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2-2 無秩序テニス
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大まかなルール説明を終えて、準備体操に入った。屈伸、伸脚、前後屈、体側、といったオーソドックスな準備体操。正面で見本として行っている先生の真似をして、掛け声を出していく。一、二、三、四、といった風に行っていく。
さすがに、小中高とやってきているので、見本がなくても次の動作が無意識にシフトする。
時折、流れ吹く風は冷たい。暖かくなっているとはいえ、まだ五月。普段はブレザーなんて着ているもんだから、体育のときは、より寒く感じる。上着の着用が許されているところが唯一の救いだろう。
そして、準備体操の次は二人一組のラリー。
前の方に置いてあるラケット入れから二つのラケットを持ってきた厳見は「ほれ」と言って差し出した。一緒にやるだろ、と言わんばかりだった。
入学式からの付き合いもあってか、体育で組むときは一緒なことが多い。
いくつもあるテニスコート中の一つ、その半分を使って、ラリーが開始される。
「そういや、生徒会はまだ一人なわけ? だいたい生徒会長になってから何ヶ月目よ?」
ラリーの最中、厳見は唐突にそう言い出した。
「お前はテニス部だからっ、話しながらできるかもしれんがっ、こちとら初心者だぞ! 同じ芸当ができると思うなよっ!」
訊かれたら答えてやるのが世の情け――なんて言ったりするしな。
一応、答えるけども。
「えっと……、十一月だか十二月からだから、え~と五ヶ月くらいか?」
「その間の役職はどうしてんの?」
「一人ですべての役職を兼任してるな」
ラリーは止まることなく続いていく。
「役職なんて贅沢なことよりも、第一にオレ以外生徒会にいなかったわけだが――わけなんだが」
「なんだその含みは」
間を置いたことに疑問を感じたのか、厳見は怪訝そうな表情を浮かべた。
オレは先日のことを思い起こす。
生徒会室に現れた二年生、里霧有耶。その里霧が生徒会室を訪れた理由は至って単純だった。
――――生徒会ってどうやったら入れるの?
それが生徒会室に訪れた理由だった。
「いや、この前、生徒会に入りたいってやつが来たんだ」
「えっ――マジ?」
「マジ」
厳見の反応はそこまで大きくはなかった。人が増えない様を見てきたはずなのだが、腰を抜かすでもなく、顎を外すわけでもない。へーそうなんだ、くらいの反応。
もう少しリアクションがあるものだと思っていたが、意外なことでもないということなのだろうか。
なんなら、普段よりテンションが低いようにも見える。
まあ、ラケットを振る方に脳のリソースを割いているということだろう。
それから厳見にはこれといった反応はなく、言葉を交わしていないせいか、ラケットとボールが弾かれる音と生徒の雑多がテニスコートに響き渡る。ぱーん、ぱーん、と緩やかなリズムで。
「「…………」」
すると、なんの前触れもなく、沈黙を破る厳見。
抑揚のない淡々とした口調で、まるで重要なことを訊くときようなトーンで言う。
「ちょっと待って、一番大切なことを訊いてなかった」
「一番大事? 一番大事なことは今言ったろ? 生徒会に入りたいってやつが――」
数カ月間、たった一人で回していた生徒会にようやく人が入ってきたということが何より大事なのではないか? と、オレは思っていたが、どうやら厳見にはそれとは別に大事なことがあるらしい。
大体想像はできている……が、オレは聞き入れるように、ラケットを振った。
「野郎か女子か、どっちだ!」
「何故に男子ではなく、野郎呼び……」
聞こえるか聞こえないかくらいの声量で、厳見には都合の悪い真実を告げる。
「後者だ」
すると、厳見は目を見開いて信じられないとでも言いそうな表情を浮かべ、握り締めていた手のひらの力は抜け落ちて、ラケットがからんと音を鳴らす。打たれるべきタイミングを過ぎてしまったテニスボールは、コートを仕切っていたフェンスにその勢いを落とししながら近づいていく。
「う……嘘だ」
膝から崩れ落ちる厳見。
「お前の中で何が受け入れられなかったんだ……」
「生きとし生ける全ての者たち……」
「恨みの矛先が全生命に向けられたな」
オレは眉をひそめながら、テニスラケットをくるくる回す。
モテたいがためにテニス部に入ったような男だ、女子という言葉に対して過敏に反応を示すのは、いつも変わらない。
しかし、いつもと違う部分を挙げるとすれば、その落胆っぷり。膝を突くほどとは一体何があったのか。
それはオレのあずかり知るところではない。
というか、どうでもいい。
「ククク……あはははは!」
落ち込んでいたかと思えば、今度は不敵な笑みを浮かべながら厳見は立ち上がった。
厳見は地面に投げ捨てられたラケットを拾うと、その腕を水平にぴんと伸ばし、ラケットを掲げる。
「生徒会に入ったのが女子だと? 良かろう!」
「何を凄んでんだ」
厳見はラケットを天高く掲げる。
掲げられたラケットを振り下ろし、胸の高さで止める。
正面にいるのはラリー相手だったオレ――不撓導舟。
挑戦的な態度の厳見は胸を張ってこちらを見据える。
「しかし! 生徒会は今までお前一人だったわけだ!」
「まあ、厳見含め、時たま手伝ってくれる奴らはよく来てたがな」
「そんなところに女子と一対一で過ごすなんて、俺にとってみれば羨ましいことこの上ない!」
「人手が増えるから、オレとしてはものすごく有り難いな」
「そういう話をしているんじゃない!」
厳見の口調は徐々にヒートアップしていき、その怒声にも似た叫びはテニスコートに轟く。
異変を感じ取ってか、周囲の生徒たちはオレたち二人に視線を集める。左右のコートのみならず、フェンスで仕切られている向こう側のコートにまでざわめきが波及していた。開始からしばらく経っているからか、ラリーに飽きて様子を見に来る人が押し寄せる。
嫌な予感がする。
この先の展開は予想がつく。それはオレ以外の生徒たちも同様だろう。
だから、これだけの人が集まってきている。
オレはその観客とも取れる群衆を尻目に眉をしかめた。
さすがに、小中高とやってきているので、見本がなくても次の動作が無意識にシフトする。
時折、流れ吹く風は冷たい。暖かくなっているとはいえ、まだ五月。普段はブレザーなんて着ているもんだから、体育のときは、より寒く感じる。上着の着用が許されているところが唯一の救いだろう。
そして、準備体操の次は二人一組のラリー。
前の方に置いてあるラケット入れから二つのラケットを持ってきた厳見は「ほれ」と言って差し出した。一緒にやるだろ、と言わんばかりだった。
入学式からの付き合いもあってか、体育で組むときは一緒なことが多い。
いくつもあるテニスコート中の一つ、その半分を使って、ラリーが開始される。
「そういや、生徒会はまだ一人なわけ? だいたい生徒会長になってから何ヶ月目よ?」
ラリーの最中、厳見は唐突にそう言い出した。
「お前はテニス部だからっ、話しながらできるかもしれんがっ、こちとら初心者だぞ! 同じ芸当ができると思うなよっ!」
訊かれたら答えてやるのが世の情け――なんて言ったりするしな。
一応、答えるけども。
「えっと……、十一月だか十二月からだから、え~と五ヶ月くらいか?」
「その間の役職はどうしてんの?」
「一人ですべての役職を兼任してるな」
ラリーは止まることなく続いていく。
「役職なんて贅沢なことよりも、第一にオレ以外生徒会にいなかったわけだが――わけなんだが」
「なんだその含みは」
間を置いたことに疑問を感じたのか、厳見は怪訝そうな表情を浮かべた。
オレは先日のことを思い起こす。
生徒会室に現れた二年生、里霧有耶。その里霧が生徒会室を訪れた理由は至って単純だった。
――――生徒会ってどうやったら入れるの?
それが生徒会室に訪れた理由だった。
「いや、この前、生徒会に入りたいってやつが来たんだ」
「えっ――マジ?」
「マジ」
厳見の反応はそこまで大きくはなかった。人が増えない様を見てきたはずなのだが、腰を抜かすでもなく、顎を外すわけでもない。へーそうなんだ、くらいの反応。
もう少しリアクションがあるものだと思っていたが、意外なことでもないということなのだろうか。
なんなら、普段よりテンションが低いようにも見える。
まあ、ラケットを振る方に脳のリソースを割いているということだろう。
それから厳見にはこれといった反応はなく、言葉を交わしていないせいか、ラケットとボールが弾かれる音と生徒の雑多がテニスコートに響き渡る。ぱーん、ぱーん、と緩やかなリズムで。
「「…………」」
すると、なんの前触れもなく、沈黙を破る厳見。
抑揚のない淡々とした口調で、まるで重要なことを訊くときようなトーンで言う。
「ちょっと待って、一番大切なことを訊いてなかった」
「一番大事? 一番大事なことは今言ったろ? 生徒会に入りたいってやつが――」
数カ月間、たった一人で回していた生徒会にようやく人が入ってきたということが何より大事なのではないか? と、オレは思っていたが、どうやら厳見にはそれとは別に大事なことがあるらしい。
大体想像はできている……が、オレは聞き入れるように、ラケットを振った。
「野郎か女子か、どっちだ!」
「何故に男子ではなく、野郎呼び……」
聞こえるか聞こえないかくらいの声量で、厳見には都合の悪い真実を告げる。
「後者だ」
すると、厳見は目を見開いて信じられないとでも言いそうな表情を浮かべ、握り締めていた手のひらの力は抜け落ちて、ラケットがからんと音を鳴らす。打たれるべきタイミングを過ぎてしまったテニスボールは、コートを仕切っていたフェンスにその勢いを落とししながら近づいていく。
「う……嘘だ」
膝から崩れ落ちる厳見。
「お前の中で何が受け入れられなかったんだ……」
「生きとし生ける全ての者たち……」
「恨みの矛先が全生命に向けられたな」
オレは眉をひそめながら、テニスラケットをくるくる回す。
モテたいがためにテニス部に入ったような男だ、女子という言葉に対して過敏に反応を示すのは、いつも変わらない。
しかし、いつもと違う部分を挙げるとすれば、その落胆っぷり。膝を突くほどとは一体何があったのか。
それはオレのあずかり知るところではない。
というか、どうでもいい。
「ククク……あはははは!」
落ち込んでいたかと思えば、今度は不敵な笑みを浮かべながら厳見は立ち上がった。
厳見は地面に投げ捨てられたラケットを拾うと、その腕を水平にぴんと伸ばし、ラケットを掲げる。
「生徒会に入ったのが女子だと? 良かろう!」
「何を凄んでんだ」
厳見はラケットを天高く掲げる。
掲げられたラケットを振り下ろし、胸の高さで止める。
正面にいるのはラリー相手だったオレ――不撓導舟。
挑戦的な態度の厳見は胸を張ってこちらを見据える。
「しかし! 生徒会は今までお前一人だったわけだ!」
「まあ、厳見含め、時たま手伝ってくれる奴らはよく来てたがな」
「そんなところに女子と一対一で過ごすなんて、俺にとってみれば羨ましいことこの上ない!」
「人手が増えるから、オレとしてはものすごく有り難いな」
「そういう話をしているんじゃない!」
厳見の口調は徐々にヒートアップしていき、その怒声にも似た叫びはテニスコートに轟く。
異変を感じ取ってか、周囲の生徒たちはオレたち二人に視線を集める。左右のコートのみならず、フェンスで仕切られている向こう側のコートにまでざわめきが波及していた。開始からしばらく経っているからか、ラリーに飽きて様子を見に来る人が押し寄せる。
嫌な予感がする。
この先の展開は予想がつく。それはオレ以外の生徒たちも同様だろう。
だから、これだけの人が集まってきている。
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