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20 お見舞い⑤

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「あの、第1王子殿下」
「エルヴィンと呼んでくれ。私もリュールと呼んでもいいだろうか」
リュールの呼びかけに、何だかキラキラと麗しいエルヴィンは、そんな返しをする。
手は握られたままで離してくれない。
そんなに強く握られてはいないが、王子様相手に無理に手を振りほどくこともできないし、困ってしまう。
同じ王子様とはいえ、クラウスは別扱いだから、手ぐらい振りほどけるのだが。

「エルヴィン兄上、リュールの手を離してください。いつまで握っているのですか」
クラウスがエルヴィンからリュールの手を離してくれる。リュールの困惑を感じ取ってくれたのだろう。

「リュールは私が手を握っていても、嫌がってなどいなかった。そうだろうリュール」
「へ、あ、はぁ」
「いいえ、困っていました。それにずっと手を握り続ける必要などないでしょう」
リュールを挟んで、兄弟で言い争いが始まってしまった。
それでもエルヴィンは、随分と調子がいいのか楽しそうだから、まぁいいかとリュールは思う。

「フォッフォッフォ。皆様、楽しそうですな」
部屋に入ってきたゴーイル医師は、戯れている兄弟に目を細めている。
この頃は、寝たきりの多いエルヴィンが、体調も良さそうに弟と言い合いをしているのを見ることができ、心底嬉しそうだ。

「あの、側妃様の具合は、いかがでしょうか?」
隣の部屋に連れて行かれたマーガレットの診察を終えたであろうゴーイル医師に、リュールは問いかける。マーガレットが倒れたのは、自分のせいだといえるのだから。

「心配しなくても大丈夫ですよ。今までの看病疲れが出ただけでしょう。少し休めば治りますよ。リュール様が気に病むことは無いのです」
ゴーイル医師の言葉に、リュールはホッと胸を撫で下ろす。

「そうだ兄上、お見舞いの品を持ってきたのです」
クラウスとリュールは、部屋に入る時にエルヴィン付きの侍従に渡した見舞いの品を受け取る。
他者の持ってきた品物は、それを持ってきたのが誰であろうと、検査される決まりなのだ。見舞いの品は毒見も終わっているようだから、エルヴィンに食べてもらっても問題ないだろう。

「エルヴィン兄上、私はリュールの店のチョコレートを持ってきました」
「リュールの店とは?」
「リュールは中々手に入れるのが難しいほどの人気菓子店フロラージュのオーナーをしているのです」
「オーナー? リュールは私と同じ年頃なのに、商売をしているのか?」
「そうなのです。リュールは私たちと同じ10歳なのに、支店もある有名菓子店のオーナーをしているのです。それは私と共に熊を「エルヴィン様、俺の見舞いの品も召し上がって下さい」
ペラペラと喋る小学生男子を押しのけて、リュールはエルヴィンへと果物の入った容器を差し出す。

「あ、ああ、ありがとう」
リュールの迫力に押されたのか、エルヴィンはリュールの方へ向き直る。

だいたいにおいて、フロラージュは王家からいきなり贈られてきたものだ。いや押し付けられたものだ。
子どものリュールが経営できるものではない。父親であるジージャ公爵に丸投げしている。父親は将来リュールがお嫁に行く時の財産として管理してくれているらしい。嫁には行かないけどな。

「これは?」
エルヴィンは器に入った大量の果物に戸惑っているようだ。食べ方からして分からないだろう。

「黄金桃のシロップ漬けです」
リュールとしては、病気の時には、もも缶を食べるものだと思っている。
この世界には、黄金桃という、よく似た物があったので、それをジージャ公爵家の料理長に頼んで、シロップ漬けにしてもらったのだ。
料理長はリュールの頼み通り、見事な桃缶を再現してくれた。

「こ、このまま食べるのか?」
「もちろん、もちろん。はい、あーんして」
エルヴィンにすれば、器の中にプカプカと浮いている果物を、そのまま食べたことなどない。いままで果物は侍女が皿に取り分け、食べやすい大きさにカットした物を食べていたのだから。

リュールは、器に入った四つ切の桃を、そのままフォークに突き刺すと、エルヴィンの口元へと持ってゆく。
「あ、あーん……旨い」
「よかったです」
エルヴィンは赤い顔をして、口元を手で押さえている。目線も逸らされてしまった。
やはり、水分の多い桃は食べにくかったかのかもしれないなとリュールは思う。

「リュール、なぜ兄上に “あーん” をするのだっ」
いきなりクラウスがリュールへと詰め寄る。まるで怒っているようだが、もしかしてクラウスも黄金桃が食べたかったのだろうか。

桃はたくさん用意してきたから、まだまだ残っている。焦らなくてもいいのだが、小学生男子としては、我先に食べたかったのかもしれない。

「えっと、クラウスも食べる?」
「あ、ああ。食べる」
「じゃあ、はい。あーん」
リュールは、今度はクラウスへとフォークを向ける。

「あ、あーん」
クラウスも一口食べると、赤い顔をして、口元を手で押さえている。目も逸らされた。
兄弟揃って桃を食べた後の表情が一緒だ。こんな所も似るものだなぁと、リュールはほのぼのしてしまうのだった。

「なぜ、私への見舞いの品を食べているのだ」
「兄上だけに、リュールから “あーん” してもらおうなどと、許されません」
「フン、誰に許しが必要なのだ?」
「言っておきますが、リュールは、わ・た・しの友人ですから」
「私もすでにリュールとは友人だ」
小学生男子が、桃を食べる順番で言い争っているようだ。

まだまだこんなに桃は有るのに。
自分も “あーん” としながら、桃を食べるリュールなのだった。
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