上 下
21 / 67

21 お見舞い⑥

しおりを挟む



仲良く語らい合い、さてそろそろおいとましようかということになった。
エルヴィンのベッド脇に座っていたリュールとクラウスは立ち上がる。

「また来てくれるか?」
「もちろん」
ベッドに寝たまま手を差し伸べるエルヴィンの手をクラウスは力強く握りしめる。
今まで疎遠だった兄弟は、今日一日で、とても近しい間柄になったようだ。

次にリュールもエルヴィンの手を握る。
「リュールにも、また来てほしい」
「おう、また来るよ。それから1つ、俺からエルヴィンにお願いがある」
クラウスのことは呼び捨てだから、自分もそうしてくれとをこねたエルヴィンに、リュールが折れる形で呼び捨てになった。
もしこのことが両親にバレたら、どうなることやら。リュールは嫌なことから、そっと目をそらすことにした。

「私に願い? 私に出来ることがあればいいのだが」
「うん。エルヴィンにしかできないことだよ。俺の願いはエルヴィンに知ってほしいことがあるんだ。それはエルヴィンの心の中って、誰も分からないってこと。どんなにエルヴィンのことを思ってくれている側妃様でも知ることはできないんだ」
「なにを言って……?」
いきなりの話しに、何を言われているか分からないエルヴィンは、不思議そうな顔をしている。

「俺達はエルヴィンのことが大好きだよ。だからエルヴィンが自分の身体が弱いからって、遠慮してほしくない。そのことで周りに迷惑をかけているって、エルヴィンに思ってほしくないんだ」
リュールの言葉に、エルヴィンは驚いた顔をしてリュールを見ている
リュールは、握っていたエルヴィンの手を、今度は両手で包み込む。

「皆はエルヴィンに幸せになってほしい。だからエルヴィンに自分の身体のことを卑下してほしくない。そんなことで遠慮なんかしてほしくない。みんなに迷惑をかけているなんて思ってほしくないんだ。エルヴィンは、エルヴィンの思ったままに何でも言ってもらいたいし、望んでいい。ううん、望んで欲しい。エルヴィンがどうしてほしいのか、皆知りたいんだよ」
驚いた顔をしていたエルヴィンは、リュールの言葉に下を向いてしまう。

「わ、私は足手まといでしかない存在だ。こんなに弱い身体では何一つ出来ることはない。迷惑をかけることしかできない存在だ。そんな私が望みを口にするなど……」
リュールはエルヴィンと繋いでいた手を離すと、今度は下を向いたままのエルヴィンの両頬を包みこむ。

「あのねぇ、俺達はエルヴィンに元気になってほしいの。それなのに、我慢なんてされていたら、元気になるものもなれないんだよ。心の健康って凄く大事なんだからな。いいか、エルヴィンは自分で、ちょっと俺ワガママなんじゃない? って思うぐらいでちょうどいいの。なに小学生男子が遠慮なんてしてるんだよ!」
「小学生男子?」
「いいからいいから。いいか、エルヴィンが我慢したら、それだけ俺達は悲しくなるっていうことを知ってほしい。それだけは憶えておいて」
リュールはエルヴィンに顔をズイと近づける。
まるでキスするかのような接近に、エルヴィンはたじろいだのか、何も言えないようで赤い顔をしたまま、口をパクパクさせている。

前世でリュールが務めていた老人ホームの入所者の人たちは、もちろん我儘を言う人もいたけど、それよりも遠慮して何も言わない人の方が多かった。
離れて暮らす家族や職員たちに、我儘を言ってはいけないと我慢してしまう。自分の心の内を誰にも打ち明けることができないのだ。
少しでも快適に過ごしてほしい。そう思って職員たちは頑張っているのだが、やはり言ってもらわなければ分からないことは多い。
何をすればいいのか、何をしてほしいのか、どんなに考えても、入所者の人たちの心を知ることはできない。良かれと思ってしたことが、裏目に出てしまうこともあるのだから。

リュールは『窓を開けて』と、その一言が母親に言えなかったエルヴィンのことが不憫でならない。
自分のことを我が事よりも優先してくれている母親のことを知っているから。母親の苦労が分かっているからこそ、何一つ言えないでいるエルヴィンが哀れでならない。
ゴーイル医師や周りの者達も、歯がゆい思いをしていただろうが、マーガレットの献身を知っているからこそ、何も言えなかったのだろう。

「これだけは憶えておいて。エルヴィンがやりたいことや、やってもらいたいことは、何でも言ってくれ。ゴーイル先生や侍従たち誰でもいい。もちろん俺やクラウスでもいいんだよ。俺達はまだまだ小さな子どもだけど、俺達にだってやれることはあるからな。やれなかったら、大人を巻き込めばいいだけだ。それにね、側妃様もエルヴィンがやりたいことや、やってもらいたいことを知りたいはずだ。エルヴィンを幸せにしたいって、一番側妃様が思っているはずだもの」
とうとうリュールとエルヴィンのおでこ同士がぶつかる。
軽くぶつかっただけで、痛くはないはずなのに、エルヴィンの顔は歪んでいく。

「私は……」
エルヴィンの瞳には涙が浮かんできたが、すぐにリュールから顔を背けてしまった。

「もう、小学生男子は細かいことを気にしなくていいんだよ! うごっ」
エルヴィンの肩でも叩こうと、手を伸ばそうとしたら、いきなり後ろに引っ張られた。

「クラウス危ないよ」
なぜかクラウスに抱きしめられるようにして、リュールはエルヴィンから引き離されていた。

「近い、近い、近すぎる。リュールは兄上に何をしているのだ」
「何をって、話をしていたじゃないか」
「そうじゃない、おでこでコッツンなんて、私にはしたことがないぞっ」
「いや、おでこコッツンって可愛いな」
「そうじゃないっ」
なんだか今日はクラウスが、よく猛っているな。

小学生男子は、すぐ騒ぎたがるからな。まあ普段はジェントルだけど、たまにはこんなこともあるか。騒いでいるクラウスを見ながら、そんなことを考えるリュールだった。
しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

社畜だけど異世界では推し騎士の伴侶になってます⁈

めがねあざらし
BL
気がつくと、そこはゲーム『クレセント・ナイツ』の世界だった。 しかも俺は、推しキャラ・レイ=エヴァンスの“伴侶”になっていて……⁈ 記憶喪失の俺に課されたのは、彼と共に“世界を救う鍵”として戦う使命。 しかし、レイとの誓いに隠された真実や、迫りくる敵の陰謀が俺たちを追い詰める――。 異世界で見つけた愛〜推し騎士との奇跡の絆! 推しとの距離が近すぎる、命懸けの異世界ラブファンタジー、ここに開幕!

傷だらけの僕は空をみる

猫谷 一禾
BL
傷を負った少年は日々をただ淡々と暮らしていく。 生を終えるまで、時を過ぎるのを暗い瞳で過ごす。 諦めた雰囲気の少年に声をかける男は軽い雰囲気の騎士団副団長。 身体と心に傷を負った少年が愛を知り、愛に満たされた幸せを掴むまでの物語。 ハッピーエンドです。 若干の胸くそが出てきます。 ちょっと痛い表現出てくるかもです。

君のことなんてもう知らない

ぽぽ
BL
早乙女琥珀は幼馴染の佐伯慶也に毎日のように告白しては振られてしまう。 告白をOKする素振りも見せず、軽く琥珀をあしらう慶也に憤りを覚えていた。 だがある日、琥珀は記憶喪失になってしまい、慶也の記憶を失ってしまう。 今まで自分のことをあしらってきた慶也のことを忘れて、他の人と恋を始めようとするが… 「お前なんて知らないから」

転生したけど赤ちゃんの頃から運命に囲われてて鬱陶しい

翡翠飾
BL
普通に高校生として学校に通っていたはずだが、気が付いたら雨の中道端で動けなくなっていた。寒くて死にかけていたら、通りかかった馬車から降りてきた12歳くらいの美少年に拾われ、何やら大きい屋敷に連れていかれる。 それから温かいご飯食べさせてもらったり、お風呂に入れてもらったり、柔らかいベッドで寝かせてもらったり、撫でてもらったり、ボールとかもらったり、それを投げてもらったり───ん? 「え、俺何か、犬になってない?」 豹獣人の番大好き大公子(12)×ポメラニアン獣人転生者(1)の話。 ※どんどん年齢は上がっていきます。 ※設定が多く感じたのでオメガバースを無くしました。

結婚式当日に「ちょっと待った」されたので、転生特典(執事)と旅に出たい

オオトリ
BL
とある教会で、今日一組の若い男女が結婚式を挙げようとしていた。 今、まさに新郎新婦が手を取り合おうとしたその時――― 「ちょっと待ったー!」 乱入者の声が響き渡った。 これは、とある事情で異世界転生した主人公が、結婚式当日に「ちょっと待った」されたので、 白米を求めて 俺TUEEEEせずに、執事TUEEEEな旅に出たい そんなお話 ※主人公は当初女性と婚約しています(タイトルの通り) ※主人公ではない部分で、男女の恋愛がお話に絡んでくることがあります ※BLは読むことも初心者の作者の初作品なので、タグ付けなど必要があれば教えてください ※完結しておりますが、今後番外編及び小話、続編をいずれ追加して参りたいと思っています ※小説家になろうさんでも同時公開中

異世界転生した俺の婚約相手が、王太子殿下(♂)なんて嘘だろう?! 〜全力で婚約破棄を目指した結果。

みこと。
BL
気づいたら、知らないイケメンから心配されていた──。 事故から目覚めた俺は、なんと侯爵家の次男に異世界転生していた。 婚約者がいると聞き喜んだら、相手は王太子殿下だという。 いくら同性婚ありの国とはいえ、なんでどうしてそうなってんの? このままじゃ俺が嫁入りすることに? 速やかな婚約解消を目指し、可愛い女の子を求めたのに、ご令嬢から貰ったクッキーは仕込みありで、とんでも案件を引き起こす! てんやわんやな未来や、いかに!? 明るく仕上げた短編です。気軽に楽しんで貰えたら嬉しいです♪ ※同タイトルの簡易版を「小説家になろう」様でも掲載しています。

秘匿された第十王子は悪態をつく

なこ
BL
ユーリアス帝国には十人の王子が存在する。 第一、第二、第三と王子が産まれるたびに国は湧いたが、第五、六と続くにつれ存在感は薄れ、第十までくるとその興味関心を得られることはほとんどなくなっていた。 第十王子の姿を知る者はほとんどいない。 後宮の奥深く、ひっそりと囲われていることを知る者はほんの一握り。 秘匿された第十王子のノア。黒髪、薄紫色の瞳、いわゆる綺麗可愛(きれかわ)。 ノアの護衛ユリウス。黒みかがった茶色の短髪、寡黙で堅物。塩顔。 少しずつユリウスへ想いを募らせるノアと、頑なにそれを否定するユリウス。 ノアが秘匿される理由。 十人の妃。 ユリウスを知る渡り人のマホ。 二人が想いを通じ合わせるまでの、長い話しです。

無自覚な

ネオン
BL
小さい頃に母が再婚した相手には連れ子がいた。 1つ上の義兄と1つ下の義弟、どちらも幼いながらに イケメンで運動もでき勉強もできる完璧な義兄弟だった。 それに比べて僕は周りの同級生や1つ下の義弟よりも小さくて いじめられやすく、母に教えられた料理や裁縫以外 何をやっても平凡だった。 そんな僕も花の高校2年生、1年生の頃と変わらず平和に過ごしてる それに比べて義兄弟達は学校で知らない人はいない そんな存在にまで上り積めていた。 こんな僕でも優しくしてくれる義兄と 僕のことを嫌ってる義弟。 でも最近みんなの様子が変で困ってます 無自覚美少年主人公が義兄弟や周りに愛される話です。

処理中です...