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5― ウエンツ
しおりを挟むウエンツは何種類もの芋のスープを厨房で手に入れると、速攻でアイラの元へと戻った。
宗主国の国王が現れたことに厨房はパニックになっていたが、そんなことをウエンツは気にも留めないし、気づいてもいない。ウエンツの頭の中には愛しいアイラの元に一刻も早く戻ること以外ないのだから。
ウエンツは、アイラの食事は全て手ずから行うと決めている。レセプション会場で出会った瞬間からの決定事項だ。
アイラがウエンツの手から食事を食べてくれると、ウエンツは天にも昇る心地になる。
獣人であるウエンツにとって、相手が給餌を受け入れてくれたということは両想いの証だ。
ウエンツの想いをアイラが受け入れてくれたということだ。
大急ぎで持って行った芋のスープを、アイラは少しだけだが食べてくれた。熱が出ているアイラは食欲があまり無いようだったが、ウエンツが差し出すスプーンから食べてくれた。
もちろん芋のスープは先にウエンツが毒見をしている。国王自ら毒見をするなどありえないことだし、周りの者からは止められているが、ウエンツにすればアイラの世話をするのは当たり前のことだ。それどころか自分以外にはさせない。
それにウエンツならば、人族が瞬時に死んでしまうような毒だろうと、どうということはない。
アイラにもしものことがあった方がウエンツには耐えられない。
スープを飲んだアイラは、すぐに眠ってしまった。
アイラの寝顔を見ながら、ウエンツは自己嫌悪に陥る。自分の配慮の無さでアイラに無理をさせてしまった。
アイラは初めてだったというのに、余りの嬉しさと幸せと愛しさで、ウエンツは暴走してしまった。アイラが獣人よりも、か弱い人族だと思いやれなかった。
眠っているアイラの手を握りしめて、ウエンツは届かない謝罪を繰り返す。
アイラは憶えていないだろうが、ウエンツとアイラの出会いは12年も前になる。
その時のアイラは、わずか5歳の子どもだった。
12年前、ティーナダイ王国からすれば取るに足らない人族の国であるシーシュ国より、西の端にあるケムノ村周辺に魔獣が増え、このままではスタンピードが起きてしまうかもしれない。村を救ってほしいと救助依頼がきた。
スタンピードとは、いつもは群れることの無い様々な種類の魔獣達が群れをなして暴走してしまうことをいう。原因は分かっていないし、いつ発生するかも予測できない。
本来なら属国の、それも小さな辺境の村のことなどに宗主国が動くことは無い。だが魔獣のスタンピードとなると話は別だ。放っておくことはできない。
魔獣達は村や町を襲い、そこにいる人族たちを餌として喰らい、勢力を増しながら進んで行く。
スタンピードの向かう方向は誰にも分からない。最悪王都へと向かってしまえば国は滅びるだろう。
ティーナダイ王国は魔獣の討伐とケムノ村に魔獣除けの結界を張るために、魔法師団の中から1つの部隊を派遣することにした。魔法師団は魔法の使える獣人の中でも、より強い魔法を使える者達の集まりだ。
王位に就く前のウエンツは、魔法師団の部隊長をしており、ケムノ村へと赴き、そこでアイラに出会ったのだった。
魔法師団にとって、魔獣討伐はそれほど手の焼けることではない。
すぐに完了し、後は魔獣除けの結界を張るだけとなり、団員達にも余裕がでてきた。
人族に偏見が無い者や、子ども好きな者達は、村人達と交流を持ち、村の子ども達の相手をするようになった。村人達も裕福な暮らしを送っているわけではなかったが、自分達ができる最高のもてなしをして団員たちをもてなした。
ウエンツには人族への偏見は無かったが、子ども好きというわけではない。ただ他の団員たちが子ども達と遊んでいるのを見ているだけだった。
そこにアイラはいた。
人見知りらしく他の子ども達の影に隠れて、自分から団員達へと近づくことはなかった。
アイラは周りの子ども達の中では一番小さかった。あまりにも小さな子どもだった。
だからウエンツは見誤った。
初めてアイラを見た時に、雷に打たれたような衝撃を受けたことも、アイラがべらぼうに可愛らしく見えたことも、全部小さな子どもだからだと思い込んだ。無理にでも思い込んだのだ。
わずか5歳の子どもに執着するなどあり得ない。幼子に恋愛感情を抱くなど、あんまりにもあんまりな変態ではないか。
ウエンツは自分の直観と感情を無理やり押さえ込んだ。後でどれほどの後悔をするかなんて、その時には思いもせずに。
獣人には運命の番という存在がいる。
それは夢物語や都市伝説のように語られているもので、そんな甘い話をウエンツは信じてなどいなかったし、自分にそんな相手が現れるなんて、夢にも思っていなかった。
それに運命の番とは獣人同士だと聞いていた。まさか自分の運命の相手が人族の子どもだなんて、ウエンツが気づかなくてもしかたがなかったのかもしれない。
ウエンツはアイラを一目見た時から夢中になった。
ただ、幼児に執着していると周りに知られるわけにもいかなくて、何とか表面は取り繕っていた。
アイラは、そんな下心満載のウエンツに懐いてくれた。ウエンツに抱っこもさせてくれたし、膝に乗ってウエンツの手から、お菓子を食べてもくれた。
アイラが自分の手からお菓子を食べてくれた時、ウエンツは幸福感に包まれた。
その時に気づくべきだったのだろうが、自分の感情に目をつぶっていた。
優秀な魔法師団の作業にそれほどの時間は必要なく、すぐに国へ帰ることになった。
ウエンツは、どうにかしてアイラをティーナダイ王国に連れて帰れないかと思い、そんなことを考えてしまった自分を恥じた。
幼い子どもを親元から引き離そうと考えるなんて、変態の考えだ。
ウエンツは自分の心を無視することにした。アイラのことを考えないようにして、無理やり帰国の途についたのだった。
そして後悔した。
身をよじるような消失感と絶望。
アイラのことを自分の運命の番だと認めた。認めるしかなかった。
誰が何と言おうと、自分の番はアイラしかいない。自分の心に嘘は付けない。
心の底からアイラのことを愛しているのだと、嫌でも分かってしまったのだ。
年齢差が100歳以上あろうが、ロリコンと罵られようが、種族が違おうが、何の問題があるというのだ。番を求めて何が悪い。
番をこの手に抱きしめるために、ありとあらゆることをしてやる。ウエンツはそう開き直ってしまったのだった。
帰国したウエンツは、すぐにアイラの元に戻ろうと決意した。
しかし、それは叶わなかった。
ティーナダイ王国内でクーデターが起こってしまったのだ。国王に対して、王太子がクーデターを起こした。
王太子ならば、わざわざ反旗をひるがえさずとも、待っていれば国王の座は自動的に継承できると人族ならば思うだろう。だが獣人は違う。
寿命が長い獣人にすれば、国王が崩御するか、国王自らが王位を譲るまでには、何十年どころか何百年もの時間がかかる。
国王と気が合わない王太子にすれば、それほど長い間、自分が王太子でいられるかどうかは分からないと思ってのことだった。
第3王子のウエンツは王位継承権がある。国の混乱に巻き込まれるしかなかった。
ウエンツは国を出ることができなくなった。ましてや混乱している国にアイラを呼び寄せることも憚られた。アイラのことは自分が全身全霊で守るつもりだが、もしものことがある。
焦ったウエンツは、アイラの元に自分の部下を送った。アイラの安全を守るためと、アイラのことを知りたかった。
それなのに、アイラはケムノ村からいなくなっていた。
そして部下は、アイラのことを探し出すことができなかった。村人達はアイラの行き先を知らなかったし、アイラの容姿や匂いを知っているのはウエンツだけだ。獣人達に人族の、ましてや子どもの違いは分からない。
ウエンツ自らがアイラを探しに行きたかった。
何とかしてシーシュ国へと行き、アイラを探し出したいと思っていたが、願いに反してクーデターは勢いを増すばかりで、一向に収まる気配がなかった。ウエンツは国に足止めされ続けた。
我慢に我慢を重ねていたウエンツは、とうとう堪忍袋の緒が切れてしまったのだ。
愛しい番を見つけに行くことの出来ないイライラが、日和見な国王や我儘な王太子、うまい汁にあやかろうと集っている官僚や貴族たちに向かった。
ウエンツのうっぷんのエネルギーは凄まじいものがあった。
気が付いた時にウエンツは、ティーナダイ王国の国王になっていた。それでも12年もの歳月が経ってしまっていた。
やっと動けるようになったウエンツは、シーシュ国へと視察団を送ることにした。もちろん自分も視察団の一員にとして向かうために。
そしてシーシュ国に着いた初日に開かれたレセプション会場で、愛しいアイラを見つけることができたのだった。
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