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49 初登校③
しおりを挟むやっと馬車は学院に到着した。
わずか20分の道のりだが、なんだか疲れてしまったリュールだった。
馬車を降りようとすると、すかさずクラウスが手を差し出す。
ジェントル・クラウスはいいから。とは言えない。
黙ってクラウスの手を取って馬車から降りると、そこにはズラリとお出迎えの生徒達が並んで待っていた。
エルヴィンの側近候補とクラウスの側近達だ。
エルヴィンの側近候補達は全部で6人。本当はもっと多いのだが、学院に在籍しているのは6人ということだ。毎日日替わりで3名ずつが付き、後に相性のいい者をエルヴィンが選ぶことになっている。
今日は最初の登校日だから、全員が揃っているようだ。大所帯だな。
側近達から堅苦しい挨拶を受けた後、エルヴィンの本日担当の側近候補が車椅子に座るエルヴィンの後ろに控える。
クラウスのすでに決まっている側近達も近づいて来る。
今ここにいるクラウスの側近は2人。
リュールの兄ダリアスとストレーナ辺境伯次男アレス=ストレーナだ。
クラウスの側近は3人いるのだが、残りの1人、将軍ガリエスの孫オラヴィ=ガリエスは、一つ年下の為、来年学院に入学となる。
貴族達は王族の妊娠を知ると、自分達の子どもを王族と関わらせたいために子どもを作る。
だから王家の子どもと貴族家の子ども達は歳の近い者が多い。
ただ、王族の妊娠を知り、自分達も子作りしようと思っても、男性を妻に迎えている家では、妻に疑似子宮を作ってからの子作りになるので、どうしても王家の子どもより一つ年下の者が多くなる。
同じ年の子どもは逆に少ないということになるのだ。
エルヴィンの側近候補も学院に在籍しているとはいえ、同じ歳の者は1人しかおらず、残りの5人は1歳上から5歳上までバラバラだ。まだ学院に入学していない者達は4名いる。
「リューちゃん!」
ポワポワと可愛らしい笑顔で兄のダリアスがリュールの方へとやってきた。
ダリアスはクラウスの側近だが、クラウスには目も向けていない。
いいのかそれで。
「今日から一緒に登校できると思っていたのに、僕は一人で登校したんだからね。寂しかったよ」
「うん、ごめんね。明日からは一緒に登校しよう」
リュールとダリアスは仲がいい。
今日は一緒に登校しようと誘われていたのを断っていたのだ。
「ほう。ということは、明日からはダリアスも私達と一緒に登校するということか」
「ダリアス、よろしくな」
エルヴィンとクラウスが、さも当たり前という顔で会話に入って来る。
いや、お前ら何で毎日俺と一緒に登校すると決めているんだよ。
初日だから一緒に登校したのであって、毎日王宮に行くのは地味に面倒だ。
「えー。毎日、王宮経由で学院に行くのは面倒です。リューちゃんと二人で登校します」
ダリアスがクラウスへと断りを入れている。
王子様に反対するなど言語道断だが、リュールが “熊襲撃事件” で怪我を負った時、毎日のように見舞いに来ていたクラウスと、リュールの部屋に入り浸っていたダリアスは、とても仲良くなっていた。それこそ文句が言い合えるほどに。
クラウスもダリアスから断られて怒ったりはしない。頬を膨らませているぐらいだ。
「ではこうしよう。2人には王宮に部屋を与えようではないか。そうすればジージャ公爵家よりも学院に近くなるし、私達と一緒の馬車で登校できるから馬車の準備も必要なくなる。いいことずくめだ」
「エルヴィン兄上、それはいい考えだと思います」
王子兄弟が訳の分からないことを言い出している。
何がどういいことずくめなのか。
ジージャ公爵家から学院までにかかる時間は30分。王宮からは学院までは20分。
わずか10分短縮のために、王宮に住み込む必要がどこにある。
リュールは王子兄弟にゲンコツしてしまおうかと拳を握る。
だいたいダリアスまで巻き込むな。
王子兄弟の後ろを見ると側近候補アンド側近が、ザワザワと動揺している。
そりゃあそうだ。王子兄弟がダリアスと一緒に登校するということは、側近の中でダリアスだけを特別扱いするということだ。
いくらダリアスとクラウスの仲がいいからといっても、それは駄目だ。
ダリアスが他の側近達から虐められるようなことは無いだろうし、もし虐められたとしても気づかないかもしれないが、距離は置かれてしまうだろう。
ダリアスの側近生活が困難になってしまう。
「絶対王宮になんか住まない。だいたいお前達の婚約者でもあるまいし……」
リュールは自分の言葉に思い当たり、顔が青くなってくる。
待て。俺は何をした?
入学式の日に、王子達と同じ馬車で仲良く学院に乗りつけてしまった。
こんな大勢の前で、王子達と一緒に馬車から降りてしまったのだ。それも王子のエスコート付きで。
まるで皆に自分が王子の婚約者だと言わんばかりの行動を、自ら取ってしまった。
なんてこったい。
チロリと周りを見回す。
今日は入学式だ。周りには生徒達だけじゃない。大勢の保護者も王子達の登校を注目している。
絶対勘違いされてしまった。
自分で自分の首を絞めてしまうだなんて。リュールは遠い目をする。
「オーホッホッホ。皆様おはようございますですわ」
高笑いとともにイザベラが取り巻きを連れて近づいてきた。
「おはよう」
「イザベラ嬢、おはよう」
王子達は気さくに返事を返しているが、王子達に声掛けしちゃ駄目だし、言葉遣いもおかしいよ。
でも、イザベラのおかげで周りの注意がリュールから逸れた。
ありがとう、イザベラ。
「まあ、リュール様、私が贈ったドレスシャツを着て下さっ……なんて統一感のない装いをされていらっしゃるの? いつものお派手な格好でないだけましというべきかしら」
「リュール様ですもの、ねぇ」
「リュール様の装いは、いつも斬新ですもの、真似できませんわ」
「今回の装いも、さすがのリュール様ですわ」
おお、ディスってくる、ディスってくる。
さすがチームイザベラ。悪役令嬢ちゃんアンド取り巻き達は、いい仕事をしている。
「イザベラ嬢、服を贈ってくれてありがとう。ドレスシャツを着させてもらったよ、お揃いだね」
リュールは自分の胸を指さして笑顔を向ける。
リュールのドレスシャツは白地に胸元や袖口に黒の刺繍が施されている。フリルは付いておらず、スッキリとしたデザインだ。
イザベラのドレスも白地に黒の刺繍で一見地味だが、繊細なレースとフリルがあしらわれているから、華やかだが落ち着きがあり、入学式にはとても適したドレスだ。
「お、お、お揃いだなんて、考えてなどおりませんことよっ。リュール様ったら何を言い出すのかしらっ。恥ずかしくありませんの。もうっ、私は先に会場へ行きますわ。皆様、失礼いたしますわっ」
真っ赤な顔をしたイザベラが、取り巻きを連れ行ってしまった。
悪役令嬢もどきちゃんだが、まだまだ可愛らしい。
「リューちゃん、僕たちも会場に行かなきゃ」
「そうだね」
ダリアスから促され、せっかく逸らされていた周りの視線が戻って来る前に、さっさと移動することにした。
リュールはまだ何か言っている王子兄弟達を無視すると、さっさと入学式会場へと移動するのだった。
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