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65 処罰
しおりを挟む俺は何個ものガラス瓶が割れた上に気を失って倒れていたらしい。
制服をきていたおかげで、そこまで酷い怪我を負うことはなかった。
だが、左耳と左側頭部に裂傷。左の手首と掌、両足のズボンと靴の間に無数の切り傷が出来てしまった。
保健室が使える状態ではなかったので、学校から一番近い診療所に送られ、それからは自宅療養を余儀なくされている。
「リュール、来たぞ」
ジージャ公爵家にあるリュールの寝室に、当たり前の顔をしたクラウスがやってきた。
“熊襲撃事件”の時に準備された、ベッド脇のクラウス専用となっている椅子に、これまた当然のように勝手に座る。
椅子を片付けておくべきだった。
「毎日こなくてもいいのに」
あの事件から、もうすでに何日も経っているのだが、クラウスは皆勤賞でリュールの見舞いに来ている。
「これはエルヴィン兄上からだ」
「ありがとう。エルヴィンにお礼を伝えておいて」
「分かった」
体調が良くなってきてはいるが、まだリュールの見舞いに来ることの出来ないエルヴィンは、ジージャ公爵家を訪れるクラウスに毎回リュール宛ての手紙と見舞いの品を託している。
手紙は毎回分厚い。
「リライラの処罰が決まった」
「そうか……」
子どもだからと父様は何も教えてくれないが、クラウスは事件の被害者であるリュールにちゃんと事件の事を教えてくれる。
俺を助けてくれたのは、保健室前を通りかかった人で、保健室の中から大きな音がしたのを不審に思い、中を覗いて、倒れていた俺を見つけてくれたらしい。
ありがとう。通りすがりの人。
リュールは元気になったら恩人に菓子折りでも持って行こうと心に決めている。
そのことを話すと、慌てたようにクラウスから止められた。
なぜだ?
クラウス曰く、通りすがりの人は、助けを呼ぶと、すぐにいなくなってしまったとのことだ。
保健室の扉はリライラの魔法で開かなくなっていたはずだった。それを無理やりこじ開けて、助けまで呼んでくれたのに救助活動はしないでいなくなるなんて、なんだか不自然だな。
リュールが火をつけた男は、セルジュ=デンター。スーリャ公爵家の分家のそのまた分家の男爵家の三男だそうだ。
両足太もも部分まで火傷を負って、リュールと同じ診療所に送られたそうだ。
2週間ほどで皮膚が再生する程度の傷だが、治癒魔法をかけてもらわないと痛みが酷いらしい。
隔離されていたからリュールと会うことはなかったけど、会えたら言えたのに、ザマアミロと。
そして主犯であるリライラは捕まった。
リライラは保健室にリュールを閉じ込めた後、平気な顔をしてクラスに戻り授業を受けていたそうだ。
その日の授業が終わり、自宅に帰る馬車に乗り込もうとした所を騎士達によって捕縛された。
馬車へエスコートしていたダリアスは目の前で婚約者が捕まる所を見ることになってしまった。
陛下は異例の速さで処罰を下した。
保健室が破壊されるという隠すことの出来ない事件の為、被害者のリュールに不名誉な噂が広がらないよう、早急に事件を終息させることにしたのだ。
保健室で何があったかなんて当事者にしか分からない。リュールが傷物になったという噂が必ず流れるだろうから。
いくらリライラが未成年だとしても、犯した罪が重すぎた。
リュールの尊厳を踏みにじり、最悪死に至ったかもしれないのだから。
父親であるスーリャ公爵夫妻とリライラは貴族籍の剥奪、平民に落とされた。
スーリャ公爵家は領地のほとんどを没収され、男爵へと降格させられた。
この罰を言い渡された時、スーリャ公爵は嫡男に土下座をして謝罪をしたそうだが、嫡男はそんな父親の頭を踏みつけたという。
そして、着の身着のまま荷物を何一つ持つことを許されずスーリャ親子は屋敷を追い出されたそうだ。
その後のことは分からない。
セルジュは、怪我がある程度治ったら、未成年者が入る監獄に送られる予定だ。不定期刑で、監獄の中での態度で刑期は決まる。
家族全てが平民に落とされ、全ての財産は没収された。
ただ元が平民に近い家柄だったため、暮らしがそこまで変わることは無い。ただ父親は職場を追われてしまい、再就職が難しい状態のようだから、生活は苦しくなるだろう。
公爵家の息子であるリュールに危害を加えた割には、とても軽い処罰だといえる。
本来ならばスーリャ公爵家とデンター男爵家は問答無用で一族郎党処刑されるか強制労働所に送られるのが相当と思われた。
罪が軽くなったのはリュールが国王陛下に願い出たからだ。
この事件を11歳のリライラが主犯として起こしたとは考えられないから。
それにセルジュは分家の子だが、リライラと接点がまるで無い。いつ知り合ったのか分からないままだ。
リライラから虐めをするよう直接指示されていた他の分家の子達は、手紙を机に入れたり、離れた場所から水をかけたりと、リュールに知られないように虐めを行っていたが、それでも恐ろしさに泣いたり震えていた。それなのにセルジュは、直接リュールを襲っている。
セルジュはジージャ公爵家が恐ろしくなかったのか?
子どものリライラの言うことを真に受けて、何をしてもスーリャ公爵家の力でもみ消せると信じていたのか。男は5年生、15歳にもなっていたというのに。
あの時、養護教諭は金で買収されて、わざと保健室を無人にしていた。
だいたいいくら公爵令嬢とはいえ、養護教諭を買収するほどの現金を持っているわけは無いし、子どもの言うことを養護教諭が聞き入れるのもおかしい。
養護教諭は取り調べ途中に自ら命を絶ち、真相は分からないままだ。
リライラとセルジュは取り調べを受けていた中では、話が支離滅裂で、まるで洗脳されたかのように記憶障害を起こしていたとのことだった。
余りにも不可解な点が多すぎる。
リライラがリュールのことを憎んだのは本当だろう。
リュールがいなくなればいいと思ったのも事実だろう。
だけど、やろうと考えて出来ることじゃない。
もしかしたら、リライラは利用されたのかもしれない。
それが誰で何のためなのかは分からないままだけど。
リライラが被害者だなんて決して思わない。
自分に意地悪をする相手を好きになどならない。
それでも、リュールは国王陛下に願い出た。
ベッドから出ることは出来ないから、見舞いに来たクラウスに手紙を託した。
どうか、恩情をお願いしますと。
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