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第二章 魯坊丸と楽しい仲間達

閑話(十六夜) 広忠の憤慨

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〔天文十七年 (一五四八年)春三月十五日〕
 岡崎城では、松平まつだいら-広忠ひろただが叔父である松平まつだいら-信孝のぶたかが置いた城代の説得に成功し、信孝の兵を追い出して城の奪還を成し遂げた。
 だが、広忠は苛立っていた。
 息子である竹千代の救出、否、殺害に失敗したからだ。
その報告をする岩松いわまつ-八弥はちやを広忠が睨んでいた。
 
「どうするつもりだ。すでに竹千代は奪還したと言ってしまったぞ」
「義理堅い岡崎衆を説得する為に竹千代様の奪還は必須でございました。そう言わねば、納得いたしません。致し方ないことでございます」
「何故、会った所で殺さなかった」
「そのような命令をして喜んで死にゆく者がおりますか。竹千代様を奪還し、もしも織田家に再度奪取されそうな場合は竹千代様と供に殉死せよと命じました」
「一度は確保したのであろう」
「三蔵よりの手紙にはそう書かれておりました。戸部家の家臣と斬り合って、七名が殉死、三名が捕獲されたとあります」
「何故、会ったときに即座に殺さぬのか」
「ご無体なことを申しますな。殿の為に命賭けで織田領内に忍んでいったのですぞ」
「奪還されては意味がない。犬死にだ」

 三蔵とは山口やまぐち-重俊しげとしの偽名である。
 東尾張の山田城改め、梅森北城主である松平まつだいら-信次のぶつぐ昵懇じっこんにしており、その子である忠就ただなりは広忠の側近中の側近である阿部あべ-定吉さだよしと仲が良かった。
 そもそも広忠の父である清康きよやすが尾張を攻めたときに山田城を信次に与え、信次はそのまま尾張に残った為に織田家に従うことになった。
 幼かった忠就を阿部-定吉が色々と手解きをしていたとか。
 敵味方に分かれても、その絆は切れていなかった。
 今回は、その縁を頼って竹千代様の救出の策を巡らした。
 笠寺の山口家は織田弾正忠家に不満を持っており、救出の為に隠れ家と食料、馬、小舟などを用意してもらった。
 また、先代当主の奥方が竹千代様を連れ出す手引きをして下さったとか。
 次の戦で織田信秀の首を取らねば、山口家の存続も危ぶまれる。
 そんな危険な橋を渡ってもらった。
 成功の是非にかかわらず、命を賭けた者への感謝はないのか。
 八弥は首を横に何度か振り、広忠の為に死んだ者を憐れに思った。
 この方に忠義を尽くして意味があるのだろうかと?

 八弥の父は、清和源氏で新田の流れをくむ岩松いわまつ-次郎じろう-経家つねいえの末孫で「幸若こうわか与惣太夫よそうだゆう」という舞役であった。
安祥殿(松平まつだいら-清康きよやす)に気に入られて近習に召し抱えられ、二代目の岡崎殿(松平-広忠)にも可愛がってもらった。
根無し草の岩松家が岡崎に根を張れた。
 八弥はその恩を返そうと、戦場で片目を切られても敵を葬ったことから『片目八弥』と呼ばれる豪の者である。
 八弥が選んだ岡崎松平家に忠義の厚い者十人を尾張に送った。
 
 広忠は今川から手紙を受け取ると岡崎松平の重臣に寝返りの工作をはじめた。
 重臣らの腰は重い。
 今川が勝つという確信はないと動きそうもなかった。
 今川方から催促の手紙が届き、焦った広忠は救出が成功したと報告が来ない内に「竹千代を救出した」と言ってしまった。
 重臣らは青ざめた。
 すでに竹千代を脱出させたとなれば、織田弾正忠家に弓を引いたと同じ。
 今更謝っても広忠と竹千代の命はない。
 仕方ないと思い腰を上げた。
 信孝の兵を追い出したが、「実は救出に失敗した」とか伝えれば、皆は呆れて城を出てゆくに違いない。
 本当のことは言えない。
 
「知多の坂部城主である久松ひさまつ-俊勝としかつ様に匿って頂いているというのはどうでしょうか?」
「於大の方の嫁ぎ先か」
「竹千代様の御生母であられ、竹千代様の身を案じるのは自然なことです。竹千代様が岡崎に戻ってこない言い訳となります。一時凌ぎでございますが…………」
「そうだ。竹千代は於大の所にいる。今川が勝てば、細かいことなどどうとでもなる」
 
 広忠は家臣団に於大が竹千代を匿っていると嘘を言った。
その言葉を怪しむ者もいたが、家臣らが真偽を確かめるには時間が足りない。
信孝の兵を追い出したのだ。
 明日にも安祥城の織田信広が攻めてきてもおかしくない。
 すでに戦ははじまっていた。
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