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第二章 魯坊丸と楽しい仲間達

十九夜 魯坊丸の出陣

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 〔天文十七年 (一五四八年)夏四月三日〕
織田信長は無類の甘党だったという逸話が残っている。
俺は特に甘党ではないが、この時代は甘味が少ない。
砂糖は滅茶苦茶に高い上に、サトウキビが育つかは不明な点が多い。
すぐに手に入る甘味が蜂蜜だった。
母上に献上したホットケーキは好評だったが、高価な蜂蜜をふんだんに使ったことを叱られた。
薬用に仕入れた蜂蜜を菓子に使用することを禁じられた。
小遣いはあったが蜂蜜を買えば、すべて消えてしまう。
無ければ、どうする?
答えは簡単だ。
無ければ、作ってしまえばよい。
山を探せばミツバチはおり、その巣を取れば蜂蜜は手に入る。
だが、それではすぐに枯渇する。
そういう訳で蜜箱を造らせて、ミツバチの巣の周辺に置いた。
蜜箱を巣にしてくれるかは賭けであり、春から初夏にかけて行われる一大イベントだ。
そこに根付いた女王バチに感謝を捧げた。
だが、そんな俺の女王バチを襲ったスズメバチがいた。
俺の女王様が…………復讐すべし。
長根村の男衆に命じて、何度も夜襲を敢行していくつかのスズメバチの巣を破壊した。
死者こそでなかったが、こちらの被害も大きかった。
夜といっても木槌をもって特攻とか、間違ったら死ぬぞ。
特攻禁止。
まず、俺は陶器の玉を作らせた。
その中に効果がありそうなものを詰めて、竹酢玉、木酢玉、牛乳玉、お酢玉、消毒用アルコール玉を用意させると、遠距離から投擲でスズメバチの巣を攻撃させた。
しかし、やはり昼が危険だった。
命中率は下がったが、効果が出るまで夜襲を続けることに変更した。
こうして長い長い戦いの末に、スズメバチをさくら山周辺から駆除したのだ。
その甲斐があったのか、今年はすでに六つ巣箱にミツバチの移住を確認していた。
しかし、残念なことにニホンミツバチは年に一度しか蜜が回収できない。
だから、この冬まで蜂蜜はお預けだ。
ミツバチが冬を越せないと困るので、蜜箱から回収する蜂蜜は三分の一としている。
去年は手に入らなかったが、今年は絶対に手に入れる。
スズメバチの好きにさせるか。
そして、昨日の夕方に俺の天敵が発見されたと報告があった。
予定変更だ。

「千代女、戦の準備だ」
「はい、どこと戦うのですか?」
「さくら山の北東に発見されたスズメバチだ。俺の山ではスズメバチを徹底的に駆除している」
「では、明日の朝に出発しましょう」
「スズメバチを倒すなら夜襲だろ?」
「スズメバチなら夜襲は必要ございません」

マジですか?
山で発見されるスズメバチは、かなり大規模になってから発見される。
軽く五百頭はいる場合がほとんどだった。
昼間なら投擲の命中率は上がるが、怒ったスズメバチが攻撃してくる。
千代女は昼間でも大丈夫と言ったので、明日の翌朝に決まった。

ジャジャン、今年の新兵器のお披露目だ。
『ドラム缶入りの燻製剤』と『竹酢入りスプレー』だ。
ドラム缶と空気圧縮スプレーは金山衆に作ってもらった。
ドラム缶は薄い鉄の板を丸めたものであり、中で炊く限り山火事にならない代物だ。
スプレーはでっかい水鉄砲であり、霧状に発射させるのに苦労した。
スズメバチの巣の風上にドラム缶を配置して、火を投じるだけで飛んでいるスズメバチを撃退できる予定だ。
到着すると、でっかい山のようなクロスズメバチの巣があった。
デカい。
これだからクロスズメバチは嫌いなんだ。
土の中だから発見が遅くなり、効果がでるまで戦いが長引く。
そんな不愉快そうな顔をする俺を無視して、千代女がさくら達の名を呼んだ。

「さくら、楓、紅葉はドラム缶を設置する村人の護衛だ。一頭も通すな」
「了解です」
「はい、はい」
「お任せください」

俺の護衛に千代女だけが残ると、さくら達が村人を先導して巣に近付いてゆく。
予定していた十六尺 (5m)より内側に誘導する。
あっ、発見された。
甲高い羽音を立てると、巣から一斉にスズメバチが飛び出して、さくららを襲った。
とりゃ、とりゃ、とりゃ!
ほい、ほい、ほい。
さく、さく、さくです。
スズメバチって、小刀で倒せるものなのか?
村人がドラム缶をその場に置くと、ファイヤーピストンで火を付けて投じる。
後ろの村人がスプレーで近付くスズメバチに霧を食らわせた。

「さくら、ドラム缶の後ろに回れ。紅葉はさくらの援護を。楓は中間に移動して取りこぼしを狩れ」
「お任せください。蜂程度など、このさくらに掛かれば、イテ」
「馬鹿者。油断するな」
「すみません」

俺の常識が崩れてゆく。
蜂を相手に人間が戦えるものなのか?
二重の麦わら帽子に蚊帳網を被せ、ゴワゴワの服を二重に着ている俺が馬鹿なのか。
村人は俺ほど厳重ではないが、蚊帳網付きの帽子とゴワゴワの服を着せている。
軽装なのは千代女らのみだ。
村人が戻ってきたところで、こちらも攻撃開始だ。

「新兵器の鉄球で土壁を壊せ。壊した後にいつも通りだ」

はい。
村人達が俺の命令に従って、金山製の鉄球を巣に目掛けて投擲した。
脆い土壁を砕いて、巣が露わになった。
そこに竹酢などが入った陶器球を投げ込んでゆく。
飛んでいる奴は煙でやられて落ちてゆく、巣の中にいる奴らは竹酢などで死んでいった。
主な攻撃対象はさくらが引き受けてくれた。
こちらにも襲ってきたが、楓でほとんどを狩り、それでも抜けてきた蜂は竹酢スプレーの餌食となった。
被害者0(ゼロ)。
去年までの苦労が何だったんだ。
これでは新兵器の価値が計れない。
夏になれば嫌でも発見されるから、新兵器の価値はいずれわかるだろう。

戦いが終わると鉄球やドラム缶を回収し、落ちている蜂を集めてゆく。
最後に巣を持ち帰って宴会だ。
蜂は脂でカラっと油で揚げるのが一番美味いらしく、幼生は軽くフライパンで炒めて食べるのが格別らしい。

「さぁ、さぁ、魯坊丸様。美味しくできました」
「俺はいい」
「そんなことを言わずに美味しいですよ。望月でご馳走と言えば、蜂取りでした」
「そんなに好きなら、全部食べていいぞ」
「そうおっしゃらずに一口どうぞ。白くとろりと甘いのが最高なのです」
「さくらが食べろ」
「食べず嫌いはいけません。さぁ、お一口どうぞ」

千代女らは普通に食しているが、俺だけ手を付けずに他の物を食していた。
すると、さくらが世話をやきにくる。
どうして、こいつは俺の世話をやきたがるんだ。
蜂を食う気にならないし、況して、幼生は芋虫みたいで嫌なんだよ。
要らないっていっているだろう。
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