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第20章 秘密裏プロジェクト

10 ストーカー男

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 大堀からの連絡は本当にやってきた。その日の定時ギリギリの時間に内線が鳴って、十文字が受けた後、田口に声がかかったのだ。

「田口さん、財務部の大堀さんって人からですけど」

 馴染みのない人物からの電話に、場の雰囲気が変わるのがわかった。ふと保住と視線が合う。しかし説明をするほどのことでもないし、今ここですることでもない。田口は少し恐縮したような表情をしてから、受話器を持ち上げた。

『もしもし? 田口くん。今日は色々とありがとうございました』

「いや。こちらこそ」

『明日の夜の場所なんですけどね。いいお店を期待していたのに……結局は赤ちょうちんだそうです』

「そうですか。承知しました」

『そんな硬い言い回しやめてくださいよ! おれたち同期だし』

 逆に同僚がいる中で、こんな砕けた会話をしている大堀の神経が疑われる。黙々と仕事をしているようで、ほかの職員の電話対応には聞き耳を立てているものだから、安易な言葉は口にできないのだ。

「すみません」

『もう! 田口くんが、なんで吉岡部長と仲良しなのか、明日は吐いてもらいますからね!』

 別に隠しているわけでもないし、しかもそんなに親しいわけでもないのだが、大堀は勝手に話を進めるのが得意らしい。田口が言葉を発しなくても、話は進んでいく。

『ともかく! 明日、すっぽかさないでくださいね。おれが生贄になっちゃうし。6時半だそうです。では、よろしくお願いします!』

 大堀は豪快に言い放つと、さっさと電話は切れた。ため息を吐いて受話器を置くと渡辺が声をかけてくる。

「財務部の大堀って、聞いたことがないな」

「さっき売店で少し会話しただけなんですけど。なんだかんだと言ってきます」

「クレーマーか」

「頭おかしいやつなのかな?」

 谷口も口を挟む。そして十文字まで——。

「田口さん、そんな輩は相手にしないほうがいいですよ! もしかしたらストーカーかも」

「まさか?」

「田口の!?」

 渡辺と谷口は吹き出して大笑い。

「そんなこと、あるわけないということは当然ですが。あまりに笑われると、なんだか腑に落ちません」

 田口はむっとする。

「ごめん、ごめん」

「いやいや。あり得ないよな」

 一同は笑いだすが、田口は気が気ではない。面倒ごとに巻き込まれたようで、嫌なのだ。


***


「お! 定時だ。お先に失礼します」

 なにやら用事があるようで、渡辺はパソコンを閉じた。それを横目に保住は書類を持ち上げる。

「打ち合わせに行ってきます」

「すみません。係長はこれから仕事なのに、おれは帰宅だなんて」

「気にしないでください。これはおれの仕事だ」

 彼はそう言うと、書類を抱えたまま事務所を出ていった。それを見送って十文字がこっそり田口に言う。

「いいんですか? 怒ってません? きっと。の件ですよ」

 ——怒っている? 保住が?

「係長も知らない人じゃないですか」

「そうだけど」

「やきもちですよ。やきもち。結構、係長ってそういうところあるし」

 ——そうかな。そうなのかな?

 確かにすぐ拗ねるところがある。しかし説明をすればわかるはずだ。結果的には保住が蒔いた種なのだからだ。

なのに」

「え? どういうことなんですか?」

 質問をされてしまうと、言葉を濁すわけにもいかない。田口は十文字を見て説明をした。

「係長が懇意にしている財務部長の吉岡さんに、飲み行こうって誘われちゃって。断るわけにもいかないだろう? ちょうどその時に、一緒に居合わせた大堀って人も巻き込まれて、三人で行くことになってね。それで連絡が来ているんだ」

「そうだったんですね。そんな話は、公然とできないですね。……あ、そっか。あの時」

 十文字はふと気が付いて手をぽんと叩いた。

「なに?」

「いえ、そう言えば。おれの企画、予算オーバーじゃないですか」

「そうだな」

「それで財務の田仲係長に了承——っていうか。報告ですけど、それをしに係長といったじゃないですか。その時に田仲係長と話をしようと思ったのに、吉岡部長が入ってきちゃったんですよ。そしてよく内容も見ていないのにOK出しちゃって。田仲係長の顔丸つぶれでした」

「吉岡部長のやりそうなことだね」

「そうなんですね。ともかく吉岡部長は係長と話をしたいみたいで、田仲係長なんて軽くあしらわれちゃって……。その時に田口さんの話題も出たんです。だからじゃないですか」

 そういうことか。しかし吉岡からの話とはなんだろうか——? 
 日々の出来事は田口には話してくれる保住だが、吉岡との話について、彼からは何も聞いていない。

「なにか込み入った話だったみたです。おれ、追い出されました」

「そうなの? まあ、込み入った話に入ることは得策ではないからな」

「その通りですね。係長の好意だと思っています」

 なるほど。そこまでの話だからか。保住が口にしないと言うことは、市役所の中の話だ。しかも自分にも話さないとなると、相当な話のようだ。気にはなるが、聞かなかったことにしたほうがいいのだろうな。そう思う。

 だけどやっぱり——。自分に話をしてくれないのは、少し寂しい気がした。




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