20 / 231
第2章 仕事の仕方
10 格の違い
しおりを挟む定時になった。企画書を必死に仕上げた田口だが、提出をするとあっさりと「今日は見られない」宣言をされてしまった。
「田口。すまない。返しは明日の朝だ」
「構いませんが」
——大したことない。
そんな雰囲気で保住の言葉に返す。しかし内心はざわざわとしていた。なんだかんだと面倒を見てくれる上司だから、今晩も企画書を見てもらい、また一緒に考えてくれるのではないかという淡い期待があったことは、否定できない。
「今日は係長もお疲れ様でしたもんね。早く帰りましょうよ」
渡辺の声に保住は、微妙な笑みだ。
「ゆっくりできるものなら、してみたいものです」
「プライベートも大忙しですね?」
「渡辺さん、そういうの嫌味っぽいですけど」
「いいな~。おれもいつも忙しいとか言ってみたいな」
谷口は笑う。
「彼女もいないし。どうせ帰ってもテレビとお友達ですよ」
「そうそう。おれも」
矢部は自虐的に「へへ」と笑った。
「プライベートっぽいけど、プライべートでもないんですよ」
「仕事関係ですか。仕方ないですよ。係長ともなれば、お付き合いも大事ですよ。ここから上に行くかどうかは、そういうところの努力も必要だ」
「渡辺さん、おれはそういうものには、興味がないんですよ」
「周囲が放っておきませんよ。なにせ期待の新星なんですから」
三人に茶化されたせいで、気持ちが和らいだようだ。険しかった表情に笑みが浮かぶ。
「すまないな。田口。これは預かっていく」
「いえ。むしろすみません。おれが遅いばかりに。自宅にまで持ち帰らさせてしまって」
「いや。いい。よく頑張った。楽しみに読ませてもらう」
彼は帰り支度をして立ち上がった。
「観光課に用事があるので、そこに寄ってそのまま帰ります」
「了解です」
「お疲れ様でした」
疲労の色が濃い保住の顔色は、いつにもまして悪い。蒼白。
——なにを食べているのだろうか。体調は、大丈夫なのだろうか。
昼間は、ほとんど食事をしているのを見たことがない。飲み物だけで終わっている日も多い。あれでは痩せるに決まっているし、体力もないはずだ。なのに無理をして残業をしていることも多い。体調を崩しそうだ。
そんな心配をしつつ、自分はどうしようか? と思った。企画書を見てもらわない限り、次に進めない。
——今日は残業しても仕方がないな。
そう決めてからパソコンの電源を落とす。他の三人も伸びをしたりして、帰宅の準備だった。
「係長って、すごく期待されているし、優秀なんですね」
田口の呟きに隣の谷口が笑う。
「そりゃそうだろう」
「ってか。お前。噂を聞いたことないの?」
矢部は笑った。
「こんな地方公務員にはもったいない、東大卒だぞ」
「え? とう、だい?」
「そうそう東大」
矢部は自分のことのようにドヤ顔だ。
「東大って……あの東京大学ですか?」
「だからそうだって。って言っても噂だけどな。誰も真実は知らない」
「なんだ。嘘かもしれないってことですか」
しかし、嘘ではない気がする。あの能力の高さは並外れている。田口の思考ではついていけないほど。自分が優秀とは思わないが、それでもなお凄すぎる。
「澤井さんも可愛い部下なんだよ。係長が」
「え? 局長が?」
可愛いという表現は澤井には似つかわしくなく、なんだか笑ってしまう。
「今日は、さしずめ局長の呼び出しだろうな」
渡辺は気の毒そうに肩を竦めて言った。
「局長の……」
田口は口の中で繰り返した。
0
お気に入りに追加
36
あなたにおすすめの小説
膀胱を虐められる男の子の話
煬帝
BL
常におしがま膀胱プレイ
男に監禁されアブノーマルなプレイにどんどんハマっていってしまうノーマルゲイの男の子の話
膀胱責め.尿道責め.おしっこ我慢.調教.SM.拘束.お仕置き.主従.首輪.軟禁(監禁含む)
壁穴奴隷No.19 麻袋の男
猫丸
BL
壁穴奴隷シリーズ・第二弾、壁穴奴隷No.19の男の話。
麻袋で顔を隠して働いていた壁穴奴隷19番、レオが誘拐されてしまった。彼の正体は、実は新王国の第二王子。変態的な性癖を持つ王子を連れ去った犯人の目的は?
シンプルにドS(攻)✕ドM(受※ちょっとビッチ気味)の組合せ。
前編・後編+後日談の全3話
SM系で鞭多めです。ハッピーエンド。
※壁穴奴隷シリーズのNo.18で使えなかった特殊性癖を含む内容です。地雷のある方はキーワードを確認してからお読みください。
※No.18の話と世界観(設定)は一緒で、一部にNo.18の登場人物がでてきますが、No.19からお読みいただいても問題ありません。
僕が玩具になった理由
Me-ya
BL
🈲R指定🈯
「俺のペットにしてやるよ」
眞司は僕を見下ろしながらそう言った。
🈲R指定🔞
※この作品はフィクションです。
実在の人物、団体等とは一切関係ありません。
※この小説は他の場所で書いていましたが、携帯が壊れてスマホに替えた時、小説を書いていた場所が分からなくなってしまいました😨
ので、ここで新しく書き直します…。
(他の場所でも、1カ所書いていますが…)
ある日、人気俳優の弟になりました。
樹 ゆき
BL
母の再婚を期に、立花優斗は人気若手俳優、橘直柾の弟になった。顔良し性格良し真面目で穏やかで王子様のような人。そんな評判だったはずが……。
「俺の命は、君のものだよ」
初顔合わせの日、兄になる人はそう言って綺麗に笑った。とんでもない人が兄になってしまった……と思ったら、何故か大学の先輩も優斗を可愛いと言い出して……?
平凡に生きたい19歳大学生と、24歳人気若手俳優、21歳文武両道大学生の三角関係のお話。
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
肌が白くて女の子みたいに綺麗な先輩。本当におしっこするのか気になり過ぎて…?
こじらせた処女
BL
槍本シュン(やりもとしゅん)の所属している部活、機器操作部は2つ上の先輩、白井瑞稀(しらいみずき)しか居ない。
自分より身長の高い大男のはずなのに、足の先まで綺麗な先輩。彼が近くに来ると、何故か落ち着かない槍本は、これが何なのか分からないでいた。
ある日の冬、大雪で帰れなくなった槍本は、一人暮らしをしている白井の家に泊まることになる。帰り道、おしっこしたいと呟く白井に、本当にトイレするのかと何故か疑問に思ってしまい…?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる