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29 またも王宮へ②

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王宮に到着し、通されたのは謁見の間ではなく、国王陛下の執務室だった。
執務室には国王陛下の他、宰相のクロイツまでもがいた。それなのにライドに依頼したという父はいない。
もちろんクラウスもいない。

「良く来てくれた」
「ジージャ公爵家の息子リュールが国王陛下にご挨拶申し上げます」
国王陛下から声をかけられ、リュールは腰を折る。

「先日は菓子箱どころか箱ものまでお贈りいただき、国王陛下からのお心づかい、もったいないばかりでございます」
リュールの皮肉に、リュールの隣に立っていたライドが噴き出す。
リュールにすれば、菓子店なんていらない。返せるものなら返したい。

「喜んでもらえたのならなにより」
わざとらしい返事を、にこやかにする国王陛下に、リュールもわざとらしい笑みを返す。誰もありがとうなんざ一言も言ってないだろうが。という心の声は秘めたままに。

「初めてお会いしますな。私は宰相を務めております、クロイツと申します」
「ジージャ公爵家次男リュールです」
腰を折るリュールを見て、クロイツは心の中で感嘆する。

これで10歳だというのだから信じられない。
こんなにも冷静で如才無い子どもがいるだろうか。大人に対して、それも国王陛下に対して皮肉まで言ってのけるのだから。
クロイツは自分の愛してやまない孫娘を思い浮かべる。孫娘はリュールと同じ10歳。すぐに我がままを言っては周りを困らせているが、それが子どもらしくて愛らしい。

「孫のイザベラがクラウス殿下の『小さなお茶会』でリュール殿と仲良くなれたと喜んでおりました。これからも仲良くしてやってください」
「お孫様……イ、イザベラ嬢。そ、そうでしたか。悪役れ……イザベラ嬢から親しくしていただいて、とてもありがたく思っています」
一瞬クロイツから何を言われたのか分からなかったリュールだったが、すぐにイザベラのことを思い出した。
驚きにクロイツをまじまじと見てしまった。
そうだった。イザベラの祖父は宰相クロイツだった。
クロイツの外見はとても真面目で堅物そうに見える。
なぜ孫娘は悪役令嬢モドキちゃんになってしまっているのか。あのグリングリンの縦ロールにクロイツは何も言わないのか。
孫とは可愛いばっかりだと話を聞くから、注意すらしないのかもれしない。幼い孫なら、なおのこと何をしたって可愛いのだろう。リュールはそう結論づけた。

「リュールはクラウスの茶会に参加しているのだな」
「はい。招待していただき、ありがたいことです」
リュールはクラウスのお茶会に参加し続けている。それはリュールがクラウスの婚約者候補だということになる。いい迷惑だから早く切ってもらいたい。

「前回の茶会にはエルヴィンも参加したと聞いている」
「はい。エルヴィン殿下におかれましては、お身体の調子が随分といいとのことで、ご一緒していただき、とても嬉しかったです」
今まで寝室から、なかなか出ることが難しかったエルヴィンが、クラウスと笑いあっていた。
いくらゴーイル医師の適切な治療を受けることが出来ることになったとはいえ、長年体調が悪いのだ、回復が目覚ましすぎる。

「ああ本当にエルヴィンの体調が良くなってきて見違えるようだ。ゴーイル医師からも連絡を受けている。リュールのおかげだ。今日リュールを呼んだのは礼を言おうと思ってだ」
「礼でございますか? 私は何もしておりませんが」
国王陛下の言葉に、リュールはキョトンとした表情をする。本心でそう思っているのが分かる。

「マーガレットのことだ。あれも息子がずっと身体が弱いために苦労が絶えない。エルヴィンのためにはならないとは分かっていても、マーガレットが良かれと思ってやっていることを今まで止めることができなかった。リュールが止めてくれなかったら、エルヴィンの体調は悪いままだった。礼を言わせてくれ」
国王陛下がリュールに頭を下げる。

「どうか頭を上げてください。私に礼は必要ありません。前回の “熊襲撃事件” と同じでございます。クラウス殿下がいてくださったから出来たことでございます。礼はクラウス殿下にお願いします」
リュールの本心だ。
あの時マーガレットを止められたのは、クラウスがいたからだ。リュールだけでは何も出来はしなかった。

「前回と同じだな。父親として我が息子を助けてくれた礼がしたい。何か望みはあるか?」
リュールは考える。さてどうしたものか。
いりませんと言いたい。もの凄く言いたいが言えない。国王陛下からの好意を無視することになってしまうから。だが下手なことを言って、また店を押し付けられるのは困る。

「あの、お願いではなく、お聞きしたいのですが、私はいつまでクラウス殿下のお茶会に参加しなければならないのでしょうか?」
「それは、クラウスの茶会ではなく、エルヴィンの茶会に出たいということか?」
「いいえ、どちらかの王子殿下の茶会に参加したいというわけではないのです。私はご存じの通り魔力量レベル3です。王子殿下の隣に立てる人間ではありません。茶会に呼んでいただいて両親も喜んでいると思いますので、そろそろ遠慮したいのですが」
王子の茶会は側近・婚約者候補選びのために開催されている。リュールが呼ばれるのはジージャ公爵家への配慮のためだ。もう義理は果たしてもらったから呼ばれる必要ないといいたいのだ。
毎回女児や嫁側男児からのきっつい視線と皮肉には疲れてしまった。なにより、あの王子達との付き合いが一番疲れる。

「王家は魔力量で人を差別などしないぞ。それにエルヴィンもクラウスもリュールに服を贈るのだと騒いでいるようだが、リュールはどちらの服を受け取るのだ?」
国王陛下は楽しそうだ。
いや楽しむ前に息子を止めろよ。リュールはウンザリとしてしまう。

この国は魔力量至上主義だから魔力量が少ないリュールが選ばれることは無い。
だが、魔力量の少ない国民に配慮し、表立っては差別することはできない。魔力量が少ないからと公爵家のリュールを簡単に切ることはできないのだろう。最終選考ぐらいまで残されてしまうのかもしれない。
あと何回、茶会に呼ばれるのだろう。
クラウス、エルヴィン共に、友人としてなら茶会に呼ばれるのは大歓迎なのだが。

「この先、リュールの選んだ方の茶会に参加していいのだぞ」
なんの配慮だよ。
国王陛下の言葉に、リュールは笑顔を浮かべながら心の中でツッコミを入れる。
参加自体をしたくないって分かれよ。と言いたが言えない。

「それでは私の願いとして、西の宮でバーベキューする許可を下さい」
リュールはそうだと思いつく。バーベキューをすることを許可してもらおうと。
クラウスはやはり国王陛下の前にマーガレットへと許可を貰おうと連絡したらしいが、梨のつぶてだと言っていた。このままではいつまでたってもエルヴィンに会いにいけない。

「そんなものは願いにはならないな。バーベキューが何かよくは分からないが、エルヴィンと会うためなのだろう。過保護のマーガレットは許可しないのだろうが私が許そう。エルヴィンに会いに行ってやってくれ」
国王は簡単に許可をくれた。
よーし言質はとった。リュールは礼の代わりに頭を下げるのだった。

国王は、何が欲しいのかとリュールに問いかけるように、こちらを見ている。
リュールは背筋を伸ばす。
こうなったら今まで言えなかったし、お願いできなかったことを、この機会にやってもらおう。
これで不興を買ってジージャ公爵家にまでとがが及ぶのは怖いが、国王陛下が言い出しっぺなのだから、罰はリュール本人だけに留めて頂きたい。

「さあ、申してみよ」
リュールが言いたいことを決めたのが分かったのか、国王はリュールを促す。その顔は、まだ面白がっているようだ。

「私はエルヴィン殿下、クラウス殿下共に大切な友人だと思っております。だからこそ友達が困っていたり、危険が迫っていたりするのなら全力で力を貸しますし、全力で何とかできないか考えます。そのことで私自身が不興を買うことになってもかまいません。国王陛下にお願いいたします。国王陛下直属の部下を秘密裏にお貸しいただきたいのです」
「それは……息子の為というのか」
「はいそうです。ですが私の思い違いかもしれません。取り越し苦労なのが一番いいのです。ただ勘違いだったと思えるように、国王陛下の部下の方にご協力をお願いしたいことがございます。国王陛下は私に望みをと問うてくださいました。どうか、この願いをお聞き届けいただけませんでしょうか」
リュールは頭を下げる。

「分かった。だが、何を調べたいのか聞いてみないと簡単に許すことはできない。申してみよ」
「ありがとうございます」
国王陛下の顔はリュールの話を真剣に聞いてくれるようだ。

リュールは、自分の願いを口にするのだった。
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