不撓導舟の独善

縞田

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6-5 里霧有耶の宣誓

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そして、現在。

 午後の授業も無事終えて、私――里霧有耶は帰り支度のため、スクールバッグを机に持ち上げて、立ち上がる。教科書、ノート、筆記用具、それぞれを詰め込んで、いざ帰ろうかというときに、教室の出入り口の方から、大きく呼ぶ声が聞こえた。

「里霧さん里霧さん! 呼ばれてる!」

 上半身を右に曲げながら、来訪者を確認しようとしてみる。
 しかし見えない。
 頭にはてなを浮かべていると、来訪者はひょこんと現れた。

「あ、なんだ厳見か……」

 厳見――厳見春介、友達の数なら間違いなく日本一だと豪語する変人。

 そして、その変人はとてもニコニコしていた。
 いつも通りに。

 呼ばれたので、とりあえず扉の前まで向かう。

「なんだ――って、俺の扱い雑じゃない?」
「別の人だと思っただけ。雑じゃない雑じゃない」
「雑だなぁ~」

 まあいいけど、と厳見は言って肩を竦ませる。

「で、今日俺が来たわけはですね……えっと、これだ」

 スラックスのポケットの中から、折りたたまれた紙を差し出した。
 差し出されたので、私はそれを受け取って、四つ折りにされたその紙を開く。

「オレから受け取るのはバツが悪そうだから渡しといて――」

 紙の正体は退部届だった。

「それをどうするかは任せる――だってさ」

 しょうがないなぁ、なんて言いそうな顔している厳見は続けて言う。

「普通の学校の生徒会の退部届があるのかは知らないけれど、生徒会会則曰く、うちの学校は入部届、退部届を以って区切りとする――らしいからね。一応渡しておくよ」

 書けたら俺の方から渡しとく、と厳見。

「あ、そうだ――退部するにしてもしないにしても、その前に一つお願いしていい?」
「お願い? 何を?」
「映画研究会知ってる?」
「名前だけは……」
「そういうことなら軽く説明を。流石に何も知らない状態で行かせるのは忍びないし」

 そんな枕詞を皮切りに、厳見による簡素な説明が始まった。

「映画研究会は、映画の研究を行うのはもちろんのこと、映画の撮影も積極的に行なっているんだ。んで、そこが主催の試写会、第一ホールでやってるんだけど、生徒会として参加してくれないか?」

 放課後の予定は特にないけれど、即答するのはそれはそれで違うような気がするので、ひとまず悩むフリをする。う~ん、と唸ってみる。

「まあ最後だし、いいよ」

 と、時間を置いて了承した。
 観て、感想を書いて、帰る。

 私が試写会でしなければならないのは、その三つだけ――らしい。

「間違いなく面白いだろうから、全てが終わったら聞かせてよ」

 そう言い残して、厳見春介は颯爽と去っていった。

「第一ホールね……」

 受け取った退部届をもう一度畳んでポケットに入れ、机に置いたスクールバッグを取り上げて、教室を出る。

 荷物になるから、スクールバッグを持っていくかどうか迷ったけれど、考えてみれば、第一ホールにはロッカーが設置されているから、多少の荷物には困らない。

 映画館さながらの設備は伊達ではなかった。

 第一ホールにたどり着いて、備え付けてあるロッカーにスクールバッグを突っ込んだ。
 振り返って、辺りを見回す。

 これから試写会があるというのに、人の気配が一切ない。人が少ないだけなら理解できるけれど、本当に、誰ひとりとして、不気味なほどに見当たらない。

「もう始まってるのかな?」

 そうでなければ、第一ホールがこれだけの静謐に包まれている説明がつかない。
 もし、既に始まっているのなら、後に提出する感想文(?)に差し障る。

 急ご。

 私はカーペットの上を足早に進む。

 図書館棟の扉と同じ仕様の防音扉を開いて、L字の廊下を抜ける。
 このL字の廊下って名前はあるんだろうか。

 そんなことを考えながら降ろされているスクリーン見上げるが、何も写っていない。
 始まっているどころか、照明は暗転することなく、照らし続けていた。

 とても、これから試写会が行われるような雰囲気はない。
 数歩前に出て、後部席を確認するも、誰ひとりとして座ってはいなかった。

「時間、間違ったのかな」

 ひとまずエントランスで待機してようかな。

 そのまま、元来た道に翻そうとすると、

「試写会にご参加の生徒会の人ですか?」

 背後――すなわち、スクリーンに近い前席から声がした。
 誰もいなかったはずの座席から、一人もいなかったはずの前列から声がした。

 その声に反応して、エントランスに向かっていた足先を翻す。

 そこには――、

「なんでアンタがいんのよ……」

 前席には、席に座って手を振る、不撓導舟の姿があった。

「よっ、数日ぶりだな――里霧」
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