時代小説なお話

紀之介

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呼び立て

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「その方が、台十久寺の一九か?」

 上段の時貞の問い掛けに、平伏していた僧侶が答えました。

「左様で御座います」

「呼び立てして、済まぬな」

「滅相も御座いません」

「面をあげよ」

 頭を上げた一九の目を、時貞が見ます。

「当家の者が、無理難題を言って その方を煩わせたようだな」

「御酒が、過ぎていた様で…」

「屏風に描かれた虎が悪さをするから退治せよと、戯けた事を言ったとか」

「虎を屏風から追い出して頂ければ、退治出来たのですが…」

 一九の言葉に、時貞の表情が、微妙に変化します。

「…屏風から虎が出ていたら……退治出来たと申すのか?」

「はい」

「そうか。。。」

----------

「ところで その方、『抜け雀』と言う落語、存じておるか?」

 尋ねた時貞に、一九は答えました。

「絵師が宿賃の形に衝立に描いた雀が、日が光が当たると、抜け出て来ると言う話であったと…」

「その宿屋やから、2000両で衝立を買った大名と、余は懇意でな…」

「…あの話、実話なのですか?」

 時貞は頷きます。

「─ 本物を、借りて参った」

「…」

「衝立の実物…その方、見たいか?」

「…本当にあるなら、見とう御座います」

----------

 広間へ、陽の光が入る戸は、全て閉められました。

 暗くなった部屋に、布で覆われてた衝立が持ち込まれます。

 時貞は、家臣に確認しました。

「廊下に、餌の入った皿は置いたか?」

「はっ!」

「それでは、衝立の覆いを外せ」

「はっ!」

「戸を開けよ!」

「はっ!」

 広間に差し込んだ陽の光は、衝立に当たります。

 暫くすると、衝立に描かれた鳥籠の中で5羽の雀が動き出しました。

 5羽は、衝立から出て来て、廊下に置かれた皿に向かって羽ばたます。

 雀は、廊下の皿から、賑やかに餌をついばみました。

 そして、腹が一杯になると、各々が、衝立の鳥籠に描かれた、止まり木まで戻ったのです。。。

----------

 再び、陽の光が入らない様に戸が締めらた広間には、衝立に代わって、布で覆われた屏風が置かれました。

 脇息に、時貞は右肘を付きます。

「ところで一九、もう1つ、その方に披露したいものがある」

「何で御座いましょう?」

「余は…先ほどの衝立に雀を描いた絵師に、仕事を依頼したのだ」

 時貞は、屏風を指差しました。

「絵を描かせだ。虎のな」

「─」

「その方、屏風から虎が出てくれば、退治出来ると申したな?」

「…申しました」

「それでは、その屏風から出てくる虎の退治、その方に申し付ける」

「承知いたしました。」

 慮外な一九の反応に、時貞は訝しみます。

「その方…本当に虎退治が出来るのか?」

「─ 虎が、屏風から出て来るので、あれば」

「…屏風から、虎が出ないと申すのか?」

「どれ程腕がある絵師の屏風でも、描かれていない虎は、出ようがありません故。」

「…」

 立ち上がった時貞は、屏風を覆う布を取りました。

「何故、屏風に虎が描かれていないと思った?」

 竹林だけが描かれた屏風に、一九は目をやります。

「誤って日が当たるや否や、猛獣が出て来るような危険な屏風、家臣を大事になさる時貞様が作らせる様な事は、間違っても在り得ません」

 苦笑した時貞は、上段に座り直しました。

「一九。本日は、大義であった!」

「ははっ」

「次の機会を、楽しみにしておれ。」

「…お手柔らかに、願います──」
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