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第21章 自分の価値

05 偶然か必然か

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 研修会場は市内の施設だった。県から委託されている外郭団体が運営する施設で、県内の市町村がよく利用する施設でもある。

 今回の研修は十年目職員を対象とし、公務員としてのノウハウ、プレゼン力、企画力などが問われる研修目的のようだった。

 田口が入庁した年は、珍しく大量雇用の年だったと聞いている。会場に着いてみると、なるほど——。確かに思った以上に人が集まっていた。

 今日は直接ここに集合し、朝一からオリエンテーションだ。人事課の担当者の話を聞きながら日程表を眺めた。なかなか過密なスケジュールのようで、まとまって休憩ができるのは、食事時間くらいしかない。朝から夜の九時までびっちりと講義が入っていた。

「ハードだな」

 ぼそっと呟くと、ふと隣の女性が視界に入った。彼女も田口と同じ感想なのだろう。顔が引きつっているようだ。気持ちはわかるが仕事を抜けてきているのだ。遊びではないと腹を括るしかない。

 田口は、それよりも保住の事が気になった。

 ——十文字は面倒をみてくれているのだろうか。彼に託してきて、ご迷惑様なのはわかっているのだが……。

 十文字には迷惑かけ通しのダメな先輩だなと思いつつ、彼に託すしかないと自分を納得させていると、背中にコツンと軽いものが当たる感覚があった。はっとして振り返ると、斜め後ろで軽く手を振っている男がいた。大堀だ。

 彼は愛想の良い笑顔を見せてから、田口の下を指差す。釣られて視線を落とすと、小さい紙切れが丸まって落ちていた。

 ——小学生か。

 それを拾い上げて開いてみると、中には整った文字で、なに何やら書いてあった。

『今晩、同じ部屋だよ! 偶然だね。よろしくー』

 ——部屋?

 「そうだった」と田口は我に返った。保住のことで頭がいっぱい過ぎた。宿泊を伴う研修だ。部屋割りなんてものがあったのかと気がついだのだ。すっかり抜けていたのだ。しかし、こうも受講生が多い中で、偶然知っている人間と一緒になるなんてことがるのだろうかと疑問に思った。それなのに大堀と同じ部屋とは。

 渡された資料を漁って部屋割りの紙を取り出し、記載されているリストを目で追う。どうやら四人で一部屋らしい。勿論、男女別でだ。

 303号と表記されているところに彼の名前は記載されている。「田口」と、「大堀」。他には「安齋」と「天沼あまぬま」という男だ。

 「天沼」は完全に初めて耳にする名前だが。

 ——「安齋」とは星音堂せいおんどうの安齋ではなかろうか? まさかそこまで知り合いが重なる偶然があるのだろうか?

 他の部屋を見ても、男性の安齋と言う名前は見当たらない。

 ——どういう事なんだ?

 田口の予感は、疑念に変わった。


***


 夕食前、受講生たちは自分の荷物を部屋に片付けるように言いつけられたので、各自で一晩を過ごす部屋に集合していた。

 303号室に顔を出すとやはり、そこには顔馴染みである安齋がいた。安齋は田口を見てから「なんでお前と一緒なのだ」と言った。

 田口も同感だ。安齋からしたら、大堀や天沼のことを知っているとは思えないのだが。田口を起点に考えると、三人中、二人と面識があるのだ。おかしいと思うのは当然だ。この部屋割りにはなんらかの意図を感じずにはいられなかった。

「おれは安齋も大堀も知っている」

 そう述べた。それを聞いて安齋は腕組みをしていた。

「なぜこんなに人がいて、顔馴染みが複数人いるか——だ」

 安齋の言葉に田口は頷いた。

「おれからすると、意図的な感じがしてしまう」

 悩んでしまう田口の隣に立っていた天沼は首を傾げた。

「と言うことは、どうやらおれはおまけかな?」

「いや。すまない。そういう意味では」

 田口は首を横に振る。天沼は大堀よりは少し背が高いが、線が細いせいで、なんだか小柄に見えた。初対面だが、ニコニコとしていて人当たりのいい男であるという印象だった。

「ごめん。おれの方こそ。角《かど》がある言い方だよね。変な意味はないんだよ」

 手を合わせる天沼に田口も頭を下げた。

「すまない」

 謝り合う二人を見て大堀は笑い出した。

「人がいいところは、二人共そっくりだね。気が合いそう」

「え?」

「そうかな?」

「また!」

 同時に同じような返答をする二人を見て、大堀は更にケタケタと笑った。


***

 大堀が笑っているのを見て安齋は面白くない顔をした。

 ——一体だれが、こんなお遊びみたいな仕掛けをするのだ。人事課の人間なのだろうか?

 田口は、ずっとこの疑念について考えていた。

 この研修は一日目の講義をあらかた終え、これから演習に入っていく。先程の講義で課題が出されたのだ。

『同室の四人組で、明日の夕方までに町おこしの企画を考えること。企画は明日の最終にプレゼンしてもらう。実際に採用される可能性もあるので、心して取り組むように』

 そんな話だった。このたった四人で短時間で、実現可能な企画を立案しなければならないのだ。そんな仕掛けがあるのに、組まされているのはこのメンバー。

 ——これは偶然なのか。それとも必然なのか。わからない。

「一応、知った顔もあるが。自己紹介しておこうか。明日まではこのメンバーでチームを組むのだろう? ……まずおれから。おれは、教育委員会星音堂所属の安齋だ」

 安齋の自己紹介に大堀が手をあげる。

「おれは財務部財政一係の大堀だよ」

「教育委員会文化課振興係の田口です」

「商工観光部企業誘致係の天沼です」

 それぞれが得意分野を抱えている——そんなところだろうか。なかなかバランスのいい人選ではあると、田口は思った。

「とりあえず、色々考えても仕方がない。夕飯しっかり食べて研修の続きだな」

 この四人でいると、必然的に安齋が仕切り役となるようだ。彼の言葉に、一同は頷く。荷物など、ほどくほどのものでもない。四人は早々に切り上げて、廊下に出た。ここからまだ研修は続くのだ——。








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