110 / 231
第14章 彩られる世界
04 彩られる世界
しおりを挟む「保住さん、気が付いていますか?」
「え……?」
「保住さんが言っていることって、『おれは田口が好きだから、誰とも仲良くするのは許さない』って聞こえます」
「なっ……!」
保住は、弾かれたように顔を上げた。その表情は、まるで恥じらっているかのように目元を朱に染めている。
——そんな可愛い顔をされたら……我慢できない。
「な、なにをバカな……っ」
田口は、彼の頬の涙をそっと指で拭い、それから、保住のネクタイに指をかけてから緩めた。
「田口」
止めさせようと腕を掴んでも無駄だと知って欲しい。知りたいのだ。この奥に隠された真実を。田口はワイシャツのボタンを二つ外してから、保住の白い首筋に残る跡を確認した。
「田口……っ」
「澤井局長ですね」
前にも見たものだ。最愛の人に付けられた他人の跡。執拗に何ヶ所も残されている。澤井のやり方は尋常じゃない。保住を所有物としてしか、見ていないのではないかと疑問になる。
「……っ、これは、」
「お付き合い始めたんですか?」
「それは……」
また、はっきりしない答え。
——肯定か。
しかし田口は怯むことない。だって、今の保住の様子を見たら澤井とのお付き合いは……不本意に違いないからだ。
「それは本意なのですか」
「そ、そうだ。おれは……っ」
「ほらまた」
田口はそっと保住の頬に手を当てる。
「そんな辛そうな顔して。どうして幸せそうな笑顔を見せてくれないのです?」
「それは……」
「本気で澤井と付き合っているのなら、幸せそうにしてくださいよ」
保住は黙り込んだ。今にもまた、涙がこぼれ落ちそうなくらい辛そうに眉間にシワを寄せていた。
「あなたの気持ちは何処にあるのでしょうか?」
「誰の目も構わずに自分の心の赴《おもむ》くままに生きていくことも一つの選択肢だ……か」
「え? 保住さん?」
彼のぼんやりとしていた瞳が、弾かれたように田口を捕らえた。
「いや。父に言われた言葉。あれは一体——」
保住は混乱しているようだった。田口からしたら彼の頭の中がどうなっているのか、わかるはずもない。しかも、自分の中もぐちゃぐちゃに混乱していて、正直、彼を気遣える余裕なんてあるはずもなかった。
「あの——すみませんでした。おれの覚悟が決まらないから。嫌われたらどうしよう、おれの気持ちを知られたら、きっと気味悪がられて、あなたのそばにはいられないと臆病になっていました」
田口は屈みこんで、保住の目をしっかりと見据える。視線なんかそらさせない。自分だけを見て! そんな思いで真っ直ぐにだ。
「だけど、あなたの事やっぱり諦めきれないって、この数週間でよく分かりました。嫌うなら嫌ってください。軽蔑してください。ただ、あなたの今日の言葉を聞く限り、おれには全く叶わない夢ではない気もしています」
言葉を切り、それから瞳の色を和らげて保住を見据える。
——ああ、好き。好きが溢れてくる。愛おしくてたまらない。
「保住さん、おれはあなたが好きです。ただの友達なんかじゃない。愛しています。おれは、あなたのためだけにありたい。だから、あなたにもおれだけを見て欲しい」
保住の目が見開かれる。緊張で張り詰めていた糸が緩むのがわかった。
「田口」
「例え澤井さんとお付き合いしていても、おれの気持ちを知っていてください。澤井さんと付き合うのかどうかはあなたの気持ちだと思うんです。だから、その。おれは強制できないって言うか……。だけど、それは結構……おれは嫌で。……えっと。なんて言うのかな……」
田口は眉間に皺を寄せて悩む。
「えっと」
「……澤井と別れろと言え」
保住はポツンと呟いた。
「え?」
小さくて聞き取れないそれは、確実に田口の耳に届く。だけど、理解するまでに時間がかかった。戸惑って目を瞬かせて、保住を見下ろした。
「おれと付き合えと言え」
「あ、はい! それです!」
田口は言いたいことが見つかってほっとしたのか。笑顔を見せた。
「そうですね! おれと付き合え! 澤井とは別れろ! です!」
***
田口の笑顔は眩しい。純粋で素直であったかい。澤井といると寂しさは紛れる。だがそれは、田口と一緒にいる時とは違った感覚だった。田口は、保住に安心感や自信、満たされた感情を与えてくれる。
——これが好き? 好き。
胸がキュンとして、じんわり温かい。コツンと田口の胸に額をぶつけると、距離が縮まった。
「わかった。お前の言う通りにしてやる」
モノクロの世界が、一瞬で鮮やかな色を取り戻す。田口はそっと保住の肩を引いて抱き寄せた。
「すみませんでした。遅くて」
「本当だ——このノロマ」
保住はそっと田口の肩に顔を埋めると、それに反応するかのように腰を強く引かれて体がくっついた。田口の温もりは温かくて心地よい。
そう、ずっとこうしたかったということ。触れられた。澤井とは違う田口の温もりに。理由はわからないのに、満たされる思いで溺れそうだ。
「保住さんが引っ張ってくれないと、なにも出来ない男です」
「……馬鹿者が」
素直に「好き」とは言い難い。この気持ちがなにか、正直戸惑っているからだ。しかし、保住はすっかり田口に捕まっている。誰かと一緒にいることが、こんなにも心満たされるなんて知らなかった。だから——。言葉とは裏腹に、田口のスーツをぎゅっと握った。田口の嬉しそうな視線が自分に注がれているのかと思うと、気恥ずかしくて顔をあげられない。
居た堪れなくなって田口に縋ると、彼は小さくつぶやいた。
「すみませんでした」
——きっと、大切なのだ。この男が。
0
お気に入りに追加
36
あなたにおすすめの小説
僕が玩具になった理由
Me-ya
BL
🈲R指定🈯
「俺のペットにしてやるよ」
眞司は僕を見下ろしながらそう言った。
🈲R指定🔞
※この作品はフィクションです。
実在の人物、団体等とは一切関係ありません。
※この小説は他の場所で書いていましたが、携帯が壊れてスマホに替えた時、小説を書いていた場所が分からなくなってしまいました😨
ので、ここで新しく書き直します…。
(他の場所でも、1カ所書いていますが…)
ある日、人気俳優の弟になりました。
樹 ゆき
BL
母の再婚を期に、立花優斗は人気若手俳優、橘直柾の弟になった。顔良し性格良し真面目で穏やかで王子様のような人。そんな評判だったはずが……。
「俺の命は、君のものだよ」
初顔合わせの日、兄になる人はそう言って綺麗に笑った。とんでもない人が兄になってしまった……と思ったら、何故か大学の先輩も優斗を可愛いと言い出して……?
平凡に生きたい19歳大学生と、24歳人気若手俳優、21歳文武両道大学生の三角関係のお話。
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
肌が白くて女の子みたいに綺麗な先輩。本当におしっこするのか気になり過ぎて…?
こじらせた処女
BL
槍本シュン(やりもとしゅん)の所属している部活、機器操作部は2つ上の先輩、白井瑞稀(しらいみずき)しか居ない。
自分より身長の高い大男のはずなのに、足の先まで綺麗な先輩。彼が近くに来ると、何故か落ち着かない槍本は、これが何なのか分からないでいた。
ある日の冬、大雪で帰れなくなった槍本は、一人暮らしをしている白井の家に泊まることになる。帰り道、おしっこしたいと呟く白井に、本当にトイレするのかと何故か疑問に思ってしまい…?
キンモクセイは夏の記憶とともに
広崎之斗
BL
弟みたいで好きだった年下αに、外堀を埋められてしまい意を決して番になるまでの物語。
小山悠人は大学入学を機に上京し、それから実家には帰っていなかった。
田舎故にΩであることに対する風当たりに我慢できなかったからだ。
そして10年の月日が流れたある日、年下で幼なじみの六條純一が突然悠人の前に現われる。
純一はずっと好きだったと告白し、10年越しの想いを伝える。
しかし純一はαであり、立派に仕事もしていて、なにより見た目だって良い。
「俺になんてもったいない!」
素直になれない年下Ωと、執着系年下αを取り巻く人達との、ハッピーエンドまでの物語。
性描写のある話は【※】をつけていきます。
おねしょ癖のせいで恋人のお泊まりを避け続けて不信感持たれて喧嘩しちゃう話
こじらせた処女
BL
網谷凛(あみやりん)には付き合って半年の恋人がいるにもかかわらず、一度もお泊まりをしたことがない。それは彼自身の悩み、おねしょをしてしまうことだった。
ある日の会社帰り、急な大雨で網谷の乗る電車が止まり、帰れなくなってしまう。どうしようかと悩んでいたところに、彼氏である市川由希(いちかわゆき)に鉢合わせる。泊まって行くことを強く勧められてしまい…?
浮気されてもそばにいたいと頑張ったけど限界でした
雨宮里玖
BL
大学の飲み会から帰宅したら、ルームシェアしている恋人の遠堂の部屋から聞こえる艶かしい声。これは浮気だと思ったが、遠堂に捨てられるまでは一緒にいたいと紀平はその行為に目をつぶる——。
遠堂(21)大学生。紀平と同級生。幼馴染。
紀平(20)大学生。
宮内(21)紀平の大学の同級生。
環 (22)遠堂のバイト先の友人。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる