上 下
2 / 21

呪われた婚約者2

しおりを挟む

 外はそろそろ夜のとばりが降りはじめている。
 庭園の奥にある噴水に続く小道は、足下に透かし模様で光を切り取るランプが配されていて、噴水は月明かりが噴き上げられた水滴を光の粒に変え、並のご令嬢ならうっとりしそうな幻想的な雰囲気が自慢の庭だった。
 だがしかし、隣を歩く婚約者マリーはというと、相変わらず懐かない猫のように警戒心露わに逃げる隙を窺っている。
 噴水の縁に腰を下ろし隣に座るよう促すと、案外素直に肩を並べて座ってくれたが、逃げられる前に単刀直入に本題に触れることにする。

「グラ一族は魔女に呪われているというのは、本当?」

 グラ公爵家は王家の遠縁にもあたる名家だが、近年の社交界ではまことしやかにそんな噂が広がっていた。

 マリーはその問いに、ぴくりと眉を揺らした。

 彼女の母も祖母も、初産で亡くなっている。
 出産で命を落とすのはそれほど珍しい話ではないが、二代続けてというのはなかなかの非運だ。さらに16年前にはグラ家の領地で疫病が蔓延し、数千の領民を失うという大災害に見舞われ――その度重なる非運は魔女の呪いだという噂だった。

「随分と不躾ですね」
「立場上、噂の真偽を知る権利はあるかと思うけれどね」

 話を逸らさせてなるものかと即座に権利を主張すると、欠片も色っぽくない見つめ合いが一呼吸続いた。

 やがて彼女は深い溜息とともに、そっと長い睫毛を伏せた。

「……ご想像にお任せします」
「そういう答え方をするから、まことしやかに噂されてしまうんじゃないのかな?」
「ええ、そうでしょうね」

 年齢にそぐわない老獪な笑みで即答され、背筋に冷たいものが這い寄った。

「……………まさか、本当に?」

 彼女は再度目を伏せ、沈黙した。
 思い出したように口を開こうとしては何も言わないまま閉口するのを幾度か繰り返した後、諦めたようにゆるりと首を横に振っただけだった。

「言えないような呪いでも?」

 冗談のつもりだったが彼女は肯定も否定もせず静かに目を伏せたままで、改めて背筋が冷える。
 これほどまでに饒舌な沈黙が他にあるだろうかと思った。

 呆然としてしまった一瞬のうちに、マリーはすっくと立ち上がった。

「――お話がそれだけなら、帰らせていただきます」
「いや、あとひとつ」

 返事を待たずにさっさと立ち去ろうとしている冷淡極まる婚約者を慌てて呼び止める。マリーは足を止めてくれたものの、不機嫌そうに眉をあげて顔だけ振り返った。

「来月君の誕生日だと聞いたのだけど、知り合ったばかりで好みがわからないのでね。贈物の希望があれば聞いておきたいんだが」

 それは婚約者の誕生日なら形式上でも祝いを贈るべきだし、どうせ贈るなら好みのものをという軽い気持ちだった。

 けれど、マリーはこちらがつられて驚くほどにくるりと目を瞠った。
 驚いた顔は年相応にあどけなくて急にかわいらしく見え、性格はともあれ顔は好みだなと思った。

「……婚約を、白紙になさらないのですか?」
「ああ。それを決めるのは父だし、知っての上だろうからな」

 父がこの婚約を言い渡した時、この結婚は表面上だけでいいと言い添えたのだ。
 愛人をこしらえてもえても構わないからに触れるなと。先方もそれを承諾しているとか真偽のわからないことまで。
 つまるところ父は、公爵号を餌に呪われた娘の貰い手を探すグラ公爵に釣られたわけだ。可憐なご令嬢限定で無駄に社交的と噂の二男に枷をつけたかったのもあるかもしれないが。

「気味が悪いとか、思わないのですか?」
「別に?こうして話をしたり贈り物をしただけで私も呪われるわけではないだろう? それに例え思ったとしても父は私の意見を聞いてくれる人じゃないのでね」

 それまでの苦虫を噛み潰し怒りを隠そうとしているような表情に、唐突にふっと笑みが差して意表を突かれた。

「……そうですね。父には、逆らえませんね」

 それは、ぎこちなくて、どこか影の差す笑みだったのだけれど。

 その笑顔を見た時にうっかり、思ってしまったのだ。
 一度、心から笑われせてみたいな、と。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】嗤われた王女は婚約破棄を言い渡す

干野ワニ
恋愛
「ニクラス・アールベック侯爵令息。貴方との婚約は、本日をもって破棄します」 応接室で婚約者と向かい合いながら、わたくしは、そう静かに告げました。 もう無理をしてまで、愛を囁いてくれる必要などないのです。 わたくしは、貴方の本音を知ってしまったのですから――。

私に成り代わって嫁ごうとした妹ですが、即行で婚約者にバレました

あーもんど
恋愛
ずっと腹違いの妹の方を優遇されて、生きてきた公爵令嬢セシリア。 正直不満はあるものの、もうすぐ結婚して家を出るということもあり、耐えていた。 でも、ある日…… 「お前の人生を妹に譲ってくれないか?」 と、両親に言われて? 当然セシリアは反発するが、無理やり体を押さえつけられ────妹と中身を入れ替えられてしまった! この仕打ちには、さすがのセシリアも激怒! でも、自分の話を信じてくれる者は居らず……何も出来ない。 そして、とうとう……自分に成り代わった妹が結婚準備のため、婚約者の家へ行ってしまった。 ────嗚呼、もう終わりだ……。 セシリアは全てに絶望し、希望を失うものの……数日後、婚約者のヴィンセントがこっそり屋敷を訪ねてきて? 「あぁ、やっぱり────君がセシリアなんだね。会いたかったよ」 一瞬で正体を見抜いたヴィンセントに、セシリアは動揺。 でも、凄く嬉しかった。 その後、セシリアは全ての事情を説明し、状況打破の協力を要請。 もちろん、ヴィンセントは快諾。 「僕の全ては君のためにあるんだから、遠慮せず使ってよ」 セシリアのことを誰よりも愛しているヴィンセントは、彼女のため舞台を整える。 ────セシリアをこんな目に遭わせた者達は地獄へ落とす、と胸に決めて。 これは姉妹の入れ替わりから始まる、報復と破滅の物語。 ■小説家になろう様にて、先行公開中■ ■2024/01/30 タイトル変更しました■ →旧タイトル:偽物に騙されないでください。本物は私です

公爵閣下に嫁いだら、「お前を愛することはない。その代わり好きにしろ」と言われたので好き勝手にさせていただきます

柴野
恋愛
伯爵令嬢エメリィ・フォンストは、親に売られるようにして公爵閣下に嫁いだ。 社交界では悪女と名高かったものの、それは全て妹の仕業で実はいわゆるドアマットヒロインなエメリィ。これでようやく幸せになると思っていたのに、彼女は夫となる人に「お前を愛することはない。代わりに好きにしろ」と言われたので、言われた通り好き勝手にすることにした――。 ※本編&後日談ともに完結済み。ハッピーエンドです。 ※主人公がめちゃくちゃ腹黒になりますので要注意! ※小説家になろう、カクヨムにも重複投稿しています。

【完結】殿下、自由にさせていただきます。

なか
恋愛
「出て行ってくれリルレット。王宮に君が住む必要はなくなった」  その言葉と同時に私の五年間に及ぶ初恋は終わりを告げた。  アルフレッド殿下の妃候補として選ばれ、心の底から喜んでいた私はもういない。  髪を綺麗だと言ってくれた口からは、私を貶める言葉しか出てこない。  見惚れてしまう程の笑みは、もう見せてもくれない。  私………貴方に嫌われた理由が分からないよ。  初夜を私一人だけにしたあの日から、貴方はどうして変わってしまったの?  恋心は砕かれた私は死さえ考えたが、過去に見知らぬ男性から渡された本をきっかけに騎士を目指す。  しかし、正騎士団は女人禁制。  故に私は男性と性別を偽って生きていく事を決めたのに……。  晴れて騎士となった私を待っていたのは、全てを見抜いて笑う副団長であった。     身分を明かせない私は、全てを知っている彼と秘密の恋をする事になる。    そして、騎士として王宮内で起きた変死事件やアルフレッドの奇行に大きく関わり、やがて王宮に蔓延る謎と対峙する。  これは、私の初恋が終わり。  僕として新たな人生を歩みだした話。  

ぽっちゃりな私は妹に婚約者を取られましたが、嫁ぎ先での溺愛がとまりません~冷酷な伯爵様とは誰のこと?~

柊木 ひなき
恋愛
「メリーナ、お前との婚約を破棄する!」夜会の最中に婚約者の第一王子から婚約破棄を告げられ、妹からは馬鹿にされ、貴族達の笑い者になった。 その時、思い出したのだ。(私の前世、美容部員だった!)この体型、ドレス、確かにやばい!  この世界の美の基準は、スリム体型が前提。まずはダイエットを……え、もう次の結婚? お相手は、超絶美形の伯爵様!? からの溺愛!? なんで!? ※シリアス展開もわりとあります。

私はあなたの何番目ですか?

ましろ
恋愛
医療魔法士ルシアの恋人セシリオは王女の専属護衛騎士。王女はひと月後には隣国の王子のもとへ嫁ぐ。無事輿入れが終わったら結婚しようと約束していた。 しかし、隣国の情勢不安が騒がれだした。不安に怯える王女は、セシリオに1年だけ一緒に来てほしいと懇願した。 基本ご都合主義。R15は保険です。

私はあなたの正妻にはなりません。どうぞ愛する人とお幸せに。

火野村志紀
恋愛
王家の血を引くラクール公爵家。両家の取り決めにより、男爵令嬢のアリシアは、ラクール公爵子息のダミアンと婚約した。 しかし、この国では一夫多妻制が認められている。ある伯爵令嬢に一目惚れしたダミアンは、彼女とも結婚すると言い出した。公爵の忠告に聞く耳を持たず、ダミアンは伯爵令嬢を正妻として迎える。そしてアリシアは、側室という扱いを受けることになった。 数年後、公爵が病で亡くなり、生前書き残していた遺言書が開封された。そこに書かれていたのは、ダミアンにとって信じられない内容だった。

今更、いやですわ   【本編 完結しました】

朝山みどり
恋愛
執務室で凍え死んだわたしは、婚約解消された日に戻っていた。 悔しく惨めな記憶・・・二度目は利用されない。

処理中です...