アベレーション・ライフ

あきしつ

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四月:終わりの始まり

第13話:事件は終わる

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「作戦って何か考えてんの?」
「ごめん!何もない!」
一連の事件の犯人、本郷白兎を快達は前にした。この男を捕らえられれば全てが解決する。
「ちっ、バレてんのかよ」
逃走を見破られ、本郷は心底不機嫌なようだ。大学生であればこの程度で腹を立てたりはしない。これも恐らく薬の影響だ。
「存外、逃げ腰のようですね。電樹、赤道真白を探しに行きますよ」
「わーってる。んじゃ任せたぞ」
電樹と冬真はさらに廊下の奥へと向かっていく。本郷が上から来たのなら赤道が上で拘束されている可能性が高い。
「さーてとどんな薬打ち込んでのか知らないけど…」
快は全身に炎を纏う。入学の際に快の制服は耐熱性があるようにと注文したので快の業火に制服が灰塵に帰すことはない。
「"炎纒・フレアバーニング"!」
快、祐希、怜奈、身強と本郷の周囲を赤い炎で囲む。相手の退路を断つ。蒲田に二年間教わったやり方だ。二十三家の基本的な戦闘方針は先手必勝。対敵した際の迅速な判断と攻撃だ。
「ちっ…」
「お前の退路は完全に断った。んじゃ大人しくお縄にかかってくれ」
後方を振り向く本郷との距離を一気に詰める。意外と本郷は動きが遅い。とはいえ油断してガスマスクを取られるのは避けたい。
(顔を守りつつ距離を詰める!)
霧には実体が無く、防御は不可能に近い。やれる!快は確信する。
「エアード!」
「えあーど?」
本郷はそう叫んだ。自身の防衛本能を押し退けて。"エアード"という単語が何か、快は一瞬考えた。
「ぐあっ」
握りこぶしを作っていた右腕の肘に衝撃と共に激痛が走った。肘が抉れている。
「抉れてやがる…逃走用の駒がいたのかよ」
「大丈夫?治せる?」
倒れこんだ快の元に怜奈が駆け寄る。抉れた肘の肉面からは赤黒い血管や白い筋、神経か何かが露出している。これを見ても発狂しない女子なんてこの世に何人いるのだろうか。
「ああ…時間は掛かる。時間稼ぎ頼む」
快は右肘を掴んで炎の輪から抜け出す。
「全く…考え無しに突っ込むからだよ…時間稼ぎなんかしないからね。一矢報いたきゃさっさと治せ」
「ガハハ!腕ぶった斬るつもりだったがな!さすがの反応速度だ!」
エアードと呼ばれた男が本郷の前に立つ。
「異能力者とはいえ重傷を負わせて何も思わないのか。イカれてんなあんた」
祐希が両腕に光を展開する。それを合図とするように怜奈と身強も異能を発動する。
「逝け」
祐希はエアードの顔面に飛びかかり掴もうとする。祐希が異能力発動中に体を触れられればその者は、静かに息を引き取る。エアードは手のひらで祐希の攻撃を止める。
「!鼠?」
祐希の手のひらとエアードの手のひらがぶつかったように見えたが、その間には命を失い、冷たくなった一匹の鼠がいた。
「成る程ね、僕の異能が本当に人を殺せるか試したってわけだ。そんな無駄なことを」
「すげえなあ俺もそんな力に目覚めてみてえよ!」
手のひらに横たわる鼠をエアードは楽しげに見つめる。
「でもなあ…人を殺すことぐらい俺にもできる」
手のひらに横たわる鼠が臓物と血液を撒き散らして破裂する。
(──!!攻撃動作が無い!?)
「僕の異能がすごい?ふざけるな。僕はこの力に満足したことはない!」
再び、今度は顔ではなくその他の部位を狙う。
「人を殺せる力を躊躇無く行使するとは!どちらがイカれている!」
(今鼠を殺した時の攻撃動作が全く無かった。奴の異能は何だ?)
「うるさいな、抑えてるに決まっているだろう阿呆が」
攻撃動作もせずに肉体を破壊出来る力なのか、どちらにせよ接近戦は難しい。
「怜奈!氷結を!」
祐希は怜奈を振り向く。怜奈は冬真と全く同じフォームでエアードに氷をぶつける。
「……やっぱ届いてないな」
祐希はエアードの前で停止した氷を睨む。まるで間合いに入るのを拒否されているようだ。さらに快の肘同様に丸く抉れている。
「…成る程ね、君の能力は分かった。空気を破裂させる。だね?」
「ハッハッハ!正解だ!だが!それが分かったところで何も変わらん!」
エアードは祐希に飛びかかる。手のひらを顔に近づける。祐希はその手を振りほどかない。
「いや、それが分かれば鎮めることなんて簡単だ。今君の周囲を散っている氷の欠片。なぜ砕けないか分かるかい?」
「何?」
「それは君の異能力が発動していないからだ。つまり触れたものにのみ発動するタイプなんだろ?ならばとるべき対策は一つ」
祐希はエアードの手に触れぬよう、腕を掴み振りほどく。
「異能力・雷電!」
「"速度強化スピードポイントβベータ"!」
雷電・電樹の異能を使う怜奈と機動力を強化した身強がエアードに蹴りを入れる。
「速度で勝つのみ」
エアードは白目を剥く。速度により強化されたパワーは凄まじい。屈強な大男も一撃で落とせる。
「く……そ……」
エアードはその場に崩れ堕ちる。
「さてと…止めはちゃんと刺さないとね。"極楽殺法"」
力無く倒れるエアードの肩に閃光を帯びた祐希の手が触れる。触れた肩から白い煙が発生し、エアードはゆっくりと目を瞑る。
「眠れ」
祐希はエアードから手を放し、その両手を合わせる。
「死んでない死んでない」
あたかも自ら殺したような素振りをする祐希に身強が呆れ顔で突っ込む。
「クソ!あの役立たずが!」
三人はすっかり忘れていた本郷の存在を再認識する。
「ああ、そういやいたね。君」
ガスマスクにより毒問題も解決済み、エアードも倒した。最早本郷に切れるカードはない。
「快の炎で逃げ道はない。赤道さんもいずれ助かる。いや、もう助かっているかな?」
「っ!おい!最上階に登ってこい!ちっ、何で応答しないんだよ!クソが!」
「無駄だよ。勝手に全戦力ぶつけてきたのは君だろ?」
本郷の手下は本郷自身が前半戦に全てぶつけてきた。それ故に手下は今頃全滅。エアードで始末できると高を括っていたのか、駆けつける兵士はいない。
「大人しく投降しなよ、二人も殺めたくないからさ」
「だから死んでないって」
打つ手のない本郷には挙げる手しか残っていない。本郷は唇を噛みしめながら両手を挙げ、異能力を解除する。霧が霧散していく。
「どうやら終わっちまったみたいだな」
「あ、快!」
傷が完治した快はふらふらと炎の輪に入る。
「ああ、全く見せ場無しかよ」
「いや、君の包囲のお陰で逃がさずに済んだ。それは認めよう」
祐希がズボンの埃を払いながら言う。入学以来ずっとライバル関係にある二人は今まで二年間、貶し合い称え合いだ。
「でもトップに立つのは僕だからね」
「言ってくれるな、いずれその鼻へし折ってやるよ」
そんな二人を怜奈は微笑ましそうに見る。
(私も頑張らないとな)
いずれは三人で、そう妄想したところで怜奈は首を振る。
「よお、そっちも大丈夫そうだな」
「電樹、"そっちも"って?」
「真白ちゃん助けようとしたらクソ雑魚異能力者に絡まれたんだけどよ」
どうやら赤道の救出に赴いた電樹と冬真の元にも異能力がいたようだ。拘束からの攻撃の連携が速い二人には問題は無いだろう。
「そちらも倒したようですね」
冬真が赤道の小さな手を引いて戻ってくる。
「わー!可愛いー!」
怜奈は冬真を突き飛ばし赤道を抱き抱える。
「ったく、これで一件落着だな」
拘束した本郷を快は立たせる。本郷は虚ろな目をしていた。異能力強化剤は効果の持続が短く、効き目がきれると倦怠感が押し寄せる。同時に思考をネガティブな方へと誘導する副作用もある。
「何を…やってんだろうな…俺…折角…先生も皆…裏切っってしまった」
「…ったく、そう思うならハナから…」
「いや…そうだよ…俺は正しい…正しい…正しいんだよ!…いや…何言ってんだ?正しいわけが…」
様子がおかしい。自らの意思を自ら否定している。本来の薬服用者に起きた過去の事例はネガティブな思考に襲われ口もきかなくなる。なのにこの男は…
「おい…冬真…これも副作用か?」
「いえ、こんな状況に陥った事例はありません!」
狂ったように手錠をほどこうとする。鉄部分に手首が当たり、肉が潰れる。
「正しくない!間違いだ!何もかも!生まれた時から!存在自体がゴミなんだよ!は?違う、俺は正しい!今までもこれからも!うああ…違う!間違っているからこうなった!ろくでもない俺を!信じてくれた親も教師も友達も!全てが間違っている!……ああそうさ、全てゴミだ。俺以外は!俺以外は全てゴミなんだ!うひゃっ、あはは、あははははっ!ひゃはっ!……う…が…君…たち…おね…がいだ…殺…して…くれ…」
狂気、という言葉以外で表すことの出来ない本郷は快達に自らの消失を依頼する。一瞬大人しくなった本郷は再び暴走する。
「うあああああああ!あ…あ…うがあああああああああああああ!!」
霧が発生する。その瞬間に体を毒され、快達は倒れる。
「あはははっ!見ているかい?私に期待なんかした愚かな猿共!そして君も見ているかい?」
(一人称が変わった?なんだコイツ、ってヤベ意識が…)
「私を憎む!鳥束!つばさああああ!」
消えかけていた意識が意外な名前の登場に覚醒する。

「…ああ、見てるよ」

その声と同時にものすごい風圧で霧が飛ぶ。地面が割れ、倒れた快達は吹き飛ばされる。
「君は本当に腐った魚のような人間だ」
白目で荒ぶる本郷の首に鳥束は一撃を入れる。その手刀のみで再び暴風が発生する。
(先生?でも…この力はまるで…ただの異能力者では…ない…よ…な…)
意識が薄れていく。視界は歪んでいて何も見えない。皆は無事なのだろうか。消え行く意識に抗えず、快の意識は闇に落ちた。


「…い…かい…快!」
聞き慣れた声を聞いて快は飛び起きた。
「!怜奈!あ、あれからどうなった?てかここどこ?赤道さんと本郷は?」
とりあえず質問が止まらない。
「もう、私聖徳太子じゃないんだから」
「いや俺は一人しかいないよ?」
快の正論に怜奈は眉をひそめる。
「あーもーそーゆうことじゃない!一個づつ答えるよ?」
「ああ、悪い…」
「あれからのことは残念だけど皆覚えてない。ここは保健室!赤道ちゃんは保護されてて本郷は警察行き!以上!」
ざっくりすぎる。割りと几帳面な怜奈がこの程度の説明しかしないということは、この程度のことしか起きていないのだろう。
「俺…何日寝てた?」
「うーんざっと0.0417日ってとこね」
「あ、そう」
0.0417日は無論一時間を日に直したものだが今それが事実かを確認するほど快の気分も良くない。無理もない。今まで狂人と闘ったことはある。だがいずれも意思のしっかりした狂人だった。だが本郷は正気と狂気を行ったり来たりしていた。
「何だったんだろうなあいつ」
「分かんない。さ、戻ろうよ」
快はベッドから出る。つい数時間前まで飛んだり跳ねたりしていたのに、動くのは随分と久しぶりな感じだった。死力を尽くした感はあった。だが鳥束の言うことが真実であれば、こんなのレベル1のゲームに過ぎないのかもしれない。

そしてこの事件はいずれ大きなものとなる。一異能力者が引き起こしたこの事件は、この世界を変え始める。平和な日常が一転、地獄になるまでもうそんなに
長くない
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