転生天馬は乙女に寄り添う

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第一章

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 食事をした後はカウスさんの言っていた通り、城を案内された。
 食後の運動も兼ねて……とか軽く思ってた自分を殴りたくなるくらい広い城に、内心ため息を零しながら隅々まで見て回った。

 途中途中で休憩挟んでるから肉体的に疲れてはいないんだけど、外は既に夕方にも関わらず【自動地図】を見る限り全然埋まらない城の大きさに精神が疲れた。

 そんな俺の内心の疲れを悟ったのか、カウスさんが「今日は終わりにしましょう」と言ってくれた。



(「これでも敷地の五分の一ですが……。あとは授業の合間に息抜きといった感じで回った方が良さそうですね」)

(「そうしてくれると助かります」)



 後は食堂で夕飯を食べて部屋に案内されて眠った。
 馬だから外でとも思ったけど、どうやら姫様のペットという扱いは決定らしく、屋内で過ごすようにと言い含められた。

 ベッドの上に登って脚を折る楽な体制で目を閉じた。
 思い浮かべるのは案内された城のこと。
 城の一階は俺が案内された客室や使用人達の休憩室、食堂や倉庫が端の方に追いやられる形であって、あとは大きいパーティホール。謁見室、大広間、中庭、裏庭etc…
 まあ、城の内部も広いが中庭も広いこと広いこと……。
 城門が二つもある時点でお察しだよな。

 ちなみに本城門の外、第二城門の中には近衛兵とかの詰所や馬小屋なんかがあるらしい。
 そっちは案内されるとしても最後とかだろうな……。いや、馬小屋あるから近々行くかも知れないか?
 そこに住むことになったらマジ馬だな。羽の生えた青い馬。…………いやただの事実でしかないけど。

 はぁ……。マジでみんな、今頃どうしてんだろ?
 無事に居てくれると良いけど……。



   ✳︎   ✳︎   ✳︎



 朝、ふかふかのベッドの上で目覚めた俺が一番最初に見たもの、それはこの国のお姫様だった。

 おい、これはダメじゃないのか?
 一国の姫が共も付けずに正体不明なヤローの寝室に一人で来て。

 お姫様は俺が寝ていたベッドに両肘を付き、その上に顎を乗せてキラキラした目で俺を眺めていたようだった。
 俺が目を開けた事で急いで立ち上がって身なりを整え、お姫様然とした姿勢を取ったのは流石といえば良いのかなんなのか……。



「Uyohao. Ina Rurjiutsu Batoko」



 相変わらずなんて言っているのかわからないこの世界の言葉に俺が首を傾げると、お姫様──いつの間にか回復術師からお姫様に呼び名が変わったな──はドレスの裾を摘んで可愛らしくお辞儀した。

 ああ、もしかして朝の挨拶でもされたのか?

 なんとなく雰囲気で察した俺は、ベッドから降りて小さく頭を下げながら挨拶を返した。



(「おはよう」)

「‼︎Sou. Rurjiutsu」



 そんなキラキラとした顔で喜ばれると、こっちも釣られて笑ってしまう。

 まあ、今の俺(馬)にはっきりとした表情があるのかは知らんけどな。
 さて、お転婆お姫様を返して俺はさっさと朝飯をいただきたい。幸か不幸かこんな良い城に転がり込めたんだし、衣食住に困らないうちに知識もいただいてみんなを探しに行きたいところだ。



(「じゃあ、俺は朝飯を食いに──」)

「Masa SUPICA. ?Koso Rui」



 部屋から出ようとしたら扉の外から女の人の声が聞こえた。
 声の感じからしてメイドさんの一人だろう。



「Izuma. KIRA Rukatsumi」



 あわあわと慌てふためくお姫様を見て「ああ、逃げたか抜け出したかしたんだな」と察した。

 とんだお転婆じゃじゃ馬姫ってわけだ。



「?Masa SUPICA」

「?K Rusu Udo. Ika 1 Koko...」



 窓をチラチラと見てる……。
 まさか、一刻の姫が窓から外に出ようとか思ってないよな?

 そのまさかだった。
 お姫様は窓を静かに開け放つと、ドレスのスカートをたくし上げてヒラリと外へ飛び出して行った。

 いや、うん。確かにあのくらいの女の子なら楽々通れるくらいの大きさの窓だけど、腰上くらいの高さをドレスで楽々飛び越えるって…………運動神経俺より良くないか?
 これが異世界クオリティなのか?
 めちゃくちゃ羨ましいんだが?

 なんてことを考えてたら、メイドさんが部屋の中に入ってきた。



「Rusu Maja」

(「お姫様なら窓から出ていったぞ」)

「⁈Susgape」



 この部屋に俺が居るって知らなかったのか、メイドさんがめちゃくちゃ驚いてる。
 なんとなく申し訳なく思いながらも、向こうの言い分は分からないけどこっちの言いたいことは伝わるから、言うだけ言って俺も行動に移ることにした。



(「俺が目覚めた時には既にこの部屋に居たんだよ。なんでかは知らないけどな」)

「Masa SUPICA... Rua Doho Chanya Tohi Noa Kutamma」



 やれやれといった風なメイドさんに思わず「お疲れ様です」と言いたくなるが、これもフラグになりそうだし何様だよと思って飲み込んだ。

 お淑やかな礼を見せてメイドさんが部屋を出ていったあと、俺は空腹を思い出して昨日案内された食堂へと向かった。

 廊下ではメイドさんが掃除をしていて、俺が通るたびに掃除の手を止めてうやうやしく挨拶をしてくる。
 どうやら俺は"貴賓きひん"であり"お姫様のペット"という事は既に周知されてしまったらしい。

 いやいや俺そのうち出ていくぞ?
 美貴、夏帆、辰巳、そしてマスターを探しに行って無事かどうか確かめるまで安心できない。
 とりま最優先は自分の事だけどな。
 自分のことすらまともにできない奴が他人の心配するのは優しさでもあるが同時に足手纏いの可能性も出てくるからな。そこは慎重になるべきだし、相手の重荷になるくらいなら黙って見ててくれた方が俺は嬉しい派。
 だから、力がないくせに偽善者魂発揮して仲間の危機を誘発する系ヒロインは苦手なんだよな。基本紳士的に振る舞ってる俺でも好き嫌いはあるんだぜ?

 なんて色々考えてたら食堂に到着した。
 これは一応ノックするべきなんだろうな。

 前脚を器用に使って、位置は低いがひづめで扉をノックした。



「?Reda」

(「すみません。朝食を頂きにきたんですけど、食堂で摂って大丈夫ですか?」)

「Masa Susgape. Ruiha Zoudo」

「Io,Ina Rujiutsu Batoko」

「T Dauso. ?Rusu Udo」

 男二人が中で何か話し合ってるけど、やっぱりこの世界の言葉を理解するのは最優先事項だな。
 いっそのことスキルで取っても良いかもとは思うけど、学べる環境があるならそっちの方が良い。知識は力って言うしな。

 一人でうんうん頷いてると、扉が開かれて手招きされた。

 ボディランゲージが使える人間って良いよな……。
 俺も早く人間になりたーい。なんつって。
 そして朝食。
 洋風らしくサラダとパン(バケット?)とスープ。そしてなぜか俺だけデザートにフルーツの盛り合わせが出てきた。

 これは特別扱い……。
 いや、まあ……この国の姫様と執事バトラー──もしかしたら家令スチュワードかもしれない──カウスさんがそう言ったならこうなるよな。



(「やはりこちらにられましたか」)



 噂をすればカウスさんが厨房があるだろう方からトレイ片手に優雅にやってきた。
 従業員用の紅茶だろうか? 四つのカップに少し大きめのティーポット。角砂糖とミルクカップが載っているトレイを揺らす事なく静かにテーブルの上に置いた。

 なんで偉い人が茶の用意してんだ? 趣味か?



(「……ペガサス様も飲まれますか?」)

(「え? ああ、紅茶ですか?」)

(「紅茶もご存知なのですね」)



 普通に答えたけど、やっぱり魔獣が人間の生活を知ってるって変なんだろうな。
 これから俺は変にフラグを立てないように、人間の知識を封印したほうが良いんだろうか?
 ……なんか、知識の封印って格好良いな。
 厨二病っぽいけど、人間の7~8割はずっと厨二病なんだよ。みんな格好良い単語とか大好きだろ? 俺は特別だとかは思わないけど、それくらいの可愛い厨二病はきっとずっと治らないんだよ。たぶん。



(「お飲みになられますか?」)

(「あ、自分は大丈夫です。…………水で」)



 本当はコーヒーとか飲みたいけど、もう人間の知識をひけらかすのはやめとこう。
 もしもこの先マスターに会えたら、その時に作ってもらおう。楽しみは後に取っておくタイプだからな、俺は。
 その時は絶対みんな一緒に、昔みたいに楽しく過ごせたら良いな……。

 そのために、この世界での生きる力を身に付けないとな。



(「カウスさん、早速ですけど勉強教えてもらって良いですか?」)

(「かしこまりました。では、少し仕事を片付けてから参りますので、自室でお持ちください」)



 忙しいところ申し訳ないなと思いつつも、享受できるところはしっかり貰っとかないとな。親父も「貰っておけるものは貰っておけ。特に若いうちはな」って言ってたし。「自分が大人になったら、今度はお前が若い奴に与えられる立派なやつになれ」とも言ってたっけ。

 自室に戻りながら、この世界の転生して大して時間が経っていないにもかかわらず、懐かしい思い出が芋づる式に思い出されていく。

 親父にそんなことを言われたのは、確か近所の婆ちゃんから貰った小遣いの件だった。それのせいでカンナと喧嘩したっけ。
 「なんでお兄ちゃんばっかり」ってな……。

 こんなことを思い出すなんて、思っていたよりも俺は不安で、寂しいのかもな……。



 馬の身ながら器用に扉を開け、あてがわれた自室へと戻った俺は、カウスさんが来るまでやることもないからと自分の保有スキルを見直すことにした。


(【鑑定】)



《名前:なし
 種族:幻獣種 ペガサス
 LV:2
 HP体力:102
 PW攻撃力:270
 DF防御力:124
 SP素早さ:320
 MP魔力:1030
 称号:『転生者』、『幻ノ魔獣マボロシノマジュウ
 スキル:【水属性魔法】Lv.1
     【風属性魔法】Lv.1
     【雷属性魔法】Lv.2
     【重力魔法】Lv.2
     【回復魔法】Lv.1
     【補助魔法】Lv.1
     【剛力】Lv.1
     【俊足】Lv.1
     【魔法師】Lv.1
     【HP自動回復】Lv.1
     【MP自動回復】Lv.3
     【物理攻撃耐性】Lv.1
     【魔法攻撃耐性】Lv.2
     【冷気耐性】Lv.1
     【氷結耐性】Lv.1
     【誘惑耐性】Lv.1
     【視覚強化】Lv.1
     【魔力感知】Lv.2
     【思考加速】Lv.1
     【索敵】Lv.1
     【隠密】Lv.1
     【領域支配】Lv.1
     【種族統制】Lv.1
      (称号:『次期王』特典、固有スキル)

     【鑑定】
      (称号:『転生者』特典、ユニークスキル)
     【念話】
     【威圧】
     【暗視】
     【第六感】
     【幻獣浄化ゲンジュウジョウカ
      (称号:『幻ノ魔獣』特典、固有スキル)
スキルポイント:1600》



 疲労が取れてすっかりステータスも元通りだな。
 まあ、あれだけ休んで疲労が取れてなかったらなんの冗談かと思うけどな。
 しかし、勉強もそうだけどスキルやステータスをもっと上げないとどうしようもないよな。
 神様曰く「簡単には死なない」らしいけど、しょっぱなからサイクロプスとエンカウント(不本意)したしな……。
 【隠密】が気配を消してゲットできたなら、体力向上系の【剛力】とか【俊足】なんかは筋トレすれば経験値貯まったりするだろうな。……よくある設定的に。
 あとはHPとDFを底上げするスキルも欲しいところだよな。
 …………何すりゃいいんだよ。
 体力向上は……とりあえず運動すりゃ良いのか? それで【俊足】とかの経験値も貯まれば儲けもんだし、防御力もワンチャンあれば良しだな。
 つか、【魔法師】をどうやって上げるかだな。魔力向上ってことは……魔法の練習? よくあるパターンだと、限界まで魔力を使うってのがセオリーだけど……。
 考えても始まらないし、自由に動けるようになったら色々特訓してみるか。

 そうやって今後の計画を立てていたら、控えめなノックの音が聞こえてきた。

 カウスさんかな?



(「どうぞ」)



 入ってきて良いよと言ってから微妙な間が空いて、ガチャリと扉が開いた。
 念話で「失礼します」と言いながら入ってきたのは、やっぱりカウスさんだった。
 カウスさんは俺の目の前までやってきて、にこやかに「実は、念話は相手の姿を思い浮かべなければ使えないという欠点があるのです」と説明した。



(「出会って間もないペガサス様の姿を意識しなければならないので、どうしても時間が掛かってしまうのです。相手が目の前に居れば、その限りではないのですが」)



 妙な間があった事が気になってないって言ったら嘘になるけど、それにしたって怖いんだが? なんだ? なんで思考読まれてんだ?



(「【念話】を始めて使う者には、一度説明している事なのですよ」)

(「……ああ、そうですか」)



 にしたって怖すぎる。
 やっぱりこの人には逆らわないでおこう。そう思った瞬間だった。



(「さて、さっそくですが【念話】を使わない、人間の言語を学びたいという事でしたので……簡単な会話と幼児向けの教科書、そして絵本を持ってきました。まずは読み書きから少しずつ覚えていきましょう」)

(「はい。よろしくお願いします!」)



   ✳︎   ✳︎   ✳︎



 机に向かうこと2時間……。
 【念話】のおかげで日本で言うところの五十音の聞き取りと、英語で言うローマ字の書き方・読み方はある程度覚えられた。

 こういうのは法則性が大事なんだよな。
 マジで日本語と英語を足して2で割ったような書き方には未だ混乱するし、発音とかもまだまだつたないけど、挨拶とか簡単な言葉のやりとりならできるようになったと思う。



(「ペガサス様は優秀なので、教える身としては楽しいですね。では、復習しましょう」)「お、は、よ、う、ご、ざ、い、ま、す」(「私は今、なんと言いましたか?」)

(「おはようございます」)

(「正解です。では次です」)



 そんな感じで休憩を挟みながら、昼食までの時間を使ってカウスさんに言葉を教えてもらった俺は、幼児向けの絵本が読めるようになった。

 漢字もカタカナも無いって、凄い楽なんだな。
 日本、言葉に対して複雑すぎじゃね?



(「素晴らしいですね。たった4時間ほどで人間の言語を理解してしまえるとは。これも幻獣種の成せるワザ、なのでしょうか」)



 いや、多分俺が規格外なだけだと思う。元人間だし。高校卒業程度には知能あるし。



(「優秀なので、明日からはもう少し専門的な用語集をお持ちいたします」)

(「……はい。ありがとうございます」)



 嬉しくない。ありがたいけど。……いや、学べる環境があるのは嬉しいことだ。



(「昼食を召し上がられましたら、昨日の続きで城の案内をさせていただきますが、私ではなく替わりの者を寄越しますのでご了承ください」)



 丁寧に頭を下げたカウスさんは、頭を下げた状態のまま「では、失礼ですが私は仕事があるのでこれで失礼します」と部屋を出て行った。
 俺はすぐにふぅ、と小さく息を吐き出した。
 終始丁寧な態度を取られて、こっちが逆に緊張したからだ。
 やっと肩の力が抜けた気がすると、勉強のせいだけじゃない疲れに体を思いっきり伸ばした。

 あー、横になりたい。けど、馬の場合立ってる方が落ち着くんだよな。草食動物の本能なのか知らないけど。

 疲れが体にしっかり反映されたのか、盛大に腹が鳴った。
 やっぱり頭を使うと腹が減るのは、人間でも動物でも魔物でも一緒なのかも知れない。
 とにかく午後も広大な城を歩き回るわけだからと、俺は空腹と妙な疲れに少しだけフラつきながら食堂へと向かった。
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