やみ。

紀之介

文字の大きさ
上 下
5 / 5

内緒の計画

しおりを挟む

「この度は、当社のコピーサービスをご選択いただき 有難うございます」

 ヒューマン・コピーサービスのサービスカウンターで、担当の男性は 笑顔で俺を出迎えた。

「どのプランをお望みでしょう?」

「3年間のコースを」

 担当者は、俺の目の前のタブレット端末に、コース内容の説明を呼び出す。

「このプランですと…期間満了時点、つまり人体複写の3年後には、コピーまたはオリジナルの どちらかの存在を消す事になりますが…どちらを消すご予定で?」

 そんな事は、決まりきっている。

「コピーの方です」

「承知いたしました。では、その旨の取り決め書類を 作成致しましょう」

 タブレット端末には、別の細かい説明文が呼び出された。

「オリジナル体とコピー体の何れを処分するか、親族様、或いは利害関係とご相談頂き、取り決めを文書にします。

 必ずしも 作成は強制では御座いませんが、後々のトラブルを避ける手段として有効ですので、当社では、この様な法定書類の作成をお勧めしております」

 営業スマイルをこちらに向ける担当者。

 渋々、俺は切り出した。

「実はですねぇ…自分はある事情で、3年間行方をくらますのです。その身代わりとしてコピーを作成するので──」

「ご事情はお察しいたしますが…当社としては、事後のトラブルを避ける意味でも、取り決めの文書を作成を 強くお勧めします」

 これは、内緒の計画だ。

 取り決め文書など作ったら家族や周囲の人間にバレしまう。

 そうしたら、身代わりと入れ替わって 3年間好き勝手に暮らすと言う夢が、実現出来ないではないか。

 俺は、担当者の方に身を乗り出した。

「法では…<原則オリジナルを残す>と、規定されてますよね?」

「─ <公益を毀損しない限り>で 御座いますが」

「常識的に考えて、オリジナルを残す事こそが<公益>ですよね?

 複製側には 印だって付けられます。

 それで、オリジナルとコピーの区別は明白に出来るんだから、何を揉める事があるんですか?」

「まあ…最終的には、お客様のご意思ですから……」

 カウンターの下から、担当者が書類を取り出す。

「─ それでは、この<当社は事前注意義務を果たしましたが、お客様が自分の意志で書類を作成しなかった>旨の確認書に、ご署名を願います」

----------

「な、何で自分の方が 消えないといけないんですか!」

 調停室で俺は叫んだ。

「オリジナルは、こっちの方なんですよ!!」

 書類から、調停官が目を上げる。

「それは、存じております」

「じゃあ、どうして!!!」

「まず第一に、法的に有効な 事前の取り決めがありません。

 もしそこに、<オリジナル体を残すべし>と規定されていれば、問題なくあなたが残る事になったでしょう。

 しかしながら今回は、その取り決めが御座いません。つまり、オリジナル体を残す、積極的な理由はない事になります」

 確かに3年前、俺は法的な書類を作らなかった。

 しかし、そんな事は関係ない。

「ほ、法では<原則オリジナルを残す>と、規定されている筈です!」

 調停官は、淡々と答えた。

「それは、<公益を毀損しない>限りです」

「オリジナルを残す事こそが<公益>ですよね!?」

「どちらを残す事が、より<有益>かと言う事です。

 あなたの親族や利害関係者に確認したところ、全員が3年間共に過ごした存在、つまりコピー体の方を残す事を望まれました。

 それを踏まえた上で、オリジナルであるあなたを処分し コピーを残すべき事こそが、<公益を毀損しない>事であると、当調停所は判断した次第です」

 どうやら俺は、3年間好き勝手をした報いで、俺は周囲の人間から見捨てられたらしい。

 膝から崩れ落ちた俺の背後に、ふたりの係員が近づく。

 彼らに無言で何を指示した調停官は、手にした書類を机上でトントンと揃えた。

「安心してください。オリジナル体は消滅しても コピー体は残ります。つまり、今後もこの世界に、<あなた>が引き続き存在し続ける事には、変わりないのですから。」
しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

<あの件>について

紀之介
ライト文芸
<あの件>を巡るお話 1.もしかして…  下駄箱の中に!  (西城君と笠原さんのお話) 2.罪は重い。  約上で、そう決められている。

手帳!

紀之介
ライト文芸
手帳の予定に関するお話 1.週末空いてる?  スケジュール管理は手帳で?  (二葉さんと美卯さんのお話) 2.何かあるの?  植木市に行く理由  (文月さんと睦月さんのお話) 3.スケジュール。  予定されてない行動は一切取らない

真銀さんとラブレター

紀之介
ライト文芸
ラブレターを出したら… (真銀さんと野上君のお話) *始まりのお話   秘密の。。。    放課後に野上君が、下駄箱付近をウロウロしていた訳 *パラレルな後日談   その1:大きな花丸       - 行くの?行かないの? -   その2 :赤いスタンプ       - 一緒に、何処に行く? -   その3:どうかした?       - 人生初ラブレターだから、大事に仕舞っておく♡ -

喫茶店奇話

紀之介
ライト文芸
喫茶店での出来事 1.2人連れの客…   2人連れの客に店主は? 2.裏通りの喫茶店。   1人で入った店で… 3.行きつけの喫茶店…   1人のテーブルに置かれた、2人分の水とおしぼり 4.カップ半分だけ…   初見の客が注文したのは、カップ半分のコーヒー

話の闇鍋

紀之介
ライト文芸
短い作話、色々 1.お饅頭…  - 食べても太らない? -  (弥生さんと美卯さんのお話) 2.返事ぐらいしてよ。  高校入学を機に私が実行した事 3.私を撮った写真?  デジカメでなく、敢えてフィルムカメラで撮った理由  (弥生さんと美卯さんのお話) 4.残念。。。  テストで満点を取らなかった訳  (如月さんと弥生さんのお話) 5.月の光に照られて。  霜月さんのスカートの裾から見えたもの  (初音さんと霜月さんのお話) 6.悪いよ。  二葉さんの不機嫌な理由  (二葉さんと芽生子さんのお話) 7.ラブレター?  - お前の秘密を知っている -  (桔葉さんと生徒会長のお話) 8.何だと思う?  日々、机上に置かれるハート石  (桔葉さんと睦月さんのお話) 9.足音を忍ばせて。   いつもの様に呼び鈴を押さず、玄関を入った私が見たもの 10.大変じゃのぅ   七五三の裏の事情

相合傘至上主義

紀之介
ライト文芸
ふたりで一緒の傘♡ 1.声を裏返さない様に…  念願の相合傘のために頑張る私!  (弥生さんと山下君と竹内君のお話) 2.その必要は。  今日中に どうしてもしないといけない事  (明夏さんと景冬君のお話) 3.降水確率は100% 傘なんか持ってきてないぞ!  (繁晴君と一子さんのお話) 4.や・く・そ・く  邪道じゃない、正しい相合傘  (琴音さんと宏和君のお話) 5. 何に負けたんだ?  早急に 勝たないと!  (衣織さんと久作君のお話)

時代小説なお話

紀之介
歴史・時代
<雰囲気>だけ(^_^; 1.包み状  惨事の予告… 2.呼び立て  屏風に描かれた虎、衝立に描かれた雀 3.如何なる存念  たわけ殿には灸を据えねば。 4.好機。  邪魔になれば…

でーと。

紀之介
ライト文芸
デート中のお話 1.こんな所に。。。  デートより読書!  (和香さんと正也君のお話) 2.災難だと思って。。。  眼鏡屋デート?  (茜さんと雅紀君のお話) 3.大丈夫だよねぇ  冬になる前に!  (麗子さんと直衛くんのお話) 4.了解。。。  ─ そこまで あからさまだと、いっそ清々しいな  (竹中さんと僕のお話) 5.最悪。。。  ─ ううう

処理中です...