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プロローグ(キス)

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 友達である霧姫 友樹きりひめ ゆうきから痛く信頼されていた俺は、友樹の娘の世話をさせられていた。

 友樹の家庭は奥さん共に共働きをしているのだが、そこで、うちで面倒を見てくれないかという話が持ち上がり、暇だった俺が快諾した結果である。

 友樹が俺に娘を預けるなどという暴挙に出たのは、幼稚園に預けるとお金がかかってしまうのに対して、無料で世話をしてあげても良いよと俺が言ったのと、俺が昔からの親友であるということもあってのことだろう。

 さて、では世話をしてあげられる俺はニートなのかというと断じて違う。俺は作曲を仕事にしているのである。つまり、基本家にいるのだ。

 そんな俺の元に預けられた友樹の娘は、とても可愛らしい2歳の幼児であった。名前は霧姫 美留彩きりひめ みるあ。金髪ツインテールにくりっとした藍色の瞳の、西洋人形のような美幼女だ。

 これは、友樹が外国人という訳ではない。友樹の奥さんがハーフだったのだ。だが、奥さんの髪の毛も綺麗な黒である。これは恐らく先祖返りというものだと思うが、日本人と西洋人の良いとこどりをしたようなこの幼女は、暴力的なまでの可愛さを放っていた。

 そして、美留彩ちゃんがうちに来てから、早2年が経っていた。美留彩ちゃんも既に4歳。育児などしたことないのに、特に何の問題もなく面倒を見てやれたと思う。何なら暇があれば勉強なども教えていたため親友から非常に感謝されていた程だ。

───これは、そんなある日の出来事。

「おにーさん!あのね、きょうはおべんきょうをしたらね、おままごとしたいの!いい?」

「ああ、もちろん良いよ」

 日課としている勉強をはじめる。俺は教員免許は取得していないが、小学校の内容くらいなら教えることなど造作もない。

 普通の子供なら嫌がりそうなものだが、この辺り美留彩ちゃんは大人びていると言えた。

「よし、今日は2桁を掛ける掛け算の筆算まで、できるようになったな。これで小学校に入学してもバッチリだ!」

「えへへ、ほんと?おにーさん、みるあはすごい?」

「あぁ、将来は天才になる事間違いなしだよ!」

 本人には特に教えてないが、本来これは小学3年生で習うものだ。どんどん知識を吸収してくれるので、算数に限らず、調子に乗ってとんでもない予習をさせていた。

 このペースだと入学前に小学6年生の学習指導要領まで網羅してしまいそうなほどだ。

「じゃあ、おにーさん、はやくおままごとしよー!みるあね、ママになりたいんだー」

「美留彩ちゃんはとっても可愛いから、美留彩ちゃんのパパになる人は絶対に幸せになれるな」

 あどけない幼女が無邪気な願いを話しているのを見たらすることは何か。決まっているだろう。頭を撫でるに決まっている。俺はほぼ無意識で柔らかな金髪の頭を優しく撫で回していた。他意はない。

「……え?ほんと!?えへへ、みるあ、そんなにかわいい?おにーさんにかわいいっていわれた!うれしい!」

 俺なんかに褒められて嬉しいのか、非常にはしゃいでいる様子の美留彩ちゃん。その様はとても可愛らしく、親でもないのにこの子の親であるかのような視線で見てしまう。

「みるあね、しょーらいは、おにーさんのおよめさんになるの!だから、おままごとは、みるあがママで、おにーさんがパパやくね!」

「本当?俺も嬉しいよ。じゃあ、えっと、俺は何をすれば良いかな?」

 心臓へのクリティカルヒットとなるおよめさんになる宣言を間一髪で受け流す。可愛さで心臓が止まるところだった。

 親である友樹が聞いたら烈火の如く激怒しそうだから、是非とも俺には言わないでほしい。

 だが、この子が小学校に通うようになったら、もう滅多に会えなくなってしまうんだろう。こう、2年も一緒にいれば愛着も湧いてくる。この子がいなくなると考えると、寂しくなってくるな。

 そろそろ将来の結婚相手を考えなきゃ行き遅れてしまいそうだ。その時は美留彩ちゃんみたいな子供が欲しいな。

「えっとねー、えっと……あ、みるあがね、パパにかいしゃにいってらっしゃいっていうの」

「あー、なるほどね。分かった」

 朝のシーンをすれば良いのだろうか。でも、俺がパパなら、俺は作曲が仕事だから会社には行かないのだが……。まあ細かいことは気にするだけ無駄か。

「はい、あなた。あさごはんですわよ」

 そう言って、4歳の幼妻はおもちゃの料理を俺に差し出す。

「その口調はどこで覚えたんだ……?ありがとう、美留彩ちゃん。ぱくっ、もぐもぐ……うん、すごく美味しい」

「むー!おにーさんはみるあとけっこんしてるの!だから、こどもあつかいしないで!みるあのことは、ママってよんで!」

「えっ?あー、うん。分かったよ……ママ」

 4歳を子供扱いしないではかなり無理がある。美留彩ちゃん自身からしたらそんな考え方もあるのだろうか……?

 流石に4歳児をママと呼ぶのには抵抗があったが、まあ、ただのおままごとだし……遊んであげてるだけだし……ともう何も気にしないことにする。

「よし、それじゃママの朝ご飯を食べて元気もついたから、俺は仕事に行ってくるね」

「はいあなた、いってらっしゃい!あ、そのまえに……えと……えーと」

 美留彩ちゃんは何やら挙動不審にもじもじとし始めた。よく見ると、普段より頬が赤みを帯びている。

「き、きき、きききき……きっ」

「き?」

「きす……!いってらっしゃいのちゅーをしましょ?はい……」

 大きくつぶらな瞳を閉じて、無言で俺に向けて突き出される美留彩の小さな桜色の唇。唇の隙間からは小さく可愛らしい真っ白な乳歯が並んで見えた。顔や身体は幼気な幼児そのもので、赤ちゃんから少し成長した程度の幼体だ。勿論俺の答えは───

 人差し指の先をぷっくりとした美留彩ちゃんの口に押し当てた。すると、より強く押し付けてくる。人差し指は小さな唇に飲み込まれて……すぐ離れた。

「あれ?おにーさ、パパのくちじゃない?」

「当たり前だろう」

「だーめ!おにーさんはね、みるあとちゅーするの!けっこんしたらまいにちするのー!」

 はぁー、と溜め息を吐く。当然だが、友達からの信頼を裏切るような真似はできない。ましてや、相手は4歳だ。親子のキスでもどうかと思うが、美留彩は血の繋がっていない他人だ。

 こんな子とキスしようものなら、社会から変態扱いされ、俺のこれからの人生はお先真っ暗になってしまう。

「あのな、みるあちゃん。キスっていうのは好きな人同士ですることなんだよ」

「みるあは、おにーさんのことすきだもん!けっこんするんだもん。……あ、もしかして、おにーさん……みるあのこときらいなの?」

 藍色の瞳を真珠のように光らせ、涙目でうるうるしはじめる美留彩ちゃん。そこに上目遣いも合わされば、それは凶器となりうる代物だった。

「い、いや、そういう訳じゃないだがな……。えっとだな、大切な人のために初めてのキスはとっておかないといけないんだよ」

「おにーさん、みるあのたいせつなひとだよ?ほら、ね!ね?ちゅーしよー!」

 全く、俺は24歳だぞ。美留彩ちゃんの願いを聞き入れたくもあるが、それは倫理的に許されない。どう説得したものか。

「あー、はいはい分かった。みるあちゃんは4歳。俺は24歳。20歳も歳が離れてるんだよ。だから、「ちゅー!」んンっ!?」

 ───油断した。"こつん"と自分の歯と美留彩ちゃんの乳歯が当たった音がする。

 目の前には今まで2年間世話をしてきた幼女の顔があった。それは両房に金髪のツインテールが揺れていて、藍色の綺麗な瞳を持った西洋人形のような美幼女の顔だ。そんなお人形さんの小さな唇は俺の唇に隠れてしまって見えない。

 この24年間の俺の人生の中で、未だかつて経験したことのないこの柔らかな感触は、この世に生を受けて4年しか経っていない、美留彩ちゃんのものだった。
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