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4-4 図書館棟の研究
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下校の放送が流れ、生徒会の仕事を明日へと持ち越すことは自明の理だった。もし、下校時刻を過ぎてでも仕事を続行しようと思ったところで、不撓導舟にはそんな体力は残ってはいない。こうして何度か染屋愛歌に挑まれ、その都度この謎解きをこなしてきているとはいえ、この図書館棟に来るまでに行っていた紙の山の処理で、体力を根こそぎ奪われていた。満身創痍ということだ。
「それじゃあ、オレは生徒会室の鍵閉めてくるから、先に帰っててくれ。おつかれ」
既に不撓の言葉から足取りまで、この男の全ての所作に関する覇気はとうに失われていた。
去ろうとする背中は若干の丸みを帯びているようにも見える。
本来の体格よりも小さくなっているその背中を見送ると、図書館棟には染屋愛歌と里霧有耶だけになっていた。何人か本を読んでいた生徒は、下校の放送を聞く前に全員帰路についていたらしく、足音ひとつ聞こえない。二人だけのこの空間は真空に包まれたようだった。
「ひとまず終わったみたいだし、私もそろそろ帰ろうかな……」
共通の知り合いである不撓がいない今、里霧は少しの気まずさを覚えていた。
染屋が下の名前で呼んで距離を詰めてきたとしても、それでもまだ、はじめましてと挨拶を交わしてから日が浅い。日すら経っていない。精々、二人の親交は一時間といったところだろう。
里霧が感じる気まずさは誰もが頷けるものだと言える。
「ええと、明日、生徒会室に来るってことで良いんだよね?」
「ああ、約束は守るよ。授業が終わったら一目散に飛んでいくとも」
帰り支度をしている最中の染屋だった。
「しかも幸いなことに、明日は図書委員の当番が休みなんだ。それこそ、有耶や不撓よりも早く生徒会室にいるかもしれないね」
冗談めいた染屋の言い草だったが、本当にやりかねないと感じたのか、里霧は釘を刺す。
「それだけ早く来ても鍵がないと入れないと思うから、ゆっくり来てね」
生徒会室の鍵は職員室に置かれているため、使うたびにその鍵を回収しなければならない。
ただし、それができるのは生徒会メンバーと顧問だけ。
「何はともあれ、明日はよろしくね」
自分の帰りの支度は終えている染屋だったが、なにやら紙に記入をしている。
「ああ、よろしく有耶。それと待っててくれなくていいよ。このあと司書の先生に出さなきゃいけないものがあるんだ」
手持ち無沙汰の里霧の立ち振舞を察してか、そう促した。
染屋が帰り支度をしている最中も、視線を泳がせ、もじもじとした様子だった里霧。
まあ、おそらく待っていてくれているんだろうなぁ、と染屋は思っていた。
「じゃあ、そういうことなら――じゃあね、また明日」
「ああ、また明日」
里霧は今日来た道へと踵を返す。
図書館棟でやり残したことはない。あとは帰るのみ。
振り返ることなく、ゆっくりとした歩調で入り口を目指していると、
「ああ、そうだ」
と、染屋は声を上げて里霧を引き止める。
「今日、見ていてずっと気になっていたんだが、有耶はどうして生徒会に入ろうと思ったんだい?」
染屋からしてみれば、こんな時期外れに生徒会に入る生徒がいるだなんて思いもしなかったのだ。
不撓導舟との親交はそれなりにある彼女ではあるが、不撓の周囲にはそんな様子は一切なかった。
不撓が図書館棟を訪れる度に茶化すように確認し、厳見が訪れたときにも茶化されながら確認してきたのだ。里霧有耶の存在は唐突に現れた特異点そのもので、生徒会に入ろうと思った真意を染屋は推し量れずにいた。放課後の少ない時間ではあるが、里霧の一挙一動を観察していたものの、それでもなお、どうして生徒会に興味を示して、その扉を叩いたのか、わからず終いだった。
だから、彼女は――染屋愛歌は訊かずにはられなかったのだ。
どうして生徒会に入ったのかを。
どういう思惑を持って生徒会に入ったのかを。
染屋愛歌は訊かなければならなかった。
「私は腑に落ちてないんだ。確かに今の生徒会は入ろうと思えば、誰だって入れるようになっているけれど――ついこの間の生徒総会を見ただろう。感謝される一方で、批判も負けず劣らずだ。謂わば憎まれ役と言ってもいい。その証拠に、前生徒会長から現在の不撓に至るまで、少ない人数で回っている。いや、回さざるを得なかったというのが正しいんだろうけどね」
「…………」
染屋の視線は真っ直ぐ里霧を捉えている。
「もちろん内申点が目的なら、それはそれで構わないんだ。ただ、有耶を観察していて思ったんだよ」
溜めを作って、いつもより重く、突きつけるようなそんな感じの声音だった。
「有耶も不撓を随分熱心に観察しているな――って」
もしも、その視線が、観察が好意的なものであれば染屋は何も言わなかっただろう。
好意的なものであれば、染屋愛歌は瞬時に判断できる。
しかし、わからなかった。好意的でもない、敵対でもない、他のなにか。
強いてその視線に名称を付けるとするなら『戸惑い』と、染屋は名付けるだろう。
そして、その声もまた、そう名付けたくなるようなものだった。
「別に、観察なんかしてないと思うんだけど……」
そこからの染屋は普段と変わらない態度を示す。
「自分のことになると、人は客観視できなくなるものだよ。有耶に限らず、私だってね。自分を騙すのはどうにかできるとしても、他人を欺くのはそう簡単にはいかないよ」
「染屋さんは私が騙してるって言いたいの?」
「そんなことは言ってないさ。ただ、生徒会に入った理由が他のなにか何じゃないかな――と思っただけだよ。他意はないよ」
里霧としてはいい気はしないだろう、どこか表情に陰りが見える。
「そうだ、最後にひとつ」
人差し指を掲げる染屋。
「なにか困りごとがあるなら、不撓に相談してみるといい。あいつは掛け値なしのお人好しだ、間違いなく力になってくれるはずだ」
そして、「まあ、私でもいいし、人脈しか取り柄のない男でもいいけどね」と付け加えた。
それでも里霧は一貫して沈黙の姿勢を崩さない。
「…………」
「最後と言っておいてなんだが、もうひとつ――隠したところでいずれはボロが出るよ。確実にね」
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
もし、この作品をここまで見てくださっている方がいるのであれば、ありがとうございます。
さて、話は変わって今後の投稿についてです。
この物語は随分と前から書き溜めていたもので、本来は公募に出すためのものでした。毎日のように三千字とか書けるわけがありません。私自身、ものすごく執筆スピードが早いわけでは当然ないわけですね。噂では一日に五千字を書き上げてしまう御方もいらっしゃるらしいですが、私が丸一日かけて書こうと思ったら、二千字書けるかどうかです。そろそろ話が脱線し始めたので、結論を言うと……
ストックなくなったので、次の話まで遅くなるよ! ということです。
一応、次の話は7000字ほどストックがあるのですが、話がまとまってからの方が良いと思うので、出来上がり次第、投稿します。
「それじゃあ、オレは生徒会室の鍵閉めてくるから、先に帰っててくれ。おつかれ」
既に不撓の言葉から足取りまで、この男の全ての所作に関する覇気はとうに失われていた。
去ろうとする背中は若干の丸みを帯びているようにも見える。
本来の体格よりも小さくなっているその背中を見送ると、図書館棟には染屋愛歌と里霧有耶だけになっていた。何人か本を読んでいた生徒は、下校の放送を聞く前に全員帰路についていたらしく、足音ひとつ聞こえない。二人だけのこの空間は真空に包まれたようだった。
「ひとまず終わったみたいだし、私もそろそろ帰ろうかな……」
共通の知り合いである不撓がいない今、里霧は少しの気まずさを覚えていた。
染屋が下の名前で呼んで距離を詰めてきたとしても、それでもまだ、はじめましてと挨拶を交わしてから日が浅い。日すら経っていない。精々、二人の親交は一時間といったところだろう。
里霧が感じる気まずさは誰もが頷けるものだと言える。
「ええと、明日、生徒会室に来るってことで良いんだよね?」
「ああ、約束は守るよ。授業が終わったら一目散に飛んでいくとも」
帰り支度をしている最中の染屋だった。
「しかも幸いなことに、明日は図書委員の当番が休みなんだ。それこそ、有耶や不撓よりも早く生徒会室にいるかもしれないね」
冗談めいた染屋の言い草だったが、本当にやりかねないと感じたのか、里霧は釘を刺す。
「それだけ早く来ても鍵がないと入れないと思うから、ゆっくり来てね」
生徒会室の鍵は職員室に置かれているため、使うたびにその鍵を回収しなければならない。
ただし、それができるのは生徒会メンバーと顧問だけ。
「何はともあれ、明日はよろしくね」
自分の帰りの支度は終えている染屋だったが、なにやら紙に記入をしている。
「ああ、よろしく有耶。それと待っててくれなくていいよ。このあと司書の先生に出さなきゃいけないものがあるんだ」
手持ち無沙汰の里霧の立ち振舞を察してか、そう促した。
染屋が帰り支度をしている最中も、視線を泳がせ、もじもじとした様子だった里霧。
まあ、おそらく待っていてくれているんだろうなぁ、と染屋は思っていた。
「じゃあ、そういうことなら――じゃあね、また明日」
「ああ、また明日」
里霧は今日来た道へと踵を返す。
図書館棟でやり残したことはない。あとは帰るのみ。
振り返ることなく、ゆっくりとした歩調で入り口を目指していると、
「ああ、そうだ」
と、染屋は声を上げて里霧を引き止める。
「今日、見ていてずっと気になっていたんだが、有耶はどうして生徒会に入ろうと思ったんだい?」
染屋からしてみれば、こんな時期外れに生徒会に入る生徒がいるだなんて思いもしなかったのだ。
不撓導舟との親交はそれなりにある彼女ではあるが、不撓の周囲にはそんな様子は一切なかった。
不撓が図書館棟を訪れる度に茶化すように確認し、厳見が訪れたときにも茶化されながら確認してきたのだ。里霧有耶の存在は唐突に現れた特異点そのもので、生徒会に入ろうと思った真意を染屋は推し量れずにいた。放課後の少ない時間ではあるが、里霧の一挙一動を観察していたものの、それでもなお、どうして生徒会に興味を示して、その扉を叩いたのか、わからず終いだった。
だから、彼女は――染屋愛歌は訊かずにはられなかったのだ。
どうして生徒会に入ったのかを。
どういう思惑を持って生徒会に入ったのかを。
染屋愛歌は訊かなければならなかった。
「私は腑に落ちてないんだ。確かに今の生徒会は入ろうと思えば、誰だって入れるようになっているけれど――ついこの間の生徒総会を見ただろう。感謝される一方で、批判も負けず劣らずだ。謂わば憎まれ役と言ってもいい。その証拠に、前生徒会長から現在の不撓に至るまで、少ない人数で回っている。いや、回さざるを得なかったというのが正しいんだろうけどね」
「…………」
染屋の視線は真っ直ぐ里霧を捉えている。
「もちろん内申点が目的なら、それはそれで構わないんだ。ただ、有耶を観察していて思ったんだよ」
溜めを作って、いつもより重く、突きつけるようなそんな感じの声音だった。
「有耶も不撓を随分熱心に観察しているな――って」
もしも、その視線が、観察が好意的なものであれば染屋は何も言わなかっただろう。
好意的なものであれば、染屋愛歌は瞬時に判断できる。
しかし、わからなかった。好意的でもない、敵対でもない、他のなにか。
強いてその視線に名称を付けるとするなら『戸惑い』と、染屋は名付けるだろう。
そして、その声もまた、そう名付けたくなるようなものだった。
「別に、観察なんかしてないと思うんだけど……」
そこからの染屋は普段と変わらない態度を示す。
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「染屋さんは私が騙してるって言いたいの?」
「そんなことは言ってないさ。ただ、生徒会に入った理由が他のなにか何じゃないかな――と思っただけだよ。他意はないよ」
里霧としてはいい気はしないだろう、どこか表情に陰りが見える。
「そうだ、最後にひとつ」
人差し指を掲げる染屋。
「なにか困りごとがあるなら、不撓に相談してみるといい。あいつは掛け値なしのお人好しだ、間違いなく力になってくれるはずだ」
そして、「まあ、私でもいいし、人脈しか取り柄のない男でもいいけどね」と付け加えた。
それでも里霧は一貫して沈黙の姿勢を崩さない。
「…………」
「最後と言っておいてなんだが、もうひとつ――隠したところでいずれはボロが出るよ。確実にね」
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もし、この作品をここまで見てくださっている方がいるのであれば、ありがとうございます。
さて、話は変わって今後の投稿についてです。
この物語は随分と前から書き溜めていたもので、本来は公募に出すためのものでした。毎日のように三千字とか書けるわけがありません。私自身、ものすごく執筆スピードが早いわけでは当然ないわけですね。噂では一日に五千字を書き上げてしまう御方もいらっしゃるらしいですが、私が丸一日かけて書こうと思ったら、二千字書けるかどうかです。そろそろ話が脱線し始めたので、結論を言うと……
ストックなくなったので、次の話まで遅くなるよ! ということです。
一応、次の話は7000字ほどストックがあるのですが、話がまとまってからの方が良いと思うので、出来上がり次第、投稿します。
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