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19 お見舞い④

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「どうか側妃様、お気持ちをお沈め下さい」
好々爺とした老人が、部屋へと入って来る。

「ゴーイル先生! いい所にいらしてくれたわっ。この子がいきなり窓を開けてしまったの。エルヴィンの体調が今日は良かったから見舞いを許可したというのに。早く窓を閉めなければ。こんな暴挙が許されると思っているのかしらっ」
先生と呼ばれた老人へとマーガレットは嘆きながら走り寄る。

「側妃様、大丈夫でございます。側妃様がお心を痛めることはないのです。どうぞこちらへとお座りください」
ゴーイル医師はマーガレットの背中をさするようにして、ベッドから少し離れた椅子へと座らせる。そして、水をマーガレットへと渡すように侍従に指示をする。

「失礼いたします。先生にお聞きしたいことがございます」
もういいかと窓から手を離したリュールは、エルヴィンのベッド近くへと戻る。
マーガレットから離れ、ベッドへと近づいてきたゴーイル医師へと腰を折り質問する。

「何でもお聞きください」
「お伺いしたいのは、第1王子殿下は、陽の光や外気に対して、拒絶反応などはおありですか? 窓を開けてしまいましたが、何か差し障りはあったでしょうか?」
勝手に窓を開けてしまったリュールだが、事前にゴーイル医師に窓を開けてもいいのか確認していた。
再度聞いたのは、マーガレットや周りの者達に、窓を開けてもいいのだと。それどころか窓を開ける方がエルヴィンのためになるのだと、知ってほしかったのだ。

「いいえ、そのようなことはありませんよ。窓を開けることがエルヴィン殿下のお身体に障るようなことはありませんよ。エルヴィン殿下、本日の御気分はいかがでございますか?」
ゴーイル医師はリュールへと答えると、今度はベッドに寝たままのエルヴィンへと質問を投げかける。

「私は今日、とても気分がいい」
「それはようございました」
エルヴィンの言葉にゴーイル医師は笑顔を見せると、ベッドまで近づき、エルヴィンをそっと触って診察する。
エルヴィンは本当に調子がいいらしく、その顔には笑顔が見える。リュールはホッと胸を撫で下ろすのだった。

「先生、早く、早く窓を閉めなければ。エルヴィン、今窓を閉めますからね」
マーガレットにはリュールの言葉も、ゴーイル医師の言葉も届いてはいないようで、座っている椅子から立ち上がると、また窓の方へと進んで行く。

「側妃様、どうかお戻りください。聞いて頂きたいのです。私は今まで側妃様をお止めすることができませんでした。自分の立場を気にして患者であるエルヴィン殿下のことを一番に考えることができなかったのです。医者として患者のことを優先するのは当たり前のことなのに、それが出来ていなかったのです」
ゴーイル医師の言葉は、ゆっくりとした優しい口調なのだが、なぜか強い力を感じるものだった。マーガレットもそれを感じたのか、その場で立ち止まった。

「側妃様がエルヴィン殿下のことをいつも思って心を痛めておられるのは分かっております。冷たい外気や強い日差しからエルヴィン殿下のことを護ろうとされているのは重々分かっております。ですが、部屋の換気は必要なことでございます。陽の光を部屋に入れることも重要なことなのです。そして部屋から出ることのできないエルヴィン殿下の心をお慰めするためにも、窓を開けることをお許しいただきたいのです」
ゴーイル医師はマーガレットへと向かって頭を下げる。

「まあ、先生までそんなことを仰るの。酷いですわ、エルヴィンが窓を開けた次の日、熱を出したのを忘れたのですか」
「あれは、ほんのお小さい頃のことでございます。それも1度きりのこと。エルヴィン殿下のことを思われるのは分かりますが、余りにも度がすぎてしまいますと、逆にエルヴィン殿下のお身体に障ることになります」
「まあっ、私がエルヴィンを虐げていると仰っるの」
「いいえ違います。本当はもっと早く私が窓を開けるべきだったのです。無理にでもするべきだったのです。私が不甲斐ないばかりにリュール様が代わりにして下さったのです。全ては私の責任なのです」
ゴーイル医師は頭を下げ続けている。

リュールとクラウスには分かっていた。
ゴーイル医師は自分の保身のために今までマーガレットの言うままに窓を開けなかったと言っていたが、それは違うということを。
側妃であるマーガレットの命令に、ゴーイル医師は逆らうことはできなかったのだ。逆らえばマーガレットから、すぐに解雇されていただろう。

リュールが窓を開けることが出来たのはクラウスがいたからだ。マーガレットよりも地位が高いクラウスがいたからこそ、リュールは窓を開けることができた。
リュールが一人でエルヴィンの元を訪れていたならば、周りの全ての者達から阻止されて、窓を開けることは不可能だったはずだ。

ゴーイル医師は解雇されるのを恐れたのではないだろう。自分がエルヴィンの元を去った後、マーガレットの言いなりの医師が次に選ばれるのを恐れたのだ。
エルヴィンの治療のことを思い、マーガレットに逆らうことができなかったのだ。

「皆で私を悪者にしてっ。エルヴィンの身体が良くならないのは、私のせいだとでも言いたいのねっ」
「滅相もございません。側妃様は本当に御尽力されておられます。エルヴィン殿下のことをどれほど大事にされているか、皆分かっております」
「何よ、何よ、口だけ褒めておけば私が騙されるとでも思っているのね。皆が私のことをどう思っていたのか良く分かったわ。私が今までやってきたことは、何にもならなかったということね!」
「違います。側妃様どうかお聞きください。側妃様の今までの努力を悪く言う者など、誰一人おりません」
「うるさい、うるさい、うるさいっ」
ゴーイル医師は諫めようとしているのだが、マーガレットの口調はどんどんと荒くなっていく。

「側妃様っ!」
「マーガレット様っ」
気が高ぶりすぎたのか、マーガレットは、その場に倒れてしまう。

「大丈夫だ。今までの心労から気を失われただけだ、隣の部屋に連れて行くように」
ゴーイル医師の言葉に、扉に控えていた騎士がマーガレットを抱きかかえ、隣の部屋へと運んで行く。
マーガレットが運ばれていくのを、子ども達は、ただ見ているだけだった。

「えーっと、ごめんね」
事の発端であるリュールは、エルヴィンへと詫びを入れる。

リュールにすれば、これほど空気の淀んだ部屋にいるのは、エルヴィンのためには駄目だと突っ走ってしまったのだが、マーガレットがこれほど窓を開けることに反対するとは思わなかったのだ。
力一杯マーガレットの不興を買ってしまった。このままいくと、たぶんマーガレットから、国王陛下へと正式に苦情が行くだろう。それは非常にまずい。
我がジージャ公爵家安泰のために、先にクラウスから話をしてもらわなければ。リュール単独ではなく、クラウスも共同責任者ということにしておかなければ。

「どうか母のことは気にしないでくれ。リュール殿が私のことを思いやってくれたこと、嬉しく思う」
エルヴィンは、リュールの手をとると、はにかんだような笑顔を見せる。

やつれているとはいえ美形だ。
王家特有の金の髪に、吸い込まれそうに澄んだ青い瞳。整った容姿は、まるで人形のようだ。
将来嫁側のリュールはここでトキメクべきなのだろうが、残念なことにリュールの周りには、が多すぎた。
クラウスもそうだが、弟のダリアスとは毎日顔を突き合わせているし、母親も王色だ。金髪碧眼は、見慣れすぎているのだ。

まあ、麗しくても小学生男子だからな。そんなことを思ってしまうリュールなのだった。
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