11 / 57
第2章 歌姫と闇の魔法使い
第10話 本物の歌姫?しっぽが太くなっちゃうよ問題
しおりを挟むざわざわとした雰囲気の中、声を上げる者がいた。黄金色の長い髪に鳶色の瞳を持っている人だった。年のころはサブライムより上だろうか。彼は一礼をしてからおれを見た。
「自然省のレストです。発言をお許しください。この者が、本当に歌姫なのか——その証拠はあるのでしょうか。リガードが育てた——というだけでは、証拠にはならないのでは? いくら天才と呼ばれたリガードでも見誤ることだってあるはずです」
エピタフもそう言っていた。おれだって同じ気持ちだ。このおれが歌姫のわけがない。
仕草は丁寧であるのに、その声色は明らかにおれに対する疑念を孕んでいた。
レストの意見に同調しているのだろうか。広間がざわざわと騒々しくなったのを見ると、「歓迎されていない」ということが確信に変わった。
(おれは、ここにいてはいけない存在——)
足元がぐらぐらとした。怖くて怖くて、思わず王座の後ろに隠れてしまいたい気持ちに駆られる。
「商農省のセイジでございます。私もレストの意見に賛同させていただきます。歌姫の魂は猫族の子に宿るとは聞いておりましたが、猫族というだけで、本当に歌姫なのかどうかの確証はありません。我々は、カースに対抗するために、確実に事を進めなくてはいけません。万が一を考え、慎重に行動するべきだと存じます」
少しふくよかな男が言った。彼らの冷たい視線に眩暈がした。昨日から心休まる時なんて一つもない。王宮は、おれにとって安心できる場所ではなかった、ということだ。
「お前たち……っ」
サブライムが不満そうな声を上げる中、一人の男が「王よ」と声を上げた。
周囲の人間たちよりも一回り大きい体躯。立派な髭がぴんと左右に伸びている。腰には太い長剣。纏っている草色の制服は、軍人である証拠だった。
「私も同感ですぞ。皆が疑念を抱いている。歌姫の真否だけではありませぬ。私が懸念しておりますは、昨日の王の振る舞いでございます」
彼は他の大臣たちとは明らかに違った。彼の目は、おれではなくサブライムに向けられているのだ。
サブライムに対しての敵意が感じられた。なんだか恐ろしくなった。しっぽがぶわっと太くなる。自分に対する非難の目には堪えられるのに、なんだかすごく嫌な気持ちになった。
「昨晩の振る舞いだと? モデスティ」
「昨日は、お一人でこの歌姫を迎えに行ったそうではないですか。軽率な行動だとはお思いになりませぬか。歌姫が成人を迎える大切な場面に、カースが現れることは予測できたことです。それなのに、伴もつけずにお一人で! 信じられません。そして、それを許したピスの責任も問いたい!」
彼は雄弁と語る。一部の人たちは、彼の言葉に頷いて見せている。
(これは……サブライムの危機?)
おれは慌てて視線を巡らせた。ピスを見上げると、彼はただ黙ってじっとそこにいるだけだった。
(どうするの? どうするの?)
気持ちをどこにおいたらいいのか定まらない。おれは視線を落ち着きなく彷徨わせた。エピタフはここでの騒ぎなど、聞こえていないかの如く、無表情でその場に立っているだけだ。
(ちょ、誰か。助け船とかないわけ!?)
広間の騒ぎは高まりを見せる。モデスティの意見に賛同する者もいれば、反対する者もいる。それぞれが言い合いになりかけたその時——。「確かに!」とサブライムの凛とした声が響いた。
その一声で、騒動はぴたっと収まった。静まり返った広間にサブライムの声だけが響き渡る。
「お前の言うことは事実。しかし、それで、なにか問題があったか?」
「問題——。ですから……」
モデスティはぐっと言葉を詰まらせた。サブライムは笑みを浮かべ、雄弁に語る。
「歌姫の確保は最優先事項である。だが我々の住む王都は今まさに、獣人たちが迫りつつあるのだ。そんな中で、王都を皆で留守にすることはできない。そうであろう? おれはエピタフを護衛につけた。最小限の人員で最大限の効果が得られる。
それともお前にでも依頼して軍を出してもらえばよかったのだろうか?」
「そういうわけではありませんが……」
モデスティは言葉を濁した。サブライムは更に追い打ちをかけるように言った。
「お前の息子も来ていたぞ。人の世話をする前に、我が息子の手綱をしかと握っておけ」
(息子?)
モデスティは言葉を飲み込んで押し黙った。しんと静まり返った中、ソレムが再び口を開いた。
「王のお話の方が理に叶うのかもしれません。それでは、責任問題の追及はここまで、ということなので。話を戻したいと思うのですが。その黒猫の少年——凛空が、本当に歌姫の生まれ変わりであるのかどうか、皆が興味を抱いていることは事実。疑念を晴らすために、なにか証拠となるものをご提示いただきたい」
「そうだ、その話だ」と広間の中に、再びざわめきが広がった。ピスは大きくため息を吐いてから、おれを見下ろした。
「歌姫であるならば、なにか披露できなければならぬぞ。凛空」
「——へ?」
「そう間抜けな顔をするな」
あまりにも呆気にとられたおれの反応に、ピスは笑いを堪えているみたいだ。
(そんな笑わなくたっていいじゃないかー! 知らないし。なんなんだよ? それ。そんな歌知っているわけ——)
「ぜひ、歌姫の歌を披露していただきたい」
ソレムの意見に、広間にいた人だかりは更に騒然となった。そんなことを急に言われても、聖歌隊で教えてもらった曲しか知らない。どうしたらいいのかまったくわからなかった。
広間のざわめきが一段と大きくなった。おれは怖くなって思わず後ろにからだを引いた。
「歌えないというのか?」
「本当に歌姫の魂が宿っているというのか?」
「リガードはなにをしていた」
「黒猫が歌姫ではないなら、もうおれたちに打つ手はない」
(どうしたらいいの? どうしよう。じいさん、どうしよう!)
そこでサブライムがふいに立ち上がった。
「凛空は疲れているのだ。昨晩、家族同然のリガードを失くし、愛すべきふるさとを壊された。精神的に疲弊している状況で、歌わせようとするのは、あまりにも酷ではないか」
しかしソレムは遺憾の意を表す。
「王は甘すぎる。我々は悠長に構えていられるほど余裕があるわけではないのです。そこにいる黒猫が本当に歌姫なのかどうか、確認する必要があります。カースと戦うためには、歌姫が切り札。それはご承知のことでしょう?」
「だからこそ。凛空が生まれた時から、我々はリガードに彼を託し、成長を監視してきたのではないか」
(おれは監視されていたの? じいさんは、おれのことを王宮に報告していたってこと?)
「凛空は予言通りの容貌をしている。月と太陽が一直線に並んだその日。太陽の塔に古より仕えし猫族に生まれた。漆黒の耳に瞳。そして漆黒の鍵しっぽだ」
広間はサブライムの声を受けてもなお、騒ぎが収まる気配はない。
「リガードは、お前をカースの目から隠そうとしていた。本来であれば、猫族の町は危険だったが、木を隠すなら森に隠せという言葉もある。猫族の中で平凡な猫として育てたい。それが彼の意向だったんだ」
「じいさんの?」
「リガードはお前のために自分の地位も名誉も家族も。みんな捨て去った。お前に人生をかけたのだ。凛空。それは理解しているのだろう?」
「じいさんは……」
じいさんから家族の話を聞いたことはない。おれはじいさんのことを、なにも知らなかったのだ。彼が王宮にいて、ものすごく腕のいい魔法使いだってことも知らなかった。
なんだか胸がぎゅっと締めつけられるように苦しくなった。その気持ちは湧いてくる泉みたいに、おれのからだからあふれ出てしまいそうだった。
1
お気に入りに追加
73
あなたにおすすめの小説
侯爵令息セドリックの憂鬱な日
めちゅう
BL
第二王子の婚約者候補侯爵令息セドリック・グランツはある日王子の婚約者が決定した事を聞いてしまう。しかし先に王子からお呼びがかかったのはもう一人の候補だった。候補落ちを確信し泣き腫らした次の日は憂鬱な気分で幕を開ける———
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
初投稿で拙い文章ですが楽しんでいただけますと幸いです。
誰よりも愛してるあなたのために
R(アール)
BL
公爵家の3男であるフィルは体にある痣のせいで生まれたときから家族に疎まれていた…。
ある日突然そんなフィルに騎士副団長ギルとの結婚話が舞い込む。
前に一度だけ会ったことがあり、彼だけが自分に優しくしてくれた。そのためフィルは嬉しく思っていた。
だが、彼との結婚生活初日に言われてしまったのだ。
「君と結婚したのは断れなかったからだ。好きにしていろ。俺には構うな」
それでも彼から愛される日を夢見ていたが、最後には殺害されてしまう。しかし、起きたら時間が巻き戻っていた!
すれ違いBLです。
ハッピーエンド保証!
初めて話を書くので、至らない点もあるとは思いますがよろしくお願いします。
(誤字脱字や話にズレがあってもまあ初心者だからなと温かい目で見ていただけると助かります)
11月9日~毎日21時更新。ストックが溜まったら毎日2話更新していきたいと思います。
※…このマークは少しでもエッチなシーンがあるときにつけます。
自衛お願いします。
貴方の事を心から愛していました。ありがとう。
天海みつき
BL
穏やかな晴天のある日の事。僕は最愛の番の後宮で、ぼんやりと紅茶を手に己の生きざまを振り返っていた。ゆったり流れるその時を楽しんだ僕は、そのままカップを傾け、紅茶を喉へと流し込んだ。
――混じり込んだ××と共に。
オメガバースの世界観です。運命の番でありながら、仮想敵国の王子同士に生まれた二人が辿る数奇な運命。勢いで書いたら真っ暗に。ピリリと主張する苦さをアクセントにどうぞ。
追記。本編完結済み。後程「彼」視点を追加投稿する……かも?
転生貧乏貴族は王子様のお気に入り!実はフリだったってわかったのでもう放してください!
音無野ウサギ
BL
ある日僕は前世を思い出した。下級貴族とはいえ王子様のお気に入りとして毎日楽しく過ごしてたのに。前世の記憶が僕のことを駄目だしする。わがまま駄目貴族だなんて気づきたくなかった。王子様が優しくしてくれてたのも実は裏があったなんて気づきたくなかった。品行方正になるぞって思ったのに!
え?王子様なんでそんなに優しくしてくるんですか?ちょっとパーソナルスペース!!
調子に乗ってた貧乏貴族の主人公が慎ましくても確実な幸せを手に入れようとジタバタするお話です。
愛などもう求めない
白兪
BL
とある国の皇子、ヴェリテは長い長い夢を見た。夢ではヴェリテは偽物の皇子だと罪にかけられてしまう。情を交わした婚約者は真の皇子であるファクティスの側につき、兄は睨みつけてくる。そして、とうとう父親である皇帝は処刑を命じた。
「僕のことを1度でも愛してくれたことはありましたか?」
「お前のことを一度も息子だと思ったことはない。」
目が覚め、現実に戻ったヴェリテは安心するが、本当にただの夢だったのだろうか?もし予知夢だとしたら、今すぐここから逃げなくては。
本当に自分を愛してくれる人と生きたい。
ヴェリテの切実な願いが周りを変えていく。
ハッピーエンド大好きなので、絶対に主人公は幸せに終わらせたいです。
最後まで読んでいただけると嬉しいです。
【完結・ルート分岐あり】オメガ皇后の死に戻り〜二度と思い通りにはなりません〜
ivy
BL
魔術師の家門に生まれながら能力の発現が遅く家族から虐げられて暮らしていたオメガのアリス。
そんな彼を国王陛下であるルドルフが妻にと望み生活は一変する。
幸せになれると思っていたのに生まれた子供共々ルドルフに殺されたアリスは目が覚めると子供の頃に戻っていた。
もう二度と同じ轍は踏まない。
そう決心したアリスの戦いが始まる。
【完結】兎と寅~2023年もよろしくお願いします~
鬼ヶ咲あちたん
BL
運命の番だと思った。だから俺はうなじを噛んだ。でも違った。お前は運命の番ではなかった。お前のほかに、もっと強くフェロモンを感じるオメガがいる。うなじを噛まれたお前は、もう俺以外のアルファと番えない。俺が間違えたばっかりに。どう償えばいい?
すてきな後宮暮らし
トウ子
BL
後宮は素敵だ。
安全で、一日三食で、毎日入浴できる。しかも大好きな王様が頭を撫でてくれる。最高!
「ははは。ならば、どこにも行くな」
でもここは奥さんのお部屋でしょ?奥さんが来たら、僕はどこかに行かなきゃ。
「お前の成長を待っているだけさ」
意味がわからないよ、王様。
Twitter企画『 #2020男子後宮BL 』参加作品でした。
※ムーンライトノベルズにも掲載
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる