妄想症候群と平和維持

紫月夜宵

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妄想症候群と平和維持

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この世界の高位貴族や王族の婚姻は政略結婚が普通である。
愛がないと嘆くことも多いだろうが、こればかりは仕方ないことだ。
だが、愛があれば全てが賄えると言うことでもない。
しかしながら、そう言った“愛”というものに憧れるのは、どの世でも一定数以上あり、それを満たすための一つに書物がある。

恋愛小説がその一つになる。
高位貴族と低位貴族や平民との純愛物語。
それは様々な憧れを満たす物であり、様々な人間の心を掴む。
多くの弊害を乗り越えて幸せに暮しましたとさ。そんなハッピーエンドに満たされない心が揺さぶられる。

だがその弊害として、恋愛小説と同じことをしようと目論む人間も出てくる様になった。
平民が貴族の目に留まろうと平気で不敬を働き、貴族も貴族で政略の相手を蔑ろにするなどの蛮行が横行し始め、国としても問題視するところにまで発展した。

そこで、その人気の書物に現実を織り交ぜていくことで、現実を知らしめることにした。
同時に演劇や紙芝居、様々な娯楽にも織り混ぜ、憧れるのはいいが現実にするべきではないと啓蒙していくのだ。
ハッピーエンドには現実の続きがあり、そこでは更なる苦難と絶望が待っている。
それを徐々に浸透させていく。

それと同時に様々な法整備も整えていく。
平民が不敬を働けばどうなるか、政略を軽視する貴族がどうなるか。
様々なケースを想定して細かく法を定めていく。

まさに国を挙げての国家プロジェクト。
妄想を現実にしないための。

妄想に取り憑かれた者は、妄想症候群と診断され重度の場合は隔離される。
周りに伝染して同じ考えが広まらないように。
軽度と中度の場合は更生施設に入れられる。
そこで現実を把握出来れば良いが、出来ない場合は同じように隔離される。

ちなみに隔離されるだけではなく、犯罪が絡むと強制労働施設に入れられる。
それでもダメなら病死になる。
そう、病死に“なる”のだ。
それも止む無しとして、施設に入れられる段階で家族・親族、保護者などに承認のサインを求める。
大概はその者への教育疲れや尻拭いでヤケになっていることが多いので、概ねすんなりサインに応じる。
もちろん子供かわいさに色々やる者もいる。

愛があってもお金が無ければお腹も欲も満たされないことが多い。
逆に愛がなくとも裕福であれば満たされることもある。
愛に比重を置く者もあれば、仕事や他に比重を置く者もいる。
理想や妄想を現実にするには並大抵の努力ではできない。
そして妄想を現実にできたとして、歪なものになり、最終的には満たされないことにもなる。

理想は理想で妄想も妄想、甘やかでふわふわしたものは夢のようにいつかは醒める。
そして醒めた時に訪れる現実はとても厳しい。

ここに一人の少女がいる。
地球という星の日本で暮らす普通の女性が転生した者だ。
彼女は低位貴族に生まれた。
前世の記憶から自分はこの世界の中心でヒロインだと思い込んだ。
結果、重度の妄想症候群と診断され隔離された。
彼女によって歪められたその他の人間も。

彼女は今、自分の企みが上手くいった場合の現実を見せられている。
自分の計画が事前に潰されたから今があると思い込んでいた彼女に、例え高位貴族と結婚ができたとしても現実は幸せとは言えないものになる事を見せた。
大掛かりな芝居によって。

役者は更生施設に入れられた者が多く、更生の一環に当たる。
自分達の所業を演じさせられることで現実を客観的に知っていくのだ。
彼女も多少の更生が認められれば、同じ道を辿る。
だが、更生もなく悪化した場合は、即座に病死になる。
彼女の場合は親も乗せられて煽ったところもあるので、実家は既に断絶になっている。
親も別の施設に入れられている。
彼女の祖父母と叔父が施設に入れた。
まぁ先に国から捕縛されて収容されてからの事後承諾だったが。

劇の内容は彼女が計画したものが上手くいった後日談のようなもの。

低位貴族でマナーもなく、学力も知識も品位も足りない少女が理想の相手だと思い略奪した男と結婚するところから。
幸せの絶頂というべき時の結婚式に参列するのはほとんどおらず、男の家族すらいない。
破談した婚約の慰謝料や支度金の返納、少女の家にも慰謝料が請求され、家にも圧力がかかるようになり、大規模なものは出来ない。
ドレスは簡素なもので、婚約や婚姻の指輪も破談相手用に用意していたものを流用。
(ただし少女はその事実を知らない。)
それでも高位貴族に輿入れできたので、意気揚々とお茶会や夜会に出ても相手にされない。
招待もほとんどされず、世間から遠ざかる。
自身で会を開こうと思っても欠席もしくは返事すらされず、家の者も動いてくれない。
例え結婚までに漕ぎ着けても、貴族社会から爪弾きになるのが表面に出た形だ。
既に成人を迎えて結婚までしたのだ。
もう子供の時分とは違い、あからさまに弾かれて追い出されるのだ。

もちろん、そんな少女と結婚した愚かな恋に盲目だった男も。
家同士や国が関わる婚姻を勝手に破棄した男の信用はガタ落ち。
誰からも相手にされない。
就職先も何とか末端の文官や騎士になれても、将来は見込めない。
家の跡継ぎは別の兄弟、親族からの養子になり男は嫡男ではなくなる。
結婚と同時に嫡男から外され、本邸から別邸に追いやられる。

継ぐ爵位もないただ生まれが高位貴族だった男の生活は徐々に困窮を極め、栄華を夢見た女は何もかもが満たされない。
プライドが高く高貴なものに囲まれて生活していた男が急に生活の質を落とせない。
少女も少女で贅沢できると思っていたのにそれができないのは不満しかない。

二人の中に亀裂と諍いが生まれる。

初夜より前から平気で身体を許していた少女はやがて妊娠する。
前世では結婚前に男女の関わりがあるのは不思議ではないので少女は何の疑問も持たない。
だが結婚から考えて早過ぎる妊娠は人々の噂になっていく。
本当に男の子供なのかと。

さらに二人の間に溝が生まれる。

生まれた子供は幸運なことに男に似たので良かったものの、そんな二人から生まれた子供を祝福する者はいない。
自分達のせいで子供までもが爪弾きにあい、ようやく少女は自分のやってきたことの罪深さを知る。
乳母を募っても家庭教師を募っても誰も手を上げない。
男は子供に見向きもしない。
自分のことで手いっぱいだから。
少女いや女も育児ノイローゼになり子供を疎ましく思うようになる。

見かねた男の両親が子供を取り上げ養子に出した。
以降、子供と会えることはなくなった。

女はただ家にいて男の帰りを待つだけの日々。
男は段々と家に寄り付かなくなる。
彼も家に帰っても癒されることもなく、ただ仕事に邁進するしかない日々。
仕事場の近くの独身寮を頼み込んで借りてそこで寝起きするだけ。
金のない落ちぶれた男に寄ってくる女なんていないのと、不貞という同じ過ちを繰り返すのはリスクしかないと敬遠される。

愛に生きた男女は、愛もお金もない荒んだ生活に落ちぶれる。

そんな未来を目の前で見さされた少女はようやく気づく。
自分の犯した過ちを。過去の自分の罪を。
自分は乙女ゲームの中にいるのではなく、異世界で現実を歩んでいることを。

リセットボタンはない。
あるのは過ちを認めて更生していくことだけ。
彼女も年月が経てば、演じる側になるだろう。
黒歴史を自分で演じる。
これ以上に心を抉ることもないかもしれない。

だが、その更生施設があることで、彼女の今世の家族や親族はある程度は救われるのだ。
彼女は妄想に取り憑かれただけの病人だと世間に認められ、きちんと更生させた保護者だと認識される。
家は断絶とはなったものの、その親族の持つ爵位などまでは取り上げられない。
むしろきちんと断罪したとして功績を積むことにもなった。

直系の孫のことで心労が祟って病んでしまった祖父母は、彼女の更生を見届ける前に儚くなっているが、彼女の叔父は生きている。
叔父の家族は慎ましく生き、彼女の更生を見届けることになる。
それも親族としての務め。
彼女の両親は更生が難しいとして強制労働施設に入れられる。
その中で彼らの末路を劇として見ることになる。
日々の慣れない労働と、自身の罪を目の当たりにして心が削られて、ようやく少しずつ罪を認めるようになる。
だがそれでも自分の罪を全ては受け入れられず、足掻き藻がいて絶望して壊れた。


なぜ、この世界にそう言った更生施設があり、病名が確立しているのか。

それも同じように異世界からの転生者がいたからだ。
彼、彼女は高位貴族や王族に生まれた。
そして、理性的であり王族貴族としての役割を叩き込まれたため、この世界を物語の世界ではなく現実として捉えた。
そして現実として捉えたからこそ、思い込みで秩序を壊す転生者やそれに唆された者を怖た。

そこで彼らは手を打った。

妄想に取り憑かれた者を排除するための施設を作り、そこで更生させることと現実を見ることが出来る様に。
それでダメなら病死も視野に入れつつ、この世界の秩序と平和を守るために。
不敬罪やその他の罪があれば、罪を償うための施設も併設し、更生させるためのプログラムを作り国家プロジェクトに仕立てた。

大体の妄想症候群の患者は平民や平民上がりの庶子や低位貴族であり、異性に不慣れな高位貴族などをターゲットとしている。
そのハニートラップに高位貴族や王族が引っかかってしまうと周りへの被害や影響は大きく、取り返しのつかないことにもなりうるからこのようなプロジェクトとなったのだ。

まぁ妄想症候群の患者は国からすれば取るに足らない者が多いので、速やかに排除されたところで大した影響はないのだが、処刑や処罰ばかりになると治世が揺らぐ恐れもある。

そのために病気でおかしかったのだ、その更生施設に入れば元に戻るとした方が、周りに安心を与えられる。

そのような施設が周知されると、望まずとも貴族の庶子を産んでしまった女性で、その施設に子供を預ける者も出てきた。
いつ自分の子供が利用されるかわからない。
いつ自分の子供が発病するか不安で眠れない。
そのような悩みを抱えた者への救済にも感じられたのだろう。

その声を吸い上げて、専用の孤児院や親子で住むための居住区が作られた。
国が管理しているため、その弱者を利用しようとする者には罰則も規定されるようになった。

ただその制度を利用するために弱者側から無理矢理迫った場合や媚薬などを使った場合などには、それ相応の罰則も与えられ、子供とも引き離されるようにもなった。
その場合、貴族側に子供の進退を委ねられ、子供を引き取る者もいたが、ほとんどが孤児院に入れられた。
ちなみに貴族の庶子だと偽った者にも罰則が与えられる。

そう言った制度を整備していくうちに、国全体の治安の向上に取り組まれていくようにもなる。
そして過度な夢を見ないように、貴族の働きや王族として必要な教育学どれほどまでに過酷なのかを周知させていくようにもした。
お姫様になれば何でも叶うことはなく、王子に見染められたとしても幸せとは限らない。
現実を知ることで夢の芽を摘むことにしたのだ。

国民は知る必要はないこともなかったが、下手に革命などが起きないようにするためでもあった。
平和維持に努めた者達は正しく平和しか知らない転生者であったが、この国の状況や近隣諸国との関係性からもその時代はそれで問題はなかった。

時代を経て王侯貴族は形骸化していくかもしれないが、出来る限り善政を敷いておけば血で血を争う革命ではなく、無血開城のようになるかもしれない。

その先は誰にもわからない。
だが今日、平和は保たれている。
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