この人……。
「回復薬、作った方がよくないですか?」
「そうねぇ、そろそろ怒られちゃうかしら?」
普通に考えて、すでにめちゃくちゃ怒られてそうな気がするが、気付いてないのだろうか。
「今日あたりに来ると思うから、少しは作っておこうかしら。とっても面倒だけど……」
「今日、ですか?」
「ええ。葉月も欲しい物があれば言えばいいわ。次に来る時に持って来てくれるから」
少しも焦った素振りもなく、どちらかと言えばウンザリという顔をしながら、森の魔女は奥の作業部屋へと戻って行く。
薬を調合する為の素材はとっくに揃っていたようで、あとは彼女のやる気が足りなかっただけみたいだ。
ベルが作業部屋へ渋々ながらも籠ってから随分経った頃だろうか、バサバサと外から大きな翼音が聞こえてきた。
ソファーに積み上げられた書物のタワーの上で寛いでいた猫は、耳をピクピクと動かして窓の外を見る。釣られて葉月も視線を送ると、大きな何かの影が目に入ってくる。
「あら、もう来ちゃったのね」
張り巡らされた結界が揺らいだことで、来訪者の存在に気付いた魔女が、奥の部屋から顔を出す。
こちらに来てからベルと魔獣以外に会ったことがない葉月は、何が来たのかと少しドキドキ。ベルの後ろをついて一緒に外へと出てみる。
くーはというと、特に興味なさそうに欠伸を一つしてから、また眠り直すことにしたようだ。
バサッ、バサッ、バサッ。
館の前でゆっくり羽ばたいていたのは、大きな鳥。葉月の知っている鳥種だと見た目はワシが近いが、サイズが全く違う。三倍はあるだろうか。
二メートル近い体長に鋭利な爪を携えた脚には、ロープで吊るされた木箱を握っている。一辺が一メートルはある箱をそっと地面に下ろすと、鳥はその傍に自分も着地する。
「まあ、ブリッド。いつもご苦労様」
ブリッドと呼ばれたオオワシは、森の魔女の契約獣らしい。普段は森の中にある巣を拠点にして自由に過ごしているが、十日に一度の物資運搬やベルから呼ばれた時だけ姿を現す。
木箱に入れられていた荷物を葉月も一緒に、二人で手分けして取り出し、代わりに中身の入った薬瓶を詰め込んでいく。
木箱いっぱいに様々な色形の瓶を詰めていたが、青色の瓶はその一割弱というところ。それでも無いよりはマシだろうか。
「あら、大変だわ……」
届いた荷物を確かめながら、ベルが溜め息交じりに呟く。
「またいっぱい届いちゃったわ」
分厚めの麻袋に大切そうに入れられていたのは、大量の青色の瓶。
0
お気に入りに追加
131
あなたにおすすめの小説
転生したら神だった。どうすんの?
埼玉ポテチ
ファンタジー
転生した先は何と神様、しかも他の神にお前は神じゃ無いと天界から追放されてしまった。僕はこれからどうすれば良いの?
人間界に落とされた神が天界に戻るのかはたまた、地上でスローライフを送るのか?ちょっと変わった異世界ファンタジーです。
異世界でのんびり暮らしてみることにしました
松石 愛弓
ファンタジー
アラサーの社畜OL 湊 瑠香(みなと るか)は、過労で倒れている時に、露店で買った怪しげな花に導かれ異世界に。忙しく辛かった過去を忘れ、異世界でのんびり楽しく暮らしてみることに。優しい人々や可愛い生物との出会い、不思議な植物、コメディ風に突っ込んだり突っ込まれたり。徐々にコメディ路線になっていく予定です。お話の展開など納得のいかないところがあるかもしれませんが、書くことが未熟者の作者ゆえ見逃していただけると助かります。他サイトにも投稿しています。
【完結】転生少女は異世界でお店を始めたい
梅丸
ファンタジー
せっかく40代目前にして夢だった喫茶店オープンに漕ぎ着けたと言うのに事故に遭い呆気なく命を落としてしまった私。女神様が管理する異世界に転生させてもらい夢を実現するために奮闘するのだが、この世界には無いものが多すぎる! 創造魔法と言う女神様から授かった恩寵と前世の料理レシピを駆使して色々作りながら頑張る私だった。
冷宮の人形姫
りーさん
ファンタジー
冷宮に閉じ込められて育てられた姫がいた。父親である皇帝には関心を持たれず、少しの使用人と母親と共に育ってきた。
幼少の頃からの虐待により、感情を表に出せなくなった姫は、5歳になった時に母親が亡くなった。そんな時、皇帝が姫を迎えに来た。
※すみません、完全にファンタジーになりそうなので、ファンタジーにしますね。
※皇帝のミドルネームを、イント→レントに変えます。(第一皇妃のミドルネームと被りそうなので)
そして、レンド→レクトに変えます。(皇帝のミドルネームと似てしまうため)変わってないよというところがあれば教えてください。
祝・定年退職!? 10歳からの異世界生活
空の雲
ファンタジー
中田 祐一郎(なかたゆういちろう)60歳。長年勤めた会社を退職。
最後の勤めを終え、通い慣れた電車で帰宅途中、突然の衝撃をうける。
――気付けば、幼い子供の姿で見覚えのない森の中に……
どうすればいいのか困惑する中、冒険者バルトジャンと出会う。
顔はいかついが気のいいバルトジャンは、行き場のない子供――中田祐一郎(ユーチ)の保護を申し出る。
魔法や魔物の存在する、この世界の知識がないユーチは、迷いながらもその言葉に甘えることにした。
こうして始まったユーチの異世界生活は、愛用の腕時計から、なぜか地球の道具が取り出せたり、彼の使う魔法が他人とちょっと違っていたりと、出会った人たちを驚かせつつ、ゆっくり動き出す――
※2月25日、書籍部分がレンタルになりました。
辺境伯家ののんびり発明家 ~異世界でマイペースに魔道具開発を楽しむ日々~
Lunaire
ファンタジー
壮年まで生きた前世の記憶を持ちながら、気がつくと辺境伯家の三男坊として5歳の姿で異世界に転生していたエルヴィン。彼はもともと物作りが大好きな性格で、前世の知識とこの世界の魔道具技術を組み合わせて、次々とユニークな発明を生み出していく。
辺境の地で、家族や使用人たちに役立つ便利な道具や、妹のための可愛いおもちゃ、さらには人々の生活を豊かにする新しい魔道具を作り上げていくエルヴィン。やがてその才能は周囲の人々にも認められ、彼は王都や商会での取引を通じて新しい人々と出会い、仲間とともに成長していく。
しかし、彼の心にはただの「発明家」以上の夢があった。この世界で、誰も見たことがないような道具を作り、貴族としての責任を果たしながら、人々に笑顔と便利さを届けたい——そんな野望が、彼を新たな冒険へと誘う。
他作品の詳細はこちら:
『転生特典:錬金術師スキルを習得しました!』
【https://www.alphapolis.co.jp/novel/297545791/906915890】
『テイマーのんびり生活!スライムと始めるVRMMOスローライフ』 【https://www.alphapolis.co.jp/novel/297545791/515916186】
『ゆるり冒険VR日和 ~のんびり異世界と現実のあいだで~』
【https://www.alphapolis.co.jp/novel/297545791/166917524】
料理スキルで完璧な料理が作れるようになったから、異世界を満喫します
黒木 楓
恋愛
隣の部屋の住人というだけで、女子高生2人が行った異世界転移の儀式に私、アカネは巻き込まれてしまう。
どうやら儀式は成功したみたいで、女子高生2人は聖女や賢者といったスキルを手に入れたらしい。
巻き込まれた私のスキルは「料理」スキルだけど、それは手順を省略して完璧な料理が作れる凄いスキルだった。
転生者で1人だけ立場が悪かった私は、こき使われることを恐れてスキルの力を隠しながら過ごしていた。
そうしていたら「お前は不要だ」と言われて城から追い出されたけど――こうなったらもう、異世界を満喫するしかないでしょう。
異世界着ぐるみ転生
こまちゃも
ファンタジー
旧題:着ぐるみ転生
どこにでもいる、普通のOLだった。
会社と部屋を往復する毎日。趣味と言えば、十年以上続けているRPGオンラインゲーム。
ある日気が付くと、森の中だった。
誘拐?ちょっと待て、何この全身モフモフ!
自分の姿が、ゲームで使っていたアバター・・・二足歩行の巨大猫になっていた。
幸い、ゲームで培ったスキルや能力はそのまま。使っていたアイテムバッグも中身入り!
冒険者?そんな怖い事はしません!
目指せ、自給自足!
*小説家になろう様でも掲載中です
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる