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第26章 さらば、振興係

08 さらば、振興係

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 三月中旬。人事の内示が出た。

 保住と田口は新規に立ち上がる『市制しせい100周年記念事業推進室』への異動。記念事業推進室へは、他に星音堂せいおんどうから安齋、そして財務部からの大堀が決定した。研修で一緒だった天沼あまぬまは秘書課へ。澤井付きになる。

 振興係は渡辺が係長に昇進。谷口は主任へ。他部署から二名が異動してくることになった。一人は議会局から。もう一人は市民課から。十文字と同じ流れだ。彼も教育係への昇進ということになった。

 三月三十一日。振興係で過ごす最後の日だった。

「新しい部署って、どこにできるんですか?」

 谷口の質問に保住が答える。

「観光部の奥の一角らしいです。総勢五人の小さい部署ですからね」

「その五人で市制100周年のアニバーサリーに向けての企画運営するんですよね?どんなことになるんだろう?」

「話の内容だと、ここでやっていることの延長っぽいけど、イベント企画だけじゃないですもんね」

「そうですね」

 渡辺と谷口は興味津々。無駄な話と思われるような内容を口にすることで、自分たちの不安を打ち消すことであろうことは理解している。

「新しい若手は市民課から来るって言っていたな。十文字も先輩だ。田口の苦労が身に染みてわかるだろうさ」

 渡辺の言葉に十文字は顔を赤くした。

「まだ二年目なのに。先輩できるか心配です」

「大丈夫だよ。十文字なら」

 田口は苦笑する。

「本気で言ってますか?」

「言っているよ。十文字、この一年で随分変わった」

「変わったって……」

 谷口も大きく頷く。

「本当だ。最初は今風のお兄ちゃんがきたと思っていたけど、もじゃもじゃになりながら仕事に食らいつくガッツのある男になったよな」

「谷口さん……」

「そうだよね。面倒なんて嫌いです、なんて顔してスカしていたのにな。れっきとした社会人っぽい」

「渡辺さんまで……」

 こんなひどいお別れ会はない。十文字は頬を膨らませた。

「パワハラっす」

「そんなことないって」

「そうそう。褒めてるんだから」

「そういうのって、褒め殺しとかっていうんじゃないですか」

「そう?」

 十文字はからかわれて面白くないが、一同は笑っているから、彼も諦めるしかない。自分をネタに場が明るくなるなら良しとしようとと言う顔だった。彼にもそういった余裕が出てきたということだ。

 ここのところ十文字には、なにかがあったようだ。一時期、元気のない時もあったが、ここ最近は、逆に機嫌がいい。殺伐としていたプライベートが落ち着いたのだろうか? 色々な話をしてはきたけど自分も異動で忙しく、結局は聞いてやれなかったな……そんなことを思った。

「まあ、いいです。みんなが笑顔なら」

「お、大人になったね~」

「いい心がけだな」

 いつもと変わらずの会話が、だんだん白々しい。ちょっぴり寂しいけど異動が多い仕事だ。慣れなくてはいけない時間だ。定時の鐘が鳴り、とうとう終わりがきたのだ。

「おれ、係長の仕事できるかな?」

 不安そうな顔をした渡辺に、保住は優しく微笑を向けた。

「おれより知り尽くしているではないですか。大丈夫ですよ。渡辺さんなら、おれよりも素晴らしい係長になります」

「係長」

「谷口さんも、渡辺さんを支えてやってください」

「もちろんですよ」

 谷口は力強く頷いた。そして保住は十文字を見た。

「お前は大きく成長した。どんな困難にぶち当たろうとも折れない気持ちを培った。これから後輩が出来て、別なことで悩み苦しむだろうが大丈夫だ。正々堂々と向き合えば必ず活路が見出せる」

「はいっ!」

 真っ直ぐに前を向く彼は一年前の彼とは違う。

「田口とおれは、別なところに行きますが、気持ちは一緒に仕事をしています。何か困ったことがあればいつでも声をかけてください」

「係長もですよ! いっつも一人で抱え込むんだから」

 渡辺の言葉に場が湧く。

「そうそう。離れても係長親衛隊は健在です。矢部さんもそうだし、おれたちはいつでも駆けつけますから」

「そして」と谷口は続けた。

「田口。係長を頼んだぞ。おれたちの思いはお前に託す」

 真っ直ぐに見据えられた田口は「はい」と頷いた。

「では、解散いたしましょう。話は尽きないが、明日からまた、新しい門出だ。今日はゆっくりと休んで、頑張りましょう」

 名残惜しいのはみんなが一緒。五人は口数少なく解散となる。異動する保住と田口が先に見送られ、残された三人は明日の準備をした。

 渡辺はがらんと空いた保住のデスクに荷物を移す。谷口はその渡辺の席に荷物を移す。十文字は、田口の席に……。それを終えて、三人は事務所を出た。

 振興係での最後の一日は呆気なく幕を閉じたのだった。




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