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呪われた婚約者2
しおりを挟む外はそろそろ夜の帳が降りはじめている。
庭園の奥にある噴水に続く小道は、足下に透かし模様で光を切り取るランプが配されていて、噴水は月明かりが噴き上げられた水滴を光の粒に変え、並のご令嬢ならうっとりしそうな幻想的な雰囲気が自慢の庭だった。
だがしかし、隣を歩く婚約者はというと、相変わらず懐かない猫のように警戒心露わに逃げる隙を窺っている。
噴水の縁に腰を下ろし隣に座るよう促すと、案外素直に肩を並べて座ってくれたが、逃げられる前に単刀直入に本題に触れることにする。
「グラ一族は魔女に呪われているというのは、本当?」
グラ公爵家は王家の遠縁にもあたる名家だが、近年の社交界ではまことしやかにそんな噂が広がっていた。
マリーはその問いに、ぴくりと眉を揺らした。
彼女の母も祖母も、初産で亡くなっている。
出産で命を落とすのはそれほど珍しい話ではないが、二代続けてというのはなかなかの非運だ。さらに16年前にはグラ家の領地で疫病が蔓延し、数千の領民を失うという大災害に見舞われ――その度重なる非運は魔女の呪いだという噂だった。
「随分と不躾ですね」
「立場上、噂の真偽を知る権利はあるかと思うけれどね」
話を逸らさせてなるものかと即座に権利を主張すると、欠片も色っぽくない見つめ合いが一呼吸続いた。
やがて彼女は深い溜息とともに、そっと長い睫毛を伏せた。
「……ご想像にお任せします」
「そういう答え方をするから、まことしやかに噂されてしまうんじゃないのかな?」
「ええ、そうでしょうね」
年齢にそぐわない老獪な笑みで即答され、背筋に冷たいものが這い寄った。
「……………まさか、本当に?」
彼女は再度目を伏せ、沈黙した。
思い出したように口を開こうとしては何も言わないまま閉口するのを幾度か繰り返した後、諦めたようにゆるりと首を横に振っただけだった。
「言えないような呪いでも?」
冗談のつもりだったが彼女は肯定も否定もせず静かに目を伏せたままで、改めて背筋が冷える。
これほどまでに饒舌な沈黙が他にあるだろうかと思った。
呆然としてしまった一瞬のうちに、マリーはすっくと立ち上がった。
「――お話がそれだけなら、帰らせていただきます」
「いや、あとひとつ」
返事を待たずにさっさと立ち去ろうとしている冷淡極まる婚約者を慌てて呼び止める。マリーは足を止めてくれたものの、不機嫌そうに眉をあげて顔だけ振り返った。
「来月君の誕生日だと聞いたのだけど、知り合ったばかりで好みがわからないのでね。贈物の希望があれば聞いておきたいんだが」
それは婚約者の誕生日なら形式上でも祝いを贈るべきだし、どうせ贈るなら好みのものをという軽い気持ちだった。
けれど、マリーはこちらがつられて驚くほどにくるりと目を瞠った。
驚いた顔は年相応にあどけなくて急にかわいらしく見え、性格はともあれ顔は好みだなと思った。
「……婚約を、白紙になさらないのですか?」
「ああ。それを決めるのは父だし、知っての上だろうからな」
父がこの婚約を言い渡した時、この結婚は表面上だけでいいと言い添えたのだ。
愛人を拵えてもえても構わないから穢れに触れるなと。先方もそれを承諾しているとか真偽のわからないことまで。
つまるところ父は、公爵号を餌に呪われた娘の貰い手を探すグラ公爵に釣られたわけだ。可憐なご令嬢限定で無駄に社交的と噂の二男に枷をつけたかったのもあるかもしれないが。
「気味が悪いとか、思わないのですか?」
「別に?こうして話をしたり贈り物をしただけで私も呪われるわけではないだろう? それに例え思ったとしても父は私の意見を聞いてくれる人じゃないのでね」
それまでの苦虫を噛み潰し怒りを隠そうとしているような表情に、唐突にふっと笑みが差して意表を突かれた。
「……そうですね。父には、逆らえませんね」
それは、ぎこちなくて、どこか影の差す笑みだったのだけれど。
その笑顔を見た時にうっかり、思ってしまったのだ。
一度、心から笑われせてみたいな、と。
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