195 / 231
第22章 陰謀
04 飼い主
しおりを挟む何度目の呼び出しだろうか。書類を眺めていた彼の双眸が保住を捉えた瞬間。保住は気がついた。
——ああ、そうか。
田口同様に、保住も野原に対しての印象の意味を模索していた。なぜ彼が不思議な雰囲気を持っているのかという、その意味を——だ。それが、今日、今この瞬間に理解したのだった。
彼の瞳は不思議な色をしているのだ。彼の印象を不可思議にしているのは、その目の色だった。光の加減で明らかではないが、黒ではないことは確かだ。そして、鳶色でもない。
——なに色なのだろう? 淡い緑?
そんな余計なことを考えていると、保住が自分の瞳をまじまじと見ていることなど興味もなさそうに野原は書類を差し出した。
「却下」
——案の定か。
想定内の反応に、保住は表情を変えることなく意見した。
「課長。却下の理由をお聞かせ願いたい。理由がわからなければ、改善のしようもありません」
保住は野原の机に両手をついて、彼との距離を縮めた。
「理由は問題ではない。おれが却下と言ったら却下」
野原は涼しい顔をして保住を見返す。
「それでは説明責任を果たしてはいませんよ」
「おれがお前に説明責任を果たす義務はない」
「上司とは思えない発言ですね」
保住は瞳を細めて野原を見つめるが、野原はそんな視線など関係ないかのようだった。
「そう? お前は全てを部下に説明をする? ダメな理由」
保住は、はったとした。田口に対して同じような態度を取ったことを思い出したからだ。
しかし今は違う。田口とのやりとりで、人を育てるということはそれではダメだと理解した。時たま、うっかりすると野原みたいな態度になることも承知しているし、反省もしている。保住は前屈みになっていた姿勢を戻した。
「それは一理ありますが。それでは部下が育たないと言うことを学習しています」
「部下を育てるつもりはない。育ちたいなら自分で努力しろ」
野原は、そんな保住の言葉などは採用しないとばかりに、あっさりと言い放った。
——この人。本当、上司とは言い難い。一人で仕事すればいいのに。きっと、この人と押し問答をしても無駄だ。
これ以上のやり取りは無意味を判断し、保住は身を引く。課長と係長では、まっとうな場面、自分のほうが分が悪いことくらい心得ている。
「課長の言い分の全ては受け入れがたいが、こちらも忙しいのです。ここで言い合いをしていても埒が明かないのようなので、今回は引き下がっておきますよ」
保住の返答に野原は頷いた。
「いい心がけ。少しはしつけが行き届いてきた」
「しつけ、ですか。そう行儀悪くしているつもりはないのですがね」
野原は椅子にもたれる。そして、ぼそっとつけ加えた。
「なにせ、お前の飼い主は素行が悪い」
「飼い主?」
保住は目を細める。野原はこれ以上は言うつもりがないのか、口を閉ざしていた。しかし、面白くない。野原は、ただの上司と部下の関係だけではない感情を持ち込んでいるという意味だ。
そして、それは——澤井が関連しているのか?
「課長、あなたは……」
「なあに?」
「あなたは、一体なにが目的なのですか? 一係をいたぶってもなにも起きやしませんよ」
珍しく喰ってかかる保住を横目で見て野原はそれを制する。
「一係をいたぶる? おれはそういうつもりはないが。しかし、こんな場所で話す内容ではないな。保住、わきまえろ」
「では、場所を変えていただきましょうか」
「お前の要望に応じる義理がある?」
「義理はないのでしょうけど。課長は売った喧嘩を引っ込めるほど腰抜けなのでしょうか」
戦闘モードに入った保住を止められる者はそうそういない。しばらく手持ち無沙汰にボールペンをいじっていた野原はため息を吐いた。
「今晩七時に西口」
「承知しました」
——こんなまどろっこしいことをしていられるか!
イライラした。野原の手から企画書を受け取ると自席に戻る。いつまでも色々なことを不明瞭にさせておくのは面白くなかった。
——いい機会だ。課長の化けの皮引きはがしてやる。
保住は内心、自分の思うような展開になってほくそ笑んだ。野原は槇に連絡を取るのだろう。そして、きっと——。
「あの男が出てくるに違ない」
自分の飼い主と称するのは澤井のこと以外、考えられない。澤井が絡んでいる案件だとすると、野原個人の問題であるとは到底思えないのだ。市長の私設秘書である槇が絡んでいることは明白だ。
しかし、自分にちょっかいを出してきたとしても、澤井は痛くもかゆくもないのだ。あの男は、保住のことなど捨て駒だと思っているに違いないからだと、保住は思っていた。
0
お気に入りに追加
36
あなたにおすすめの小説
ある日、人気俳優の弟になりました。
樹 ゆき
BL
母の再婚を期に、立花優斗は人気若手俳優、橘直柾の弟になった。顔良し性格良し真面目で穏やかで王子様のような人。そんな評判だったはずが……。
「俺の命は、君のものだよ」
初顔合わせの日、兄になる人はそう言って綺麗に笑った。とんでもない人が兄になってしまった……と思ったら、何故か大学の先輩も優斗を可愛いと言い出して……?
平凡に生きたい19歳大学生と、24歳人気若手俳優、21歳文武両道大学生の三角関係のお話。
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
肌が白くて女の子みたいに綺麗な先輩。本当におしっこするのか気になり過ぎて…?
こじらせた処女
BL
槍本シュン(やりもとしゅん)の所属している部活、機器操作部は2つ上の先輩、白井瑞稀(しらいみずき)しか居ない。
自分より身長の高い大男のはずなのに、足の先まで綺麗な先輩。彼が近くに来ると、何故か落ち着かない槍本は、これが何なのか分からないでいた。
ある日の冬、大雪で帰れなくなった槍本は、一人暮らしをしている白井の家に泊まることになる。帰り道、おしっこしたいと呟く白井に、本当にトイレするのかと何故か疑問に思ってしまい…?
浮気されてもそばにいたいと頑張ったけど限界でした
雨宮里玖
BL
大学の飲み会から帰宅したら、ルームシェアしている恋人の遠堂の部屋から聞こえる艶かしい声。これは浮気だと思ったが、遠堂に捨てられるまでは一緒にいたいと紀平はその行為に目をつぶる——。
遠堂(21)大学生。紀平と同級生。幼馴染。
紀平(20)大学生。
宮内(21)紀平の大学の同級生。
環 (22)遠堂のバイト先の友人。
次男は愛される
那野ユーリ
BL
ゴージャス美形の長男×自称平凡な次男
佐奈が小学三年の時に父親の再婚で出来た二人の兄弟。美しすぎる兄弟に挟まれながらも、佐奈は家族に愛され育つ。そんな佐奈が禁断の恋に悩む。
素敵すぎる表紙は〝fum☆様〟から頂きました♡
無断転載は厳禁です。
【タイトル横の※印は性描写が入ります。18歳未満の方の閲覧はご遠慮下さい。】
僕を拾ってくれたのはイケメン社長さんでした
なの
BL
社長になって1年、父の葬儀でその少年に出会った。
「あんたのせいよ。あんたさえいなかったら、あの人は死なずに済んだのに…」
高校にも通わせてもらえず、実母の恋人にいいように身体を弄ばれていたことを知った。
そんな理不尽なことがあっていいのか、人は誰でも幸せになる権利があるのに…
その少年は昔、誰よりも可愛がってた犬に似ていた。
ついその犬を思い出してしまい、その少年を幸せにしたいと思うようになった。
かわいそうな人生を送ってきた少年とイケメン社長が出会い、恋に落ちるまで…
ハッピーエンドです。
R18の場面には※をつけます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる