上 下
5 / 16

結婚詐欺②

しおりを挟む
まさに運命的な出会いと優子は思った。
会場では綾子の業績の労いと次回のオリンピックでの金メダルへの期待を込めた盛大なパーティーが繰り広げられていたが、優子にしてみれば眼中にない感じだった。
三十年近く生きてはきたが、この人(!)と思える男性とは未だ巡り会ってはいなかった。
名前も知らない男性だったが、優子の方から名前を聞き出してお礼をしたいと言い出したのであった。
もちろん俊樹が結婚しているかもしれないわけだから、優子にしてみればその時はきっぱりと諦めるつもりではいた。
優子の願い通り、俊樹は独身だった。
しかも一流証券会社に勤めていたのだ。
話によると彼女もいない!
こんな話は優子にとって夢の様なチャンスだった。
「神は我を見捨てなかった…!」
独り言を呟きながら鏡を見る。
優子は地味だが、決してブスな方ではない。
化粧をすればそれなりの美女に変わることもできた。
それからの二人はとんとん拍子に話が進んだ。
俊樹に出会うまでは結婚など考えることすらなかったが、同級生らが子供を産んでいる事を聞くたびに私も三十路になる前に結婚して子供が早く欲しいと思うようになったのである。
出会って三度目のデートの時に結婚を前提に付き合ってほしいと俊樹から言われてその日に体の関係を持った。
優子は地味ながら男性とは何人か付き合っていた。
もちろん処女ではない。
付き合った男性は最初の内は優しいが、体の関係を持った途端に変わる人が多かった。
だが俊樹は違った。
常に優しい!
ベッドの中でも優しく優子がいくまで奉仕してくれる。
優子が満足したのを確認して自分も放出してくれるのだ。
自分勝手にいく今までの男性とは全く違っていたのだ。
優子にとって俊樹は完璧な男性に思えた。
背も百七十五センチ以上はあり腹筋もハッキリ見える。
誰もが知っている証券会社に勤めていて将来の不安もない。
そこにきて優しいのだ。
もちろんマスクも悪くはない。
ハンサムとは少し違うが、可愛らしい感じで優子の好きなタイプだった。
そんな男性にプロポーズされてこれからの人生がバラ色に思えていた優子だった。
優子は本来は医師になりたかった。
だが兄とは違い、医大には受からず薬学部に行くことにした。
大学を卒業して大手の薬局で働き始めて六年が経とうとしていた。
母は幼い頃に病死して父、大三郎は一人で三人の兄弟を愛情たっぷりに育ててくれた。
大手建築会社の部長職で何時も忙しくしていたが、いつも優しい大三郎だった。
その父に俊樹を紹介したのが半月前で、父もたいそう気に入ってくれた。
俊樹は会社のホープらしく来月の会社の会議で昇進が期待されていた。
その為に何とか今月のノルマを達成して昇進を確定させる必要があった。
優子にしても未来の旦那の昇進には力を貸す必要があると感じて俊樹の今最も押す銘柄の株を大三郎に買ってくれないか?と頼んできたのだ。
再来月に式場も決まり身内になる俊樹の頼みとなれば無碍に断るわけにはいかない。
しかも俊樹が話した株の会社は今ぐんぐん業績が伸びている話題の会社だった。
株の売買にはあまり関心がなかった大三郎だったが、この会社の株ならまず下がる事はないという俊樹の言葉を信じて約一億円の株を購入したのだった。
大三郎は預金を解約して残りは退職金の前借りで何とか金を作り株を購入したのだった。
その株の証券書などは俊樹が上司と家にやってきて金と引き換えに佐々木家の金庫に保管した。
後は結婚式の日を待つばかりの佐々木家にまさかの知らせが入ったのは証券の取引が終わった二日後の事だった。

しおりを挟む

処理中です...