上 下
37 / 64

警視総監からの手紙

しおりを挟む
綾香が木村警視総監に手紙を送ってから一週間が経った頃、木村警視総監から速達が届いた。
わざわざ速達で送ってくれるなんて思っても見なかった綾香は、すぐに封を開けてその文を貪るように読み始めた。
その文はこのように記されていた。

お手紙拝見いたしました。
忌まわしい事件から二年もの間恐怖に慄かれていた心境、察するに余りあります。
小比類巻警視正の死は、私たち警察官にとってもあまりにも痛ましく悲しい事件であった為、脳裏に焼き付いて離れません。
手紙にあった内容ですが、受け取った瞬間から行動に移す事に致しました。
先ずは私の絶対的な部下二名を其方につけさせる事に致します。
その二名は私の直属の部下ですので内部機密を漏らすような事はしないはずです。
それと同時に、あなたが疑問に持たれている件も内密に捜査いたします。
もちろん他の部下には一切知られる事なくやらせる事をお約束します。
この手紙がついた頃には、あなたの家に向かわせて詳細な事柄を全てお聞きして対処できるように指示を出しております。
何としてもこの件が解決出来るよう、最善の努力を致すつもりでいます。
それとジェーン斎藤という人物の事ですが、こちらで詳しく調べ上げて必ず捕まえてみせますのでどうか安心して生活を続けてください。
と言ってもまだ盗聴器はあるわけですからなかなか安心まではできないでしょうが、その件もすぐに解決出来るはずです。
では二人が其方に伺うまで、しばらくお待ちいただくようお願い申し上げます。

         警視総監木村泰治

綾香がその手紙を読み終わると同時くらいに小比類巻家のチャイムが鳴った。
おそらく文に書いてあった二人だろうが、ジェーン斎藤とやらが刺客を送っている可能性は否定できない。
綾香は恐る恐る玄関の前に立ち「何方さんですか?」
と門の向こう側にいる人物に尋ねた。
小比類巻家は門の外側にワイヤレスチャイムがついており「木村から依頼されて参りました坂本と申します」
という返事が返ってきた。
綾香が手紙を受け取ったのを見計らったかのようなタイミングだったが、実はその通りだったのだ。
坂本と木村大地二人は小比類巻家の近くで綾香がポストから手紙を取って家の中に入るのを見て、それを読んだくらいの時間を見計らってチャイムを鳴らしたのだった。
つまり小比類巻家の前で数時間前から警備を兼ねて娘二人の何方かが、速達を受け取ってから手紙を読んだ頃まで待っていたのだった。
もちろんそれは木村警視総監からの指示であった。
出来るだけ早めに連絡をして綾香らを少しでも恐怖から救いたいと願う木村だったのだ。
別に手紙でなくとも電話で連絡を取れば早かったのだが、わざわざ手紙を送ってくれたので文で返そうという思いがあったのだ。
門から玄関に入り綾香が出迎えると「初めてお目にかかります。 
坂本と申します。」
「私は木村大地といいます。警視総監からの命令で小比類巻さんのお宅の捜査と警備を任されましたのできた次第であります」
綾香は大地のあまりに硬い話し方に思わずにや笑いをした。
そういえばここ二年間ほとんど笑ったことがないの事を思い出した。
よく見れば坂本はともかく、木村は若くて背が高く見た目には爽やかそうに見える。
髪も今風のチャラい感じではなく、短く清潔感の漂う好青年に見えた。
父の死以来年頃の男性と話をしたことがほとんどなかった綾香は、久しぶりの若い男性の来客に少しだけ胸がときめいた。
本来ならそういった感情を持つ事自体不謹慎というか、あるべきものではないのかも知れない。
ただ現実には綾香も疲れ切っていたのは事実だった。
二十一歳といえば、世間では恋愛くらいするのが当たり前であったが、今の綾香は見えない敵との戦いと父の死の真相を明らかにすることが先決だった為、そんな事は全く考えたことさえなかったのだ。
杏里は平日の午前中ということもあって、高校に行っていた。
小比類巻家の玄関から入った二人は綾香の話していた電話のコンセントの前で立ち止まり、「このコンセントに間違い無いですよね?」
と坂本が綾香に尋ねた。
「はい、それに間違いありません!」
綾香ははっきりとその問いに答えた。
「少し離れていてください。
万一の事も考えなくてはいけませんから…」
坂本の万一の事とは触った瞬間に爆発とかしないかという事だった。
綾香を少し離れさせて大地が持ってきた黒い鞄の中からドライバーを取り出して分解し始めた。
ネジを全て取ってから上蓋を外すとそこに見た状況に綾香はハッとするのだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

密室島の輪舞曲

葉羽
ミステリー
夏休み、天才高校生の神藤葉羽は幼なじみの望月彩由美とともに、離島にある古い洋館「月影館」を訪れる。その洋館で連続して起きる不可解な密室殺人事件。被害者たちは、内側から完全に施錠された部屋で首吊り死体として発見される。しかし、葉羽は死体の状況に違和感を覚えていた。 洋館には、著名な実業家や学者たち12名が宿泊しており、彼らは謎めいた「月影会」というグループに所属していた。彼らの間で次々と起こる密室殺人。不可解な現象と怪奇的な出来事が重なり、洋館は恐怖の渦に包まれていく。

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

無能力探偵の事件簿〜超能力がない?推理力があるじゃないか〜

雨宮 徹
ミステリー
2025年――それは人類にとって革新が起きた年だった。一人の青年がサイコキネシスに目覚めた。その後、各地で超能力者が誕生する。 それから9年後の2034年。超能力について様々なことが分かり始めた。18歳の誕生日に能力に目覚めること、能力には何かしらの制限があること、そして全人類が能力に目覚めるわけではないこと。 そんな世界で梶田優は難事件に挑む。超能力ではなく知能を武器として――。 ※「PSYCHO-PASS」にインスパイアされ、本や名言の引用があります。

どんでん返し

あいうら
ミステリー
「1話完結」~最後の1行で衝撃が走る短編集~ ようやく子どもに恵まれた主人公は、家族でキャンプに来ていた。そこで偶然遭遇したのは、彼が閑職に追いやったかつての部下だった。なぜかファミリー用のテントに1人で宿泊する部下に違和感を覚えるが… (「薪」より)

【完結】残酷館殺人事件 完全なる推理

暗闇坂九死郞
ミステリー
名探偵・城ケ崎九郎と助手の鈴村眉美は謎の招待状を持って、雪山の中の洋館へ赴く。そこは、かつて貴族が快楽の為だけに拷問と処刑を繰り返した『残酷館』と呼ばれる曰くつきの建物だった。館の中には城ケ崎と同様に招待状を持つ名探偵が七名。脱出不能となった館の中で次々と探偵たちが殺されていく。城ケ崎は館の謎を解き、犯人を突き止めることができるのか!? ≪登場人物紹介≫ 鮫島 吾郎【さめじま ごろう】…………無頼探偵。 切石 勇魚【きりいし いさな】…………剣客探偵。 不破 創一【ふわ そういち】……………奇術探偵。 飯田 円【めしだ まどか】………………大食い探偵。 支倉 貴人【はせくら たかと】…………上流探偵。 綿貫 リエ【わたぬき りえ】……………女優探偵。 城ケ崎 九郎【じょうがさき くろう】…喪服探偵。 鈴村 眉美【すずむら まゆみ】…………探偵助手。 烏丸 詩帆【からすま しほ】……………残酷館の使用人。 表紙イラスト/横瀬映

僕達の恋愛事情は、それは素敵で悲劇でした

邪神 白猫
ミステリー
【映像化不可能な叙述トリック】 僕には、もうすぐ付き合って一年になる彼女がいる。 そんな彼女の口から告げられたのは、「私っ……最近、誰かにつけられている気がするの」という言葉。 最愛の彼女のため、僕はアイツから君を守る。 これは、そんな僕達の素敵で悲劇な物語──。 ※ 表紙はフリーアイコンをお借りしています ↓YouTubeにて、朗読中(コピペで飛んでください) https://m.youtube.com/channel/UCWypoBYNIICXZdBmfZHNe6Q/playlists

双極の鏡

葉羽
ミステリー
神藤葉羽は、高校2年生にして天才的な頭脳を持つ少年。彼は推理小説を読み漁る日々を送っていたが、ある日、幼馴染の望月彩由美からの突然の依頼を受ける。彼女の友人が密室で発見された死体となり、周囲は不可解な状況に包まれていた。葉羽は、彼女の優しさに惹かれつつも、事件の真相を解明することに心血を注ぐ。 事件の背後には、視覚的な錯覚を利用した巧妙なトリックが隠されており、密室の真実を解き明かすために葉羽は思考を巡らせる。彼と彩由美の絆が深まる中、恐怖と謎が交錯する不気味な空間で、彼は人間の心の闇にも触れることになる。果たして、葉羽は真実を見抜くことができるのか。

処理中です...