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第2章 仕事の仕方

10 格の違い

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 定時になった。企画書を必死に仕上げた田口だが、提出をするとあっさりと「今日は見られない」宣言をされてしまった。

「田口。すまない。返しは明日の朝だ」

「構いませんが」

 ——大したことない。

 そんな雰囲気で保住の言葉に返す。しかし内心はざわざわとしていた。なんだかんだと面倒を見てくれる上司だから、今晩も企画書を見てもらい、また一緒に考えてくれるのではないかという淡い期待があったことは、否定できない。

「今日は係長もお疲れ様でしたもんね。早く帰りましょうよ」

 渡辺の声に保住は、微妙な笑みだ。

「ゆっくりできるものなら、してみたいものです」

「プライベートも大忙しですね?」

「渡辺さん、そういうの嫌味っぽいですけど」

「いいな~。おれもいつも忙しいとか言ってみたいな」

 谷口は笑う。

「彼女もいないし。どうせ帰ってもテレビとお友達ですよ」

「そうそう。おれも」

 矢部は自虐的に「へへ」と笑った。

「プライベートっぽいけど、プライべートでもないんですよ」

「仕事関係ですか。仕方ないですよ。係長ともなれば、お付き合いも大事ですよ。ここから上に行くかどうかは、そういうところの努力も必要だ」

「渡辺さん、おれはそういうものには、興味がないんですよ」

「周囲が放っておきませんよ。なにせ期待の新星なんですから」

 三人に茶化されたせいで、気持ちが和らいだようだ。険しかった表情に笑みが浮かぶ。

「すまないな。田口。これは預かっていく」

「いえ。むしろすみません。おれが遅いばかりに。自宅にまで持ち帰らさせてしまって」

「いや。いい。よく頑張った。楽しみに読ませてもらう」

 彼は帰り支度をして立ち上がった。

「観光課に用事があるので、そこに寄ってそのまま帰ります」

「了解です」

「お疲れ様でした」

 疲労の色が濃い保住の顔色は、いつにもまして悪い。蒼白。

 ——なにを食べているのだろうか。体調は、大丈夫なのだろうか。

 昼間は、ほとんど食事をしているのを見たことがない。飲み物だけで終わっている日も多い。あれでは痩せるに決まっているし、体力もないはずだ。なのに無理をして残業をしていることも多い。体調を崩しそうだ。

 そんな心配をしつつ、自分はどうしようか? と思った。企画書を見てもらわない限り、次に進めない。

 ——今日は残業しても仕方がないな。

 そう決めてからパソコンの電源を落とす。他の三人も伸びをしたりして、帰宅の準備だった。

「係長って、すごく期待されているし、優秀なんですね」

 田口の呟きに隣の谷口が笑う。

「そりゃそうだろう」

「ってか。お前。噂を聞いたことないの?」

 矢部は笑った。

「こんな地方公務員にはもったいない、東大卒だぞ」

「え? とう、だい?」

「そうそう東大」

 矢部は自分のことのようにドヤ顔だ。

「東大って……あの東京大学ですか?」

「だからそうだって。って言っても噂だけどな。誰も真実は知らない」

「なんだ。嘘かもしれないってことですか」

 しかし、嘘ではない気がする。あの能力の高さは並外れている。田口の思考ではついていけないほど。自分が優秀とは思わないが、それでもなお凄すぎる。

「澤井さんも可愛い部下なんだよ。係長が」

「え? 局長が?」

 可愛いという表現は澤井には似つかわしくなく、なんだか笑ってしまう。

「今日は、さしずめ局長の呼び出しだろうな」

 渡辺は気の毒そうに肩を竦めて言った。

「局長の……」

 田口は口の中で繰り返した。




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