上 下
60 / 75
連載

84. クレアの心

しおりを挟む




フラフラと歩くグレイシスは、なんとか人のいる所へと向かう。
そして、大勢の人が声高に騒いでいるのを見つけた。
何をしているのだとか、何に騒いでいるのだとかは、今のグレイシスに考える余裕は無い。
ただ、人のいる場所へ。

「ク、ク、クレアを…クレアを助けてくれ…」
何とか一人の男性に近づくと、男性の上着を握る。
そのままズルズルと地面に跪く。

「貴様、人の上着を握るなどと…
ん、血まみれではないか。どうした?」
上着を握られたググリア将軍は、人の上着をいきなり握るなどという無礼な者を見るなり、驚きに声を上げる。

若い男性だ、20代前半ぐらいか。
額から血を流し、それが顔半分を覆っている。
それなりの身なりをしているようだから、盗賊に襲われたか、暴漢に襲われたか。

「クレアを助けてくれ…」
男は弱弱しいながらも、ググリアの探し求める娘の名前を言ったのだ。
ググリアは跪いたままの男の両肩を掴む。

「おいっ!今クレアと言ったな。クレアとはいったい誰だ」
「ク、クレア=ハートレイ。私の妹だ…
お願いだ、クレアを助けてくれ」
男は息も絶え絶えだ。
何とかググリアに支えられ、上半身を支えている状態だ。

ググリアは焦っていた。後悔、悔しさ、そんな思いがグルグルと身体の中を渦巻いている。
ググリアは自分から望んでクレアの筆頭護衛になったのだ。自分の持つ全てのしがらみを実子のクレアに背負わせた。そのクレアを護るのだと、クレアの護衛になった筈だったのに。
それなのに…

いくら剣の腕前が国で1.2を競うとは言っても。
護衛として24時間クレアの側に付き添うことは難しい。
あの時ググリアは、クレアの元を離れ、自宅で睡眠を取っていた。
その時にクレア失踪の一報が入ったのだ。

ググリアは歯噛みする。
だが、後悔する暇があるなら、クレアを探し出すことに全力を尽くせ。
自分に喝を入れる。


「クレアはどこにいるんだっ」
「母に…ハートレイ男爵夫人に連れ去られた。
私には、どこに連れ去られたかは判らない。もしかしたら、父が知っているかもしれない。父は『黒羽亭』という宿にいる」
ググリアの問いに、何とかグレイシスは答える。

「くそう、下町にいたのか。
アルクイットっ、我輩は『黒羽亭』に先に行く。この青年を頼む」
「了解しました」
ググリアは、言葉より先に、馬の繋いである場所へと走っていく。その後を腹心の部下たちが追う。

後を頼まれたアルクイット=グルナイルは、少し離れた場所で捜索の報告を受けているライオネルへと声を張り上げる。
「ライオネル殿下っ!
こちらにいらして下さい。クレア様のことを知っていると言う者がおります」

ここにいる全ての者たちが、クレアを探す糸口が見つかったと勢い込む。
一刻も早くクレアを助け出すために。





クレアが押し込まれていた宿よりも、随分上質な宿へと連れてこられた。
それでも寝室に詰め込まれたので、部屋の中にはベッド以外、小さなチェストぐらいしかない。
王都に詳しくないクレアは、ここがまだ王都の中なのかも判らない。

宿に着いてすぐ、クレアはリリにより、ドレスを脱がされた。下着さえも奪われたのだ。
パトリシアの時にも感じたが、華奢で儚げな印象とはことなり、この母娘は、ひどく力が強い。
クレアの抵抗では、リリを止めることはできなかった。

部屋から出て行く時、リリがクレアに投げつけた布の塊をノロノロと見てみる。
夜着のようだが、身体を包むには余りにも心もとない。
それでも丸裸でいるよりはましだ。クレアは夜着を着こむ。

着こんだ夜着はあまりにもスケスケで、着ない方がましではと思える物だった。
クレアはベッドからシーツを剝ぎ取ると、夜着の上からグルグル巻き付けて身体が見えないようにする。
リリやパトリシアのように自慢できる身体ではない。あの二人なら、こんな状況でも、自分の魅力を最大限に使おうと、夜着のままでいるのだろうが、クレアは中肉中背のごく普通の身体だ。魅力は欠片も無いと思っている。

鈍感なクレアですら、自分がここで慰み者にされようとしているのが判る。
親により、売られたのか、捨てられたのか。
馬車でこの宿まで来る間、自分はもうすでに男爵家の娘ではないと、クレアはリリに訴えた。
モリスノ侯爵家に養女(実子)に入ったと言ったのだ。
それにクレアはすでに成人している。親の言いなりになる必要など無い。
クレアの意志を無視したこのやり方は、誘拐以外のなにものでもないのだ。

しかし、リリの反応は余りにもそっけなかった。
ただ一言「そんなことあるわけないでしょう」だった。
リリの考えは簡単だ。
器量の悪いクレアが上位貴族に養子にいけるはずなど無い。
パトリシアならば信じるかもしれないが、クレアには無理だ。
それに親が娘をどう扱おうと、そんなことはのことなのだから。

どんなにクレアが言葉を尽くした所で、リリの耳には入らない。
クレアの隣に座るジオルも聞く耳は持たない。ジオルはリリの言うことにしか頷かないのだから。


クレアは考えを止める。今はこの困窮こんきゅうした状態をどうにかしなければならない。
ドアには勿論鍵がかかっており逃げ出すことはできない。
窓には鎧戸までも施されており、勿論開かない。この部屋が何階なのかも判らない。

最後の手段として…
グッとクレアは手を握りしめる。
枕もとのチェストの上には、ランプが置かれている。室内にあるのは、この1つだけで、光源としては足りない。部屋は全体的に薄暗い。
大き目なランプにはタップリと油が入っている。一晩中点けていてもいいようにだろう。

クレアは決心する。
このランプの油を撒こう。そして、火を点けよう。
勿論一番に死ぬのはクレアだ。
それでも、理不尽な暴力を受ける前に、綺麗なままで死んだ方がましだ。

クスリ。
クレアは笑う。ブサイクな自分が綺麗なままと言うのもおかしいのだが。
クレアの瞳から涙が溢れ出る。
最後にライオネルに一目会いたかった。
パトリシアの騒動で、ライオネルと碌々言葉も交わさずに別れてしまった。

このまま凌辱を受け入れれば、またライオネルに会えるかもしれない。
でもクレアは、そんな自分をライオネルに見られたくなかった。
どんなクレアになろうとも、本当の家族であるライオネルは、慰めてくれると判っている。理不尽な目にあったクレアのために怒ってくれると判っている。
それでも、会うわけにはいかない。

クレアが耐えられないのだ。
自分の心の中の見たくなかった部分が露になる。
自分は女性としてライオネルの側に居たかった。
女性としてライオネルに愛されたかったのだ。

こんな醜い自分が笑わせる。
それでなくても、身分が違う。
年上だし、誇れる仕事も無い……
考えれば考える程、ライオネルに愛を乞うのは卑怯だと判っている。
家族だと言ってくれるライオネルの情に縋ろうとする自分が浅ましい。

それでも。
それでも、最後に言いたかった。
「ライ。愛しているわ」


クレアがランプを手に取るのと、扉が開き、廊下の明かりが室内に入ってくるのは一緒だった。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

残り一日で破滅フラグ全部へし折ります ざまぁRTA記録24Hr.

福留しゅん
恋愛
ヒロインに婚約者の王太子の心を奪われて嫉妬のあまりにいじめという名の悪意を振り撒きまくった公爵令嬢は突然ここが乙女ゲー『どきエデ』の世界だと思い出す。既にヒロインは全攻略対象者を虜にした逆ハーレムルート突入中で大団円まであと少し。婚約破棄まで残り二十四時間、『どきエデ』だったらとっくに詰みの状態じゃないですかやだも~! だったら残り一日で全部の破滅フラグへし折って逃げ切ってやる! あわよくば脳内ピンク色のヒロインと王太子に最大級のざまぁを……! ※Season 1,2:書籍版のみ公開中、Interlude 1:完結済(Season 1読了が前提)

[完]本好き元地味令嬢〜婚約破棄に浮かれていたら王太子妃になりました〜

桐生桜月姫
恋愛
 シャーロット侯爵令嬢は地味で大人しいが、勉強・魔法がパーフェクトでいつも1番、それが婚約破棄されるまでの彼女の周りからの評価だった。  だが、婚約破棄されて現れた本来の彼女は輝かんばかりの銀髪にアメジストの瞳を持つ超絶美人な行動過激派だった⁉︎  本が大好きな彼女は婚約破棄後に国立図書館の司書になるがそこで待っていたのは幼馴染である王太子からの溺愛⁉︎ 〜これはシャーロットの婚約破棄から始まる波瀾万丈の人生を綴った物語である〜 夕方6時に毎日予約更新です。 1話あたり超短いです。 毎日ちょこちょこ読みたい人向けです。

皇太子の子を妊娠した悪役令嬢は逃げることにした

葉柚
恋愛
皇太子の子を妊娠した悪役令嬢のレイチェルは幸せいっぱいに暮らしていました。 でも、妊娠を切っ掛けに前世の記憶がよみがえり、悪役令嬢だということに気づいたレイチェルは皇太子の前から逃げ出すことにしました。 本編完結済みです。時々番外編を追加します。

婚約破棄されたら魔法が解けました

かな
恋愛
「クロエ・ベネット。お前との婚約は破棄する。」 それは学園の卒業パーティーでの出来事だった。……やっぱり、ダメだったんだ。周りがザワザワと騒ぎ出す中、ただ1人『クロエ・ベネット』だけは冷静に事実を受け止めていた。乙女ゲームの世界に転生してから10年。国外追放を回避する為に、そして后妃となる為に努力し続けて来たその時間が無駄になった瞬間だった。そんな彼女に追い打ちをかけるかのように、王太子であるエドワード・ホワイトは聖女を新たな婚約者とすることを発表した。その後はトントン拍子にことが運び、冤罪をかけられ、ゲームのシナリオ通り国外追放になった。そして、魔物に襲われて死ぬ。……そんな運命を辿るはずだった。 「こんなことなら、転生なんてしたくなかった。元の世界に戻りたい……」 あろうことか、最後の願いとしてそう思った瞬間に、全身が光り出したのだ。そして気がつくと、なんと前世の姿に戻っていた!しかもそれを第二王子であるアルベルトに見られていて……。 「……まさかこんなことになるなんてね。……それでどうする?あの2人復讐でもしちゃう?今の君なら、それができるよ。」 死を覚悟した絶望から転生特典を得た主人公の大逆転溺愛ラブストーリー! ※最初の5話は毎日18時に投稿、それ以降は毎週土曜日の18時に投稿する予定です

私は幼い頃に死んだと思われていた侯爵令嬢でした

さこの
恋愛
 幼い頃に誘拐されたマリアベル。保護してくれた男の人をお母さんと呼び、父でもあり兄でもあり家族として暮らしていた。  誘拐される以前の記憶は全くないが、ネックレスにマリアベルと名前が記されていた。  数年後にマリアベルの元に侯爵家の遣いがやってきて、自分は貴族の娘だと知る事になる。  お母さんと呼ぶ男の人と離れるのは嫌だが家に戻り家族と会う事になった。  片田舎で暮らしていたマリアベルは貴族の子女として学ぶ事になるが、不思議と読み書きは出来るし食事のマナーも悪くない。  お母さんと呼ばれていた男は何者だったのだろうか……? マリアベルは貴族社会に馴染めるのか……  っと言った感じのストーリーです。

村娘になった悪役令嬢

枝豆@敦騎
恋愛
父が連れてきた妹を名乗る少女に出会った時、公爵令嬢スザンナは自分の前世と妹がヒロインの乙女ゲームの存在を思い出す。 ゲームの知識を得たスザンナは自分が将来妹の殺害を企てる事や自分が父の実子でない事を知り、身分を捨て母の故郷で平民として暮らすことにした。 村娘になった少女が行き倒れを拾ったり、ヒロインに連れ戻されそうになったり、悪役として利用されそうになったりしながら最後には幸せになるお話です。 ※他サイトにも掲載しています。(他サイトに投稿したものと異なっている部分があります) アルファポリスのみ後日談投稿しております。

一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!

当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。 しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。 彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。 このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。 しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。 好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。 ※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*) ※他のサイトにも重複投稿しています。

誰からも愛されない悪役令嬢に転生したので、自由気ままに生きていきたいと思います。

木山楽斗
恋愛
乙女ゲームの悪役令嬢であるエルファリナに転生した私は、彼女のその境遇に対して深い悲しみを覚えていた。 彼女は、家族からも婚約者からも愛されていない。それどころか、その存在を疎まれているのだ。 こんな環境なら歪んでも仕方ない。そう思う程に、彼女の境遇は悲惨だったのである。 だが、彼女のように歪んでしまえば、ゲームと同じように罪を暴かれて牢屋に行くだけだ。 そのため、私は心を強く持つしかなかった。悲惨な結末を迎えないためにも、どんなに不当な扱いをされても、耐え抜くしかなかったのである。 そんな私に、解放される日がやって来た。 それは、ゲームの始まりである魔法学園入学の日だ。 全寮制の学園には、歪な家族は存在しない。 私は、自由を得たのである。 その自由を謳歌しながら、私は思っていた。 悲惨な境遇から必ず抜け出し、自由気ままに生きるのだと。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。