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21 お見舞い⑥
しおりを挟む仲良く語らい合い、さてそろそろお暇しようかということになった。
エルヴィンのベッド脇に座っていたリュールとクラウスは立ち上がる。
「また来てくれるか?」
「もちろん」
ベッドに寝たまま手を差し伸べるエルヴィンの手をクラウスは力強く握りしめる。
今まで疎遠だった兄弟は、今日一日で、とても近しい間柄になったようだ。
次にリュールもエルヴィンの手を握る。
「リュールにも、また来てほしい」
「おう、また来るよ。それから1つ、俺からエルヴィンにお願いがある」
クラウスのことは呼び捨てだから、自分もそうしてくれとだだをこねたエルヴィンに、リュールが折れる形で呼び捨てになった。
もしこのことが両親にバレたら、どうなることやら。リュールは嫌なことから、そっと目をそらすことにした。
「私に願い? 私に出来ることがあればいいのだが」
「うん。エルヴィンにしかできないことだよ。俺の願いはエルヴィンに知ってほしいことがあるんだ。それはエルヴィンの心の中って、誰も分からないってこと。どんなにエルヴィンのことを思ってくれている側妃様でも知ることはできないんだ」
「なにを言って……?」
いきなりの話しに、何を言われているか分からないエルヴィンは、不思議そうな顔をしている。
「俺達はエルヴィンのことが大好きだよ。だからエルヴィンが自分の身体が弱いからって、遠慮してほしくない。そのことで周りに迷惑をかけているって、エルヴィンに思ってほしくないんだ」
リュールの言葉に、エルヴィンは驚いた顔をしてリュールを見ている
リュールは、握っていたエルヴィンの手を、今度は両手で包み込む。
「皆はエルヴィンに幸せになってほしい。だからエルヴィンに自分の身体のことを卑下してほしくない。そんなことで遠慮なんかしてほしくない。みんなに迷惑をかけているなんて思ってほしくないんだ。エルヴィンは、エルヴィンの思ったままに何でも言ってもらいたいし、望んでいい。ううん、望んで欲しい。エルヴィンがどうしてほしいのか、皆知りたいんだよ」
驚いた顔をしていたエルヴィンは、リュールの言葉に下を向いてしまう。
「わ、私は足手まといでしかない存在だ。こんなに弱い身体では何一つ出来ることはない。迷惑をかけることしかできない存在だ。そんな私が望みを口にするなど……」
リュールはエルヴィンと繋いでいた手を離すと、今度は下を向いたままのエルヴィンの両頬を包みこむ。
「あのねぇ、俺達はエルヴィンに元気になってほしいの。それなのに、我慢なんてされていたら、元気になるものもなれないんだよ。心の健康って凄く大事なんだからな。いいか、エルヴィンは自分で、ちょっと俺ワガママなんじゃない? って思うぐらいでちょうどいいの。なに小学生男子が遠慮なんてしてるんだよ!」
「小学生男子?」
「いいからいいから。いいか、エルヴィンが我慢したら、それだけ俺達は悲しくなるっていうことを知ってほしい。それだけは憶えておいて」
リュールはエルヴィンに顔をズイと近づける。
まるでキスするかのような接近に、エルヴィンはたじろいだのか、何も言えないようで赤い顔をしたまま、口をパクパクさせている。
前世でリュールが務めていた老人ホームの入所者の人たちは、もちろん我儘を言う人もいたけど、それよりも遠慮して何も言わない人の方が多かった。
離れて暮らす家族や職員たちに、我儘を言ってはいけないと我慢してしまう。自分の心の内を誰にも打ち明けることができないのだ。
少しでも快適に過ごしてほしい。そう思って職員たちは頑張っているのだが、やはり言ってもらわなければ分からないことは多い。
何をすればいいのか、何をしてほしいのか、どんなに考えても、入所者の人たちの心を知ることはできない。良かれと思ってしたことが、裏目に出てしまうこともあるのだから。
リュールは『窓を開けて』と、その一言が母親に言えなかったエルヴィンのことが不憫でならない。
自分のことを我が事よりも優先してくれている母親のことを知っているから。母親の苦労が分かっているからこそ、何一つ言えないでいるエルヴィンが哀れでならない。
ゴーイル医師や周りの者達も、歯がゆい思いをしていただろうが、マーガレットの献身を知っているからこそ、何も言えなかったのだろう。
「これだけは憶えておいて。エルヴィンがやりたいことや、やってもらいたいことは、何でも言ってくれ。ゴーイル先生や侍従たち誰でもいい。もちろん俺やクラウスでもいいんだよ。俺達はまだまだ小さな子どもだけど、俺達にだってやれることはあるからな。やれなかったら、大人を巻き込めばいいだけだ。それにね、側妃様もエルヴィンがやりたいことや、やってもらいたいことを知りたいはずだ。エルヴィンを幸せにしたいって、一番側妃様が思っているはずだもの」
とうとうリュールとエルヴィンのおでこ同士がぶつかる。
軽くぶつかっただけで、痛くはないはずなのに、エルヴィンの顔は歪んでいく。
「私は……」
エルヴィンの瞳には涙が浮かんできたが、すぐにリュールから顔を背けてしまった。
「もう、小学生男子は細かいことを気にしなくていいんだよ! うごっ」
エルヴィンの肩でも叩こうと、手を伸ばそうとしたら、いきなり後ろに引っ張られた。
「クラウス危ないよ」
なぜかクラウスに抱きしめられるようにして、リュールはエルヴィンから引き離されていた。
「近い、近い、近すぎる。リュールは兄上に何をしているのだ」
「何をって、話をしていたじゃないか」
「そうじゃない、おでこでコッツンなんて、私にはしたことがないぞっ」
「いや、おでこコッツンって可愛いな」
「そうじゃないっ」
なんだか今日はクラウスが、よく猛っているな。
小学生男子は、すぐ騒ぎたがるからな。まあ普段はジェントルだけど、たまにはこんなこともあるか。騒いでいるクラウスを見ながら、そんなことを考えるリュールだった。
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