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救い2

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「………ね、キスして?」

 腕の中から見上げてきたマリーのかわいらしいおねだりに、素肌が密着していることを思い知って息を飲んでしまう。

「……ロラン……私も、あなたを守るためなら何を犠牲にしてもいいと思ってる」

 躊躇っているとマリーは両手で頬を挟んでほほえんだ。

「マリー………」

 そんなマリーが愛しくてたまらず、額にキスを落とした。

 鼻の先に、頬に。
 誘われるままに次々とキスをしていき、ついには柔らかな唇に重なる。

 柔らかな感触がして、ほのかに甘い香りのする吐息を感じる。

 愉悦が駆け上るのと同時に、ひやりと背筋が冷える。
 唇を離そうとすると、マリーは首の後ろに腕を回してしがみついてくる。

 それを振り払うことが、できない。

「……あの時みたいに、して……」

 潤んだ瞳。
 上気した頬。
 しどけない表情と甘い誘惑の言葉。

 堪えきれず、キスだけだと強く自分に言い聞かせながら、マリーの唇に噛みつくようなキスをした。

「マリー……マリー……っ」
「………ん……んぅ………ロラン……っ」

 熱に浮かされるように互いの名前を呼び合いながらキスを重ねる。
 それは徐々に歯止めを失い、息を乱し、互いを求めて舌を絡め合う濃厚なものになっていく。
 マリーの細い指が、私の背中を撫で回す。

 だめだ。
 だめだ、これ以上は。

 そう思って離れようと抗うたびに、マリーは恥ずかしそうに「……もっと……」と囁き、理性は激情の波に浚われた。





 白く霞がかかったように鈍る思考から、わずかに理性が浮上する。

 シーツの波の中にとろりとした表情で横たわるマリーと、彼女に覆い被さるようにしてキスをしている自分に気づく。

 ゆっくりと、首に回していた腕が解かれ、細い指が頬を滑る。

「……ロラン……抱いて……」

 泣き出しそうな顔をして、マリーは願った。
 一緒に泣いてしまいたいのを必死に押しとどめるために、マリーのうなじに顔を埋めて抱きしめた。

「もうっ、……違うって、わかってるでしょう?」

 耳元に囁かれる密やかな笑い声。
 締め付けられるような胸の痛みが、理性を揺り起こす。

「………無理だよ………」

 呻き声を絞り出すのが、やっとだった。

「……マリーが死ぬかもしれないと思うと、怖くて……できない……」

 嘘だった。
 本能は愛しいマリーを抱きたくてたまらないと禍々しいほど訴えている。

「……私は、君と一緒に生きていきたい……」

 けれど。
 ずっとずっと、この腕の中にマリーを抱いていたかった。
 これ以上触れれば、マリーは雪の結晶のように溶けて消えてしまう。
 マリーを失うくらいなら――。

「ロラン」

 そっと名前を呼ばれ、細い指に誘われるままに吐息がかかりそうな距離で顔をつきあわせる。

「………お願い。助けて」

 切に助けを求める視線が絡み合い、目をそらすことができなかった。

「死ぬことが……君にとっての救いなのか?」
「違うわ」

 目を閉じて呻くように尋ねると、きっぱりとした即答が返ってきた。
 けれど何が違うのか、私には理解できなかった。
 身投げ騒動の時、マリーはきっぱり“死ぬ”と宣言した。

「子供を産むと君は死ぬんだろう?」

 マリーはなにも答えず、ただ喧嘩を売る猫みたいにじっと見つめてくる。

「……必ず、君を幸せにしてみせる。だから、死に急ごうとしないでくれ……」

 こぼれそうになる嗚咽を必死に押し殺すと、マリーはくすぐったそうに笑った。

「ふふっ、今でも私、怖いくらいに幸せだけど」

 私の髪の中に愛おしそうに指を滑らせ、マリーは言う。

「だけど私がもっとたくさん幸せになるために必要なことなの」

 意味がわからず、身動きがとれなかった。
 何も言えずにいる私の頭を両手で抱え込んで引き寄せ、マリーは額を合わせる。

「――お願いよ。あとでちゃんと話すから、今は何も聞かずに抱いて」

 はたと、目を丸める。

「………話せるように、なるのか?」

 あんなにもがき苦しんでも何一つ言葉を発することができなかったのにと思ってしまうと、マリーはその答えとして静かにほほえんで見せた。
 そして、ぎゅうっと首に思い切り抱きついて、耳元でもう一度「助けて」と繰り返した。

「私をこの苦しみから救って」

 耳から頭に直接そそぎ込まれたようなその一言に弾かれたように理性が飛び、白い首筋に噛みついた。




「……んっ。……んー……」

 細い手も、肩も、形のいい胸も、その美しい曲線をすべて描くことができるようになるまで撫で続け、すべて食べ尽くそうとするかのように噛みつき、舐めあげていく。

「マリー……っ」

 息が、乱れる。
 指先が臍からさらに下へと移動していくと、マリーはびくっと身を震わせ、息を詰めた。
 とろりとした蜜に濡れる花びらを撫でながら、指が迷った。

「ロラン、ロランッ……大、好きっ……」

 しがみついてキスをしてくるマリーの花びらの奥がひくんひくんと揺れては蜜を滴らせる。

「……はぁっ……お願い、だから……っ」

 マリーはぎゅっと目を瞑って、切なげに甘い吐息を漏らす。

「……………マ、リィ……ッ!」

 激情に突き動かされ、楔を打ち込もうとした瞬間、ふっと身が凍るような寒気が背筋を駆け抜けた。


――毒を盛るとでも思ってる?


 これは、毒だ。
 十月かけてマリーを死に至らしめる甘やかな毒。

「……ロラン……」

 凍り付いているロランの首にマリーは両腕を回してぎゅうっと抱き寄せた。

「ロラン……助けて……。この呪いから、解放して……」

 もう、なにが正しいのか、どうしたらいいのか、わからない。

「………お願い。愛して………」

 ただ耳元に囁かれる願いに背中を押され、ゆっくりと腰を進める。

「あっ………あ、……ぅ……っ」

 楔の先端が未開拓地バージンを切り開くと美しい柳眉が歪み、痛みを訴えた。
 思わず腰を引こうとした気配に、マリーは必死に縋りついた。

「だめ……最後まで、離さないで……!」

 そうしないと死んでしまうのではないかと思うほど、切なる願いだった。

 だから。
 だから、私はその痛みが少しでも和らぐようにキスをするしかなかった。
 マリーは息を乱しながらそれに応え、私の髪の中に手を入れてくしゃくしゃになるまでかき混ぜる。
 細い足が腰に絡みつき、奥へと誘う。

「………あぁっ、マリー………っ」

 誘われるままに奥まで交わると、その心地よさに思わず呻き声が漏れた。

「ロラン……ロラン……っ、大…好きっ……!」

 マリーはぽろぽろと涙をこぼしながら、何度も私の名を呼び、痛みに逆らうように必死に好きと訴えた。

「………マリー、マリー………っ!!」

 私は本能に突き動かされて腰を回しながら、愛しい妻の名前を呼び続けた。

「あっ、あ、あぁぁっロラン―――……っ!」

 雷に打たれたようにぴんっと足先まで伸ばして、背中を仰け反らせ、びくびくと全身を小刻みに震わせて絶頂を迎えたマリーに、私は、滔々と毒を注いだ。










 マリーのように好きとか愛してるとか、そんな言葉は、一度も言えなかった。


 本当に愛していたら、こんなこと、きっと、できない。


 愛する人に、毒をそそぎ込むなど、できるはずがないのに。


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