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第13章 変態野郎の集まり

05 チラつく影

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 結局、眠れなかった。昨日のオーケストラの件が心配になって、早めに出勤をしてみることにした。

 ——東京でなにをしてきたのだろう? 新しいオーケストラは見つかったのだろうか。

 そんなことを考えて歩いていくと、保住の車が止まっているのが見えた。昨日は田口が帰宅する時にも置いてあった。今朝もあるということは、早く来ているのだろうか。夜はあんな気持ちになったが、朝になるとそれは冷めるものだ。

 やはり昨日と同じ。なにもかわっていないのだ。自分の心持が少し変わっただけ。でもそれも夜が明けるとともに、冷めてくる。彼になにを話したらいいのか、どんな顔をしていたらいいのか、わからないのだ。

 ——いくじなしだ。こんなにも臆病になるだなんて……。 

 田口は、溜息を吐きながら事務所に入った。

「おはようございます……」

 しかし保住はいなかった。

「——あれ?」

 ——車はあるのに、まだ来ていないのか? 車は置いていったということか。……澤井だ。また彼。

 昨晩の野木の言葉が脳裏をかすめた。

『一度、関係を持ったら他人ではない』

 その通りだ。きっとそうだ。澤井の保住を見る視線は変わった。優しいだけの視線ではない。熱を帯びた視線だ。あれは、ただの関係性だとは思えない。

 そして保住も然りだ。今までのように、澤井を邪険にはしない。素直に応じている姿を見かける。

 自分の気持ちを押し通したいと思っても——もし、本当に保住が澤井を好いていたら、ただの邪魔者扱いだし、保住を困らせることにしかならない。

 確認したい。本気なのか、そうではないのか。
 パソコンを開いて、田口は仕事を始めた。


***


 結局、保住が出勤してきたのは一番最後だった。

 ——まただ。

 彼は出張から帰ってきた翌日だというのに、身なりをきちんと整えていた。その様相は田口からしたら、違和感だらけだった。

「昨日はすみませんでした。まず報告があります」

 保住は出勤早々に切り出した。

「昨日は、関口せきぐち圭一郎けいいちろう先生にお会いしてきました」

 関口圭一郎とは、世界的に有名な指揮者である。幼少時代に梅沢で過ごしたことがあり、縁がある人だ。彼には今回のオペラの音楽総監督をお願いしている。世界的にも人気が高く、なかなか捕まらない人だが、『梅沢』と言うキーワードだけで仕事を引き受けてくれた。その関口に会うために出張だったのかと、一同は理解した。

「マエストロにですか。よく捕まりましたね」

「たまたま東京に滞在しているとのことでした。今回のオーケストラの一件をご説明し、理解いただきました」

「よかった。マエストロにまで降りられたら困りますよね」

「そうですね。非常事態が起きた時こその対応は肝要です」

 保住の言葉は最も。アクシデントを逆手に攻めに転じるのか。

「マエストロからは、自分が常任指揮者で所属しているオーケストラの出演をとりつけました」

「は?」

「え、ええ?!」

 一同は目が点。ほかの部署の人たちは何事かと視線を寄越しだが、そんなことはお構いなしだ。渡辺は、呆れた顔をして笑った。

御影みかげとは格が違いすぎやしませんか」

「仕方ありませんよ。先生と共に行動しているオケなら、練習の時間も軽減出来ますし」

「そうでしょうが。交通費等は?」

「たまたま来日中です。日本ツアーの真っ最中だからこそ、マエストロも引っ張ることが出来た。その日は団員はオフの予定だったそうです」

「無茶してくれますね。係長の案でしょう」

 保住は苦笑いする。

「それしか方法がないかと思いましたが、マエストロのマネージャーの有田さんはもっと早く動いてくれていました。東京に行った時には、ほぼ話は決まっていました」

「じゃあ、行かなくてもよかったんですかね?」

 渡辺の問いに、住は微笑を浮かべた。

「いえ。足を運んだからこそ上手くいくこともあるものです。今回は幸運でした。マエストロが在日していたのと、御影が降りてくれたタイミングが絶妙に噛み合っていました」

「では、一応落ち着いたということですね?」

「そうですね。みなさん、ご協力ありがとうございました」

 保住は頭を下げた。一同も見習って下げる。

「では業務に入りましょう」

「はーい」

 にこやかに仕事を始める職員たちと共に、田口も仕事に取り掛かる。しかし、頭の中は疑惑と焦りでいっぱいだった。正直、仕事とのことなど、どうでもいい——と思っていたのだった。



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