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38 バーベキューその後

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バーベキュー会場でマーガレットは捕らえられた。
その後調べられた薬湯の中から、マーガレットが使っていた “ハンドクリーム” が検出された。
手に付けていたから薬湯の中に間違って入ってしまったという量ではなかった。

人体に付けても大丈夫な物だから、西の宮の検閲にも引っかかることなくマーガレットの手元に届いていた。
いくら身体に付けても無害な物だとはいえ食用では無いし、小さな身体のエルヴィンが度々食べさせられれば、色々な拒絶反応が出る。
毒見役も一緒に飲んでいただろうが、小さなスプーンで一口飲んだとしても、大人の毒見役は体調を崩すことはなかった。
それに毒見役は毒見をするという精神的に辛い役割のために、数回すれば違う者と交代する。毒見役の身体に異常が出る前に交代していた。

リュールはバーベキューの場でマーガレットを追い込んだ。
ミルも、涙を浮かべた料理人も、一緒にバーベキューをしていた騎士達も、全てがだった。
ミルと料理人は、マーガレットを悪役だと言わんばかりの態度をとった。
それに、あんな離れた場所の騎士達の話し声が聞こえるはずなどないのだ。魔法を使ってマーガレットの耳にまで噂話を届けた。
風の魔法が得意な騎士に依頼した。噂話を風に乗せて届けてくれと。

国王陛下にはマーガレットとエルヴィンを不自然にはならないように引き離すように頼んでいたが、まさか、あの場でエルヴィンが旅行の話をマーガレットにするとは思わなかった。
国王陛下の言葉が一番マーガレットを焦らせることになったのだろう。

マーガレットは悪役のように周りから思われており、献身の姿は誰にも認められていない。もう必要の無い存在なのだと。

『代理によるミュンヒハウゼン症候群なんて言っても誰にも分からないよなぁ……』
リュールの呟きは誰にも聞こえない。

リュールはエルヴィンの見舞いに行った時に違和感を持った。
余りにも部屋に物が溢れていたから。そして至る所に花が飾られていた。
花は生花ばかりではなく、ドライフラワーが多かった。後でエルヴィンに聞いたら、国王陛下から贈られた花は全てが保存され、花を世話するためだけに専用の使用人がいるとのことだった。

あの部屋を一言で表すならば『マーガレットが賞賛された部屋』だ。
国王陛下が、いかに自分のことを気にかけてくれているか。いかに自分のことをたたえてくれているのか。その思いで溢れている部屋だった。

たぶんマーガレットはエルヴィンを産んだ時、いや王宮に召し上げられた時から、実家の力が無い自分の立場を理解していたのだろう。第1王子を産んだがエルヴィンが王太子になることは無いと。
だからエルヴィンをマーガレットの居場所を作るための道具にした。
エルヴィンを看病することで自分は皆から同情され、労わられる。
エルヴィンを殺す気はなかっただろうが、死んだとしても大切な息子を亡くした悲劇の側妃として扱われる。

マーガレットは尋問を受け、エルヴィンの薬湯に都度ハンドクリームを入れていたことを認めた。だがそれが悪いことだとは、どんなに説明されても理解しなかった。
ただ国王陛下に会うことを望んだ。国王陛下から気にかけて貰うことだけを望み続けた。

マーガレットの処罰は公表されなかった。それどころかマーガレットが罪を犯したこと自体が秘匿された。
マーガレットは看病疲れのために体調を崩し、療養のために王宮から去ったとされた。
実の母親が犯罪者になると、エルヴィンの将来に影響を及ぼすからだ。
今まで西の宮で暮らしていたエルヴィンと同母の妹マーサは、本宮で生活することになった。


リュールは涙が止まらない。
エルヴィンに一日でも早く元気になってほしかった。だが焦りすぎた。
エルヴィンの目の前で実の母親を捕らえることになってしまった。
まさかマーガレットがバーベキューの場で薬湯にハンドクリームを入れるとは思わなかった。
いくら追い込まれたからと、子ども達の前で、そんなことをするとは思わなかったのだ。

リュールは密かに臭いに反応する魔法を練習していた。色々な臭いが混ざった中から、求める臭いがあるか分かる魔法。
魔法をかける時リュールの鼻は赤く光る。リュールとしては赤鼻のトナカイみたいで恥ずかしいのだが、気づく者はいないだろう。
魔力量が少ないリュールにすれば、常時魔法をかけておくことはできない。それどころか一度きりしか使えない。
だからマーガレットの手にしていた薬湯に魔法をかけた。
薬湯からは、マーガレットのハンドクリームと同じ臭いがした。それもとても濃い臭いだった。

もうエルヴィンに会うことができない。合わせる顔が無い。エルヴィンからは嫌われてしまっただろう。
それにクラウスやイザベラにも残酷な目に合わせてしまった。
考えが甘かった。まだまだやりようはあったはずだったのに。

あれから何日経っただろう。リュールは部屋に籠ったままだ。誰にも会いたくない。
家族が心配しているだろうが、平気を装うことができない。


ドガッシャーン!!

大きな音と共に部屋が揺れる。
なにごとだっ!
ベッドに突っ伏していたリュールは音の方を見て、あっけにとられる。
部屋の扉が破壊されていた。
子ども部屋には鍵が無いから、扉が開かないようにリュールはチェストを扉の前に移動させていた。
自分も部屋から出ることは出来なくなるが、部屋の中にはサニタリーが完備されていたから、困ることはない。
その扉がチェストごと、見るも無残な状態になっている。

「リュール! 遊びに来たぞっ!!」
扉の瓦礫を足でけりながらクラウスが部屋へと入って来る。
扉の向こうには青い顔をした両親が、クラウスを止めることもできずにオロオロとしているのがチラリと見えた。
扉とチェストはクラウスの雷の魔法で木っ端みじんになってしまっている。

「な、な、何をして……」
リュールは余りの衝撃に口をパクパクするだけで、なかなか言葉を発することができない。

「リュールが何を気にしているのか私には分からない。リュールはエルヴィン兄上のことを思いやって手を尽くしてくれた。礼を述べることはあっても責めることなど何も無いっ! なぜ引きこもりになっているのだ。私はリュールに会いたい。会えないなんて嫌だっ」
クラウスは大股でリュールのいるベッドへと近づいて来ると、唖然としているリュールをいきなり抱きしめる。

「会いたかった。何度公爵家に連絡を入れてもリュールに会わせてくれなかった。私はリュールに会えないと寂しくて死んでしまう」
「何言ってんだよ……」
クラウスに抱きしめられたまま、リュールは苦笑いを浮かべる。

流石魔力量レベル9というべきか、小学生男子というべきか。
人んを壊すんじゃない。そう言いたいのに、クラウスの腕の中が暖かくて、口を開くと泣いてしまいそうで、リュールは口を引き結ぶ。

「リュール、エルヴィン兄上を救ってくれてありがとう。礼が遅くなってしまってすまない。心から感謝している。これはエルヴィン兄上から頼まれた物だ。一緒に来たいとごねていたが、ゴーイル先生に止められてしまった」
クラウスはエルヴィンから頼まれたという手紙をリュールに渡す。
手紙という割には随分と分厚い。中に板でも入っているのか立ちそうだ。

「もう引きこもるな。私と一緒に遊べないじゃないか」
抱きしめたリュールの額にクラウスは自分の額を引っ付ける。美童が眩しい。初めてそう思ったリュールだった。

「うん」
リュールは涙を溜めたまま、ただ頷く。


後日、王家から遣わされた職人達がジージャ公爵家へとやって来ると、扉とチェストをあっという間に修理していった。
子ども部屋とは思えないような美麗な扉を前に、リュールは『他の部屋との釣り合いを考えろ』そう思ってしまうのだった。






――― ――― ――― ―――

いつも読んでいただいて、ありがとうございます。

これにて『10歳編』は終了です。
明日、10歳編の登場人物一覧を投稿して、その次からは『初等学院編』になります。

少しお時間をいただいて、初等学院編は2024年1月1日からスタートします。
宜しくお願いします。



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