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第11章 同期
01 鬼の圧力
しおりを挟むあれから——。保住と田口の距離はますます近くなったが、あの時、「友達と言う言葉を使った選択肢は正しかったのだろうか?」と自問自答していた。
お友達宣言は、それ以上の前進を鈍らせる。
「おれって、本当に馬鹿か」
だが傷付いている彼の心につけ込むなんてこと、自分にはできなかった。ぎゅっと抱きしめて、そのまま思いを伝えて、弱っている彼を自分のものにしてしまう……なんて卑怯なやり方はできない!
そんな「失敗したかな…」という思いと、「これでよかったんだ」という思いに苛まれながらも、田口は友達と言う立場をこなしていた。
「田口、これ」
「了解です」
面倒な指示を出さなくても、彼は保住の意図を汲み取る。
「オペラの進行状況は?」
「作曲の方が遅れ気味です」
渡辺が答える。
「しかし、急かすわけにも行かなくて困っています」
「それはそうですね。さりげなくですかね」
保住の言葉に渡辺は頷いた。
「午後からご挨拶がてら、プレッシャーかけてきます」
「よろしくお願いします」
保住は進行表を眺めてから、田口に声をかけた。
「午後、外勤」
「はい。どこにですか?」
「星音堂でコラボ企画の打ち合わせだ」
「了解です」
——資料がないけど?
そう思うが、保住がメインでやるのだろう。戸惑っていると、谷口がこそっと補足してくれる。
「昨日、係長が準備していた」
「あ、ありがとうございます」
黙っていても、だんだんと田口の素振りだけでみんなが察してくれる。チームとしていい感じで回っている。仕事もやりやすい。仕事は順調。一つを除いては。
「田口、いるか」
ドアが開き終わらないうちに澤井の声が響く。
「なにか」
保住は答えるが、彼は「お前には用はない」と言い放つ。視線は自分に向いていた。
「はい」
「お前の企画書を添削してやった、さっさと取りに来い」
「はい」
一つとは、澤井のこと。田口は渋々立ち上がると、事務所を後にした。
***
あの一件以来、澤井の田口いびりが酷い。渡辺は心配そうな顔をした。
「田口、局長の逆鱗に触れることでもしたのでしょうか?」
「しつこいからな。ちょっとしたことでも根に持ちますよね」
矢部は気の毒そうにしていた。保住はため息だ。田口は打たれ強い。澤井の繰り返しの呼び出しにも、耐えられる精神力がある。
しかしあまりにも酷い。渡辺や、矢部、谷口の企画書には目も通さない。保住を呼びつけて説明をさせるのだ。
なのに田口の企画書に限っては、直接本人呼び出しだ。しかも余程のことがないと通さない始末。これが澤井の悪名を高めている原因だ。気に食わない職員には、とことん嫌がらせを施す。職員教育という笠に着て。
だが田口のなにが面白くないのか、保住には理解できない。彼が澤井を怒らせるようなことをしたという心当たりが見当たらないからだ。少し悩んでいると、ふと谷口が呟いた。
「男の嫉妬は醜いですね」
「え?」
「そうだそうだ。きっと係長が田口と仲良くしているのが、気にくわないんですよ」
矢部も口を挟む。
「仲良くもなにも……仕事を頼んでいるだけですけど」
「それが、面白くないんですよ。きっと」
「そうそう」
渡辺も頷いた。澤井との関係性は一度は持ったが、あれから数ヶ月、再び身体を重ねることはなかった。澤井から誘われることもないし、自分も然りだ。だからあの一件は治ったはずだが。
たしかに澤井はあの夜のことを田口に話していた。当時は自分のことで精一杯だったので、あまり深く気にも留めなかったが……。
——なぜ、澤井は田口に話したのだ?
やはり澤井の考えていることは理解できない。保住は面白くなかった。
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