獣人国王の婚約者様

棚から現ナマ

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13 教育部屋

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どの位の時間が経ったのだろうか。
アイラは、娼館の男に無理矢理この部屋に押し込められている。
狭い部屋の中にはベッドが1台置いてあるだけだ。薄暗く、たった一つある窓は小さく高い位置にあり、アイラの手は届かない。
アイラには時間の感覚が分からなくなっていた。
部屋に入れられて数十分なのか、すでに何時間も経っているのか。

「ばあや……」
御者に蹴られていたテレサのことを思い出し、胸元をギュッと握りしめる。
逃がしてくれようと、必死に暴力に耐えてくれていたのに。
きっと怪我をしている。
どうか酷い怪我ではありませんように。アイラは祈ることしかできない。

この部屋に入れられる時、男はアイラに言った。この部屋は “教育” の部屋なのだと。
処女のまま娼館に売られた少女は、嫌がり泣きわめいても、それを犯すことを喜ぶ客がつく。
だがアイラは獣人のお手付きだ。
客に抵抗をしたり、泣いて嫌がれば、興ざめにしかならない。
だからここで教育を受ける。
徹底的に心を折られ、客の求めに応じて、どんなことにでも素直に応じるように仕込まれる。

『どんなにお高くとまっていた貴族の令嬢だろうと、すぐに男のイチモツを自らくわえるようになるんだぜ』
渾身の力で抗うアイラに、笑いながら男は言うと、アイラを置いて部屋から出ていった。

いつ教育をするために誰か来るか分からない。
アイラは腰に巻いているサッシュの中から、小さな小刀を取り出す。
刃渡り10センチにも満たない小さな物だ。
まさか刃物をアイラが持っているとは思っていなかったのだろう。アイラは調べられることもなく、この部屋に入れられた。

この小刀は、アイラが婚姻できる15歳になった時、母親から貰ったものだ。
母親から娘へと贈る、古い習わしだ。
鋭い刃先をしているが、あまりにも小さいため、誰かを攻撃したり、防御したりは出来ない。
この小刀の役割は、ただ1つ。自害のため。
貴族令嬢として純潔を守るために、いつでも携帯しておくようにと持たされたものだ。

アイラは既に純潔ではないが、ウエンツ以外の者に、その身を穢されるようなことがあってはならない。
それぐらいなら、この小刀を使うことにためらいは無い。
アイラはギュッと小刀を握りしめる。

「ウエンツ様……」
最後に一目、最愛の人に会いたかった。
まだ自分はウエンツに思いを伝えてはいない。ただウエンツの優しさに流されていただけ。何も言ってはいないのだ。



ガチャリ。
いきなり扉が開き、アイラは慌てて小刀を背に隠す。

「待たせたな。店が立て込んでいて、来るのが遅くなっちまったぜ。さぁ、お待ちかねの “教育” の時間だ」
ニヤニヤとゲスな笑いを浮かべているのは、アイラを部屋に押し込んだ男だった。

「そのすました顔が何時まで持つか楽しみだな。こっちに来い」
「きゃあっ」
いきなり男からベッドへと突き飛ばされた。

もうここまでなのか……。
男が自分の上へと乗り上げてきた。
アイラは後ろ手に持っていた小刀を、自分の首に突き立てようとした。

ドガアァァァッ!
大音響と共に、地震が襲う。
ベッドに乗り上げていた男は弾みでベッド下へと落ち、アイラは小刀を落としそうになり、慌てて握りなおす。

「なっなんだっ。何が起こったんだっ」
男は立ち上がり、辺りを伺おうにも、小さな窓は高い場所にあり、外を見ることはできない。

聞いたことも無いような大きな音だった。何かが壊れたような音だが、それにしては大きすぎる。
爆発音? 何が爆発したんだ。
もしや戦争が始まった? 今は宗主国の視察団が国に来ている。そんな時に戦争が起こるはずなど無い。
そんなことを考えるよりも、状況を確認しなくては。
男は一瞬迷うようなそぶりを見せたが、アイラを置いてそのまま出て行こうと扉に手をかけた。

ガッシャァァンッ!
またも大きな音がした。今度の音は近い。この建物が壊されたような、そんな音だ。
建物がまたも大きく揺れ、辺りに埃が舞う。
ベッドの上にいたままのアイラは大丈夫だったが、男は揺れのために体制を崩し、その場に膝を着く。

「一体何だっていうんだっ」
男は怒鳴り立ち上がると、今度こそ扉に手をかけたが、外に出ることは叶わなかった。

ドガッ!
「うわあっ」
爆発したような音と共に扉が内側に弾き飛び、扉前にいた男は衝撃で部屋の中へと跳ね飛ばされたのだった。

「アイラッ!!」
ウエンツの声が聞こえる。

部屋の中へと入って来たのは、最後に一目会いたいと願ったウエンツ本人だった。

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