罪人(つみびと)

黒崎伸一郎

文字の大きさ
上 下
4 / 23

何も考えずに…

しおりを挟む
実は私と文は結婚式をあげていない。
それだけではない。
籍さえ入れてなかったのだ。
何故…?と聞かれても、当時の私にはその何故…さえわからなかった。
無知なのかもしれない。
常識という言葉を知らなかったのかもしれない。
常識のある人は?…
クエッションを抱くに違いない。
だが当時の私はどの様にすればいいのかわからなかったのである。
いや、それは単なる言い訳に過ぎない。
当時、私は文の親に付き合う事を反対されていた。
文の父親は文が二十歳の時、癌で亡くなっていた。
文は父親が亡くなった時に自分の名義で親の持っていた土地にマンションを建てた。
もちろんローンだったが、私とは違い立派な女性であった。
そのマンションは3DKの間取りの四階建てだ。
当時四階建ての場合はエレベーターなど付けているマンションは少なかった。
一階から三階までの九家族に貸して、四階は自宅にしたのだった。
付き合い始めてしばらく経って文の実家に遊びにいった。
文の母と初めて会ったのがその時だったが、家には何度も電話をかけていた。
文は三人姉妹で長女だったが、次女はすでに結婚していて実家にはいなかった。
文は母親と三女の三人でマンションに住んでいたが、そのマンションは結構広かった。
四階の階の全てを自分たちで使っていたわけだからリビングは広々としているのは当たり前で部屋も個々の部屋はもちろん、使っていない部屋も沢山あった。
三女はまだ二十歳そこそこだったが、ボーイフレンドが時々泊まりに来ている今時のオープンな女性であった。
かなり開放的な母親なのか…?
という思いが私の脳裏をかすめたのだろう…。
私も時々、文のマンションに遊びに行き泊まる日も何度かある様になった。
遊びに行った時に三女の彼氏が来た時の事だ。
「ただいま帰りました…!」
と言って帰ってきたのだ。
三女はもちろん文の母も「おかえり!」
と言って笑顔で迎えた。
その時の印象が私の脳裏に張り付いたのかもしれなかった。
私は頻繁に文のマンションに泊まる様になった。
仕事が休みの日だけではなく、仕事が終わってからもよく訪れた。
私は文の母に気に入られたのかもしれないという思いになった。
ある日私は仕事が終わってからいつもの様に文のマンションに遊びに行った時、つい「ただいま…!」
と言ってしまったのだ。
おそらく文の母はまだ私には心を開いてはくれていなかったに違いない。
何故なら、そう言った私の顔を見た時の文の母の顔は三女のボーイフレンドの時とは違い眉間にシワを寄せている様に見えたのである。
全くもって気まずい雰囲気になったのはいうまでもない。
それ以来、私の足は文のマンションから遠ざかり母親とも話をする事がなくなったのだった。
それは文が私と一緒に暮らすことになった時も文の母に挨拶すらせずに長女が生まれた時にも同じような仕打ちをしてしまったのである。
結婚式どころか籍さえ入れず、子供が生まれた時でさえ同じ様な行動を取る何とも情けない男だったのだ。
長女杏が生まれて私の相変わらずギャンブル好きは変わらなかった。
いや、以前よりましてギャンブルにはまっていった。
当時、麻雀屋のマスターが週に何回かお好みを食べにきてくれていた。
私は店が終わってから後片付けをして毎日のように麻雀に出かけた。
「少し顔を出すだけだから…」
と文に言って何時も夜中に帰る様になっていた。
ギャンブルの中で麻雀だけは唯一と言って良いほど勝っていた。
確かに麻雀だけは…。

だが、ここで私はやってはいけない罪を犯してしまう。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

「神の子はただの生贄」人間らしさとは何か

陽乃 さくら
エッセイ・ノンフィクション
世界平和統一家庭連合(旧・統一教会)信者の子供達は二世と呼ばれる。 その中でも、合同結婚式により結婚し産まれた子供を『祝福二世』、信仰する前に結婚した両親の下に生まれた子供を『信仰二世』と呼ぶ。 統一教会の信仰二世として育った主人公・咲の、壮絶な半生を送りつつも、力強く生きていく姿をリアルにまとめた、一部ノンフィクション作品。 幼少期からの洗脳により、日本で生きていくための社会性の欠落、コミュニケーション能力にも乏しく、仮面を被るように生きてきた咲が、多くの精神疾患と向き合い、彼女なりに成長していく姿を書き記すことで、統一教会だけではなく、多くの宗教被害について、ぜひ皆さんにも考えていただくきっかけになればと思います。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

Breathe 〜僕の生きてきた時間〜

いろすどりあ
エッセイ・ノンフィクション
この物語は事実に基づいたフィクションです。 『僕』はごく平凡な家庭に生まれ、ごく普通の生活を送ってきた。…あの時までは。 幸せな日々を送ることができますように…

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない

月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。 人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。 2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事) 。 誰も俺に気付いてはくれない。そう。 2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。 もう、全部どうでもよく感じた。

とある男の包〇治療体験記

moz34
エッセイ・ノンフィクション
手術の体験記

天空からのメッセージ vol.88 ~魂の旅路~

天空の愛
エッセイ・ノンフィクション
そのために、シナリオを描き そのために、親を選び そのために、命をいただき そのために、助けられて そのために、生かされ そのために、すべてに感謝し そのためを、全うする そのためは、すべて内側にある

処理中です...