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18 お見舞い③

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リュールは窓へと近づいていく。窓は両開きの背の高い物で、床から天井近くまである、リュールの身長よりも高い物だ。
だが今は、厚いカーテンで覆われており、一切外を見ることはできない。

リュールの行動を皆が不思議そうに見ていると、光を遮っている重いカーテンを一気に開けた。
今まで薄暗かった室内に、明るい日差しが差し込んでくる。

「きゃあ、いきなり何をするのっ!」
慌てて、マーガレットが近づいてくるが、リュールは一切無視し、今度は窓を開ける。

室内に外気が流れ込んでくる。
今まで淀んでいた空気が薄れ、清浄な風を感じることができる。

エルヴィンの病気に対して知識のない自分達ができることは少ないかもしれない。
それでも、自分達にもきっと何か出来ることがあるはずだと。
マーガレットは献身的に息子の看病をしているのだろう。
でも思い込んだら駄目だ。

「なんてことをするのっ、エルヴィンの身体に障ってしまうわっ。早く窓を閉めないと。エルヴィンは外気に当たると体調を崩してしまうというのにっ。ああ、早く窓をしめないとっ。いきなりなんてことをするの、子どもだからといって、許されないことだわっ」
マーガレットは慌てて窓へと手をかける。

「ど、どういうことなのっ。窓が閉まらないなんてっ」
リュールが開け放った窓を閉めようと、何度も窓を引っ張るが、窓はびくともしない。
窓からは、心地の良い風が流れ込んでくるだけだ。

マーガレットは国王陛下の側室になるほどだから魔力量は多いのだろう。しかし魔法を習ってはいないのかもしれない。リュールが自分の身体に身体強化をかけ、窓を手に踏ん張っていることにマーガレットは気づいていないようだから。マーガレットがいくら力を入れて窓を閉めようとしても、それは叶うことはなかった。

「あああ、どういうこと、窓が閉まらないなんてっ。早く、早く窓を閉めなければっ。誰かっ、誰か窓を閉めなさいっ!」
マーガレットが声を荒げるが、部屋付きの侍女はオロオロとするだけで動けないでいるし、扉近くに立っている護衛達も動くことは無い。

ベッド脇に立つクラウスが、手を上げ制しているからだ。
いくらマーガレットが国王の側室だとはいえ、王位継承権を持つクラウスの方が位は上になる。その場にいる侍女や護衛騎士は、クラウスの命令に従うしかないのだ。

「なぜこんなことをするのっ。ああ、なんてことでしょう、エルヴィンの身体に障ってしまうわっ。せっかく今日は体調がいいと言っていたのに」
マーガレットは焦ったように閉まらない窓に手をかけ、何度も閉めようとしている。

「側妃様におかれましては、第1王子殿下のご看病を、ご自身の手で長きに渡りされていると、お聞きしております。とても立派なことだと思います。
第1王子殿下の身体のことは、側妃様が一番分かっていらっしゃると、もちろん理解しておりますとも。ええ、ええ、私どもが口を出すなど、おこがましいことです。
私達は、今日初めてお見舞いをさせて頂いた何も分かってはいない者達ですから。
ですが、素人考えでも、少しは役に立つことはあると思うのです。やはり、外から見ると違って見えることや、見落としってあるではありませんか。
差し出口とは思いますが、第1王子殿下に対して、良かれと思ってのことでございます。それに看病でお疲れの側妃様にも、少しでもお慰めになればと思います。このままでは側妃様まで倒れてしまいそうではありませんか。手を抜けとは決して申しませんが、肩の力を抜いて私たちにもお手伝いをさせていただければと思うのです」
リュールは、これぞ立て板に水とマーガレットへと話しかけている。もちろん手は扉から離してはおらず、窓は開いたままだ。
マーガレットは口を挟む暇がないのか、あっけに取られているのか何も口にできないでいる。

よくあんなに口が回るなと、クラウスは感心する。いつものリュールは、そこまで口数が多くはない。
リュールのおかげで部屋の中から、あの薬臭さが随分と無くなった。やっと息苦しさが無くなった気がする。
エルヴィンが握っていた手に力を入れるのにクラウスは気が付いた。

「エルヴィン兄上、どうされました」
「気持ちがいいな」
「そうですね」
二人揃って、クスリと笑う。
エルヴィンに作り物ではない、本当の笑顔が出て、クラウスは嬉しくなる。

「それに『空気のよどみは気のよどみ』と申しますでしょう。部屋の空気を入れ替えて、気が滞るのを防ぐのは大切なことだと思います。『病は気から』ともいいますけど、あれは気の持ちようで病気になると言っているのではなくて、身体の中の気の巡りのことを言っているのです。気の巡りが悪くなると、病になるということなのです。ですから部屋の空気を入れ替えるのも必要なことなのです。もちろん第1王子殿下を、風に吹きっ晒しにしろなどと言っているのではないのです。寒い時や風が強い時は、窓を開ける必要はありません。
それに、部屋の中に陽の光を入れるのはとても大切なことなのです。人間は陽の光に当たらないと、ビタミンD不足になって……おっと、今の言葉はお気になさらず。
やはり陽の光を感じて、体内時計を正常にする必要があります。生体リズムが崩れると、睡眠や食欲に影響が出てしまって、治る病気も治りにくくなってしまいますからね。直射日光に当たれと言っているのではないのです。こうやって部屋の窓を開けるだけで、部屋に陽の光が入り込んできて、これだけでも随分と違うのです。
そして一番大事なのは、第1王子殿下に色々な事を感じてほしいのです。窓から入って来る草花の匂いだったり、鳥の声だったり。季節の移り変わりを知ることは、第1王子殿下のお心を、お慰めできるのではないでしょうか」
リュールの滑舌は止まらない。やっと止まったかと思ったら、ゼーハーと息が続かなくなっているようだ。

「何を偉そうに……貴方に何が分かるというの。初めてやってきてお説教をしようというの。何も知らないくせに、何の苦労もしていないくせに、どの口がそんなことを言うのっ。口を出さないでちょうだいっ」
「仰ることは、ごもっともです。私達は第1王子殿下のご病気に対して、何一つ理解しておりませんし、お世話もしたことはありません。ですが、どうかお聞き届けいただきたいと思います。日に1度だけでも窓を開け、新鮮な空気を入れて頂きたいのです」
「自分が正しいとでも言いたいのっ。看病をしたわけでもなく医者でもない、ただの子どものくせにっ。早くそこをどきなさいっ」
窓に手をかけたまま、マーガレットへと頭を下げ続けるリュールへ、マーガレットは近づいて行く。

「どきなさいっ!」
マーガレットがリュールへと手を上げる。

「リュールっ!」
慌ててクラウスがリュールの方へと走り寄ろうとするが、間に合わない。

パンパンパン!
いきなり部屋に響き渡った音に、部屋にいた全ての人間が振り返る。
マーガレットも振り上げた手をそのままに、音の方へと顔を向ける。

「どうか側妃様、お気持ちを御沈め下さい」
扉には、打ち鳴らした手をそのままに、一人の老人が立っていた。
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