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第4章 犬の故郷へ
07 恋心
しおりを挟む結局、保住が戻ってきたのは夕方だった。
「疲れたのではないですか? 無茶してくれますね」
「すまない。つい、人に教えるとなると仕事のような感じになってきりがないな」
さすがに顔色が青い。無理をしたのだろう。
「中学生の女子と気が合うなんて知りませんでしたよ」
保住は田口の部屋に入るなり、敷きっぱなしになっている布団にごろりと横になった。
「すまない。休ませてくれ」
「構いませんよ。おれに気を遣う必要はありません」
横になって一息つくと、彼は笑う。
「大した子だ。将来有望だな」
「芽依ちゃんは、昔から頭の回転は速い。だからこそ、田舎の雪割にはそぐわないんだろうなって思ってはいましたが。予想通りの悩みを抱えていたとは。気が付いてやれていませんでした。いつまでも子供だと思っていたのに。もう将来ことで悩みがあるなんて」
「今時の子供は情報過多だ。悩みも低年齢化しているのだろうな」
保住は、右腕を額に当てて目を閉じる。
「感性豊かな勘のいい子だ。なぜ勉強をして東大に入ったのかと問われたが、答えられなかった。『おれは勉強すること自体が目的だったからな。夢なんか一つもなかった。勉強が楽しかった。それだけだ』としか答えられない」
保住は自嘲気味に笑った。
「おれの人生は、なんの考えもなく進んできているのだということを突き付けられるな」
「そうでしょうか。そうは見えませんけど」
「いやいや。それしかないだろう? この体たらくだ」
能力を持て余している、という言葉が適切なのだろうか。きっと、梅沢の一職員に収まるような男ではないのだろうけど、でも——ここにいてくれるから。自分は、彼と出会えることができたのではないか。
「勉強は半分だ。後は勉強の仕方を少し伝えた。少しは伸びてくれるといいが」
「そうですね。おれもよくわかっていませんから。今更、係長に仕事の仕方を習っている程度です。芽依ちゃんに勉強を教えるなんて、無理ですね」
「そうでもないだろう。お前はお前で優秀だ。自慢の部下だぞ」
「え! 本当ですか? って、え?係長……寝ているし」
保住のそばに寄って、彼の顔を覗き込んだ。ついさっきまで話していたというのに、もう寝息を立てている。疲れていることは重々承知だが、それにしても早い。
「のび太かよ」
夢現の発言に信憑性は感じられないが、それでも嬉しい言葉だ。田口はそっと笑む。
「係長……いや。保住さん。ありがとうございます」
ふと伸ばした手が彼の前髪に係る。そして、はっとして手を引っ込めた。
「な、おれはなにをしている」
触れてしまった右手を左手で抑えこんで、ドキドキとする鼓動を感じた。
『触れたい』
そう思ってしまったのがおかしい。一人で、てんやわんやになっている田口の気配なんか、気にもならないほど、保住は深く眠り込んでいた。
——どうしてだろう。
この数ヶ月、彼と出会ってからの自分は、それ以前の自分とは違うのだ。保住から視線を外す。心臓がドキドキして落ち着かない。
——まるで。
「恋しているみたいで、おかしいじゃないか」
——気のせいだ。
保住は上司であり、同性であり、恋愛の対象になんてなるはずがないのに。
澤井といる彼。艶やかな笑みを見せる彼。彼の存在を認めるだけで心臓が速まる。自宅に帰ってからも保住のことばかり。仕事中も然りだ。
——会いたい。共に時間を過ごしたい。笑顔を見ていたい。守りたい。
そして——触れてみたい。
——おかしい。変。
頭が痛む。苦しいのはなぜなのだろう。ぎゅっと拳を握りしめて、田口は保住を見つめていた。
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