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第2章 仕事の仕方

07 イマジネーション

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 第三会議室に入ると、田口は書類を目の前のテーブルに乗せ、立ったまま待っていた。

「お願いします!」

 ——真面目。融通が効かない男。

 保住は田口への評価を心の中で述べながら、手前のパイプ椅子を引き寄せて座った。

「あのさ、田口」

「はい」

「ちょっと落ち着こう」

「落ち着いています!」

 ——全然、落ち着いていないじゃないか。

 保住は笑ってしまう。

「焦っていないか?」

「焦っていません」

 ——焦っているだろう? まあ仕方ない。

 別な話題には、まったく耳を貸す気がないらしい。本題に入るしかないか。
そう判断をして、企画書を持ち上げた。

「では聞くが。これは誰が主語の企画書なのだ」

 唐突な質問に、田口は「え」と口ごもった。さっきまでの興奮が少し治ったのか。

「答えろ」

「えっと。お客さん?」

「客とは?」

「えっと、地域の人、市民、星野一郎ファン……」

「だな。で、この文章は誰の為にある? ……『この事業の目的は、市民への星野一郎の啓発であり』……」

 保住は企画書を読み上げ始めたが、すぐに田口に止められた。

「ま、待ってください!」

「なんだ」

「自分の文章を読み上げられるのは恥ずかしいです」

「お前に恥ずかしいなんて気持ちがあるのか?」

「ありますよ!」

 田口は顔が真っ赤になる。

「そんな話ではない。おれが言いたいのは内容のことで……」

「すみません」

 彼はますます赤面し、うなだれた。本気で自分を見失っているようだ。
保住は呆れながらも、内心微笑ましくも思った。

 ——堅物で、だらしのない自分みたいな人間が大嫌いな、型にはめたがるタイプなくせに。

「やっぱり、中学生」

「え、なんです」

「なんでもないって。ともかくだ。一旦、話を置いておこう」

「しかし勤務中ですよ」

「知っている」

 保住は自分のスマホを取り出すと、古めかしい音楽を流した。

「星野一郎……」

 牧場の朗らかな様子が目に浮かぶような、それでいてワクワクする曲調。昭和独特な女性の発声が、尖った心を和らげてくれる。

「おれはこの曲が好きだ。運動もわからないが、音楽もわからん。だがこの曲は、心がウキウキしてくる。明るい昭和の良き時代が脳裏をかすめる」

「……どうしてでしょう。この時代に生まれていないのに」

「日本人に染み付いているのかもしれんな。この平成の時代は冷たすぎる。戦後の復興で、日本のあちらこちらが湧いていた。良き時代だったのだろうな」

「係長でもそんなことを思うのですか?」

 ——意外だと言いたいのだろう?

「昔の事はよくわからん。過ぎたことをほじくり返してノスタルジックな気分になるタイプでもないが。この部署に来て、星野一郎のことが好きになっただけだ」

 保住は音楽を消した。


***


「係長は、どうやって自分が想像もできない分野の仕事をマスターするのですか?」

 ——保住という男は、自分と大差ない年齢なのに、なぜ係長なのだ? 能力が違いすぎる。

 企画書一つで、アップアップな自分が情けない。それなのに保住は、みんなの企画書を精査できる立場にある。課長の佐久間にも一目置かれている。

 ——落ちこぼれだ。自分は……。

 落胆の気分。半分投げやりだった。しかし保住は真摯に答えてくれた。

だな」

「興味?」

「そうだ。お前も、星野一郎に興味を持ったのだろう?」

「ええ、まあ」

「そしたら、いいアイデアが生まれた」

「はい」

「企画書もそうだ。想像しろ。誰のためのものなのか。お前の頭には演奏会のビジョンが浮かぶのか? 場所は見て来ただろう」

 ——そうだ。確かに。

 田口の頭の中では、演奏会は始まっているのだった。




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