罪人(つみびと)

黒崎伸一郎

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私への依存

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この女性が私に依存するという局面になるとはもちろん私には想像すらしていなかった。
当時私は四十を超えていた。
三十過ぎの女性との出会いはないこともないだろう。
だがここは病院である。
しかも精神病院での入院であった。
彼女は瑠衣と名乗った。
私も当たり前のように本名を言った。
いろいろ話している間に彼女の人生が少し見えてきた。
彼女には旦那さんと二人の子供がいた。
姑との相性が悪く二人の子供も小さい為育児に苦労していたらしい。
いろんなことを考え過ぎてうつ病にかかり何回かの通院を経て入院という事になったのだと瑠衣は話した。
私は瑠衣の話を聞いてあげて少しでも気が楽になればとの思いはあった。
私のような似非とは違い本当に悩んで入院している人に私が何か意見する言葉は見つからなかったのである。
日にちが経つにつれて瑠衣は私と話をしたがった。
病院内でも知り合った患者は何人かいるはずだったが、食事のたびに私の隣に来て一緒に食べるようになった。
夕飯が終わるとフロアに行ってソファに一緒に座ってテレビを見たり話をして寝る時間になるまで一緒にいる事が多かった。
ある時は就寝の時間が過ぎているのに「もう少しだけ…」
と言って一時間も二時間もソファに座っている時もあった。
私も小綺麗な女性と話すのは嫌なわけはない。
現に病院内では瑠衣が一番きれいでは無かったかと思ったほどだった。
だが、一週間に一度家族が面会に来るのである。
旦那と二人の娘、親子三人で母親の見舞いに来るのだ。
その時の瑠衣の目は確かに娘の母親の目をしていた。
やっぱり子供は可愛いんだな…という感触を私も持ったのだった。
それを目の前で見ているから退院したら旦那と娘のもとに帰るんだな…と思うのは当然だった。
私は旦那とは話はしなかったが、フロアで娘二人と話す瑠衣は普通の母の顔に見えたのだった。
面会が終わり旦那と娘二人が帰ってからも瑠衣は私の隣を離れようとはしなかった。
私がトイレに行こうとしたら部屋に帰るのかと感じて袖を持って離さない。
「トイレに行くだけだから…」
と言うと我に返ったように指の力を緩めて私の袖から手を離した。
私はいけないこととは理解しながらもその場の心地よさを求めて瑠衣と一緒に居たのだった。
もちろん身体の関係はない。
入院していてそれぞれ個室とはいえ他人が入るわけにはいかない。
だが、瑠衣と知り合って一週間が過ぎた頃、廊下の見えないところでふと瑠衣がキスをしてきたのだ。
幸い患者や看護婦の誰にも見られなかったが、もし見られでもしたら強制退院させられる可能性がある。
私はまだ退院する理由にはいかないのだ。
昼ごはんを食べてフロアで話をした後のことだった。
私は少し慌てはしたが、そのキスを嫌がったりはしなかった。
だがそのキスの後で少ししてこんな事をしている場合じゃない事に気がついた。
彼女は確かに私に依存しかかっていた。
私も彼女はいない。
ただし彼女は人妻である。
可愛い娘も二人いる。
これ以上深入りすることは私にとっても良くないことであるのは確かだった。
だが、悲しいかなそんな意思とは反対の行動をとってしまったのである。
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