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連載
84. クレアの心
しおりを挟むフラフラと歩くグレイシスは、なんとか人のいる所へと向かう。
そして、大勢の人が声高に騒いでいるのを見つけた。
何をしているのだとか、何に騒いでいるのだとかは、今のグレイシスに考える余裕は無い。
ただ、人のいる場所へ。
「ク、ク、クレアを…クレアを助けてくれ…」
何とか一人の男性に近づくと、男性の上着を握る。
そのままズルズルと地面に跪く。
「貴様、人の上着を握るなどと…
ん、血まみれではないか。どうした?」
上着を握られたググリア将軍は、人の上着をいきなり握るなどという無礼な者を見るなり、驚きに声を上げる。
若い男性だ、20代前半ぐらいか。
額から血を流し、それが顔半分を覆っている。
それなりの身なりをしているようだから、盗賊に襲われたか、暴漢に襲われたか。
「クレアを助けてくれ…」
男は弱弱しいながらも、ググリアの探し求める娘の名前を言ったのだ。
ググリアは跪いたままの男の両肩を掴む。
「おいっ!今クレアと言ったな。クレアとはいったい誰だ」
「ク、クレア=ハートレイ。私の妹だ…
お願いだ、クレアを助けてくれ」
男は息も絶え絶えだ。
何とかググリアに支えられ、上半身を支えている状態だ。
ググリアは焦っていた。後悔、悔しさ、そんな思いがグルグルと身体の中を渦巻いている。
ググリアは自分から望んでクレアの筆頭護衛になったのだ。自分の持つ全てのしがらみを実子のクレアに背負わせた。そのクレアを護るのだと、クレアの護衛になった筈だったのに。
それなのに…
いくら剣の腕前が国で1.2を競うとは言っても。
護衛として24時間クレアの側に付き添うことは難しい。
あの時ググリアは、クレアの元を離れ、自宅で睡眠を取っていた。
その時にクレア失踪の一報が入ったのだ。
ググリアは歯噛みする。
だが、後悔する暇があるなら、クレアを探し出すことに全力を尽くせ。
自分に喝を入れる。
「クレアはどこにいるんだっ」
「母に…ハートレイ男爵夫人に連れ去られた。
私には、どこに連れ去られたかは判らない。もしかしたら、父が知っているかもしれない。父は『黒羽亭』という宿にいる」
ググリアの問いに、何とかグレイシスは答える。
「くそう、下町にいたのか。
アルクイットっ、我輩は『黒羽亭』に先に行く。この青年を頼む」
「了解しました」
ググリアは、言葉より先に、馬の繋いである場所へと走っていく。その後を腹心の部下たちが追う。
後を頼まれたアルクイット=グルナイルは、少し離れた場所で捜索の報告を受けているライオネルへと声を張り上げる。
「ライオネル殿下っ!
こちらにいらして下さい。クレア様のことを知っていると言う者がおります」
ここにいる全ての者たちが、クレアを探す糸口が見つかったと勢い込む。
一刻も早くクレアを助け出すために。
クレアが押し込まれていた宿よりも、随分上質な宿へと連れてこられた。
それでも寝室に詰め込まれたので、部屋の中にはベッド以外、小さなチェストぐらいしかない。
王都に詳しくないクレアは、ここがまだ王都の中なのかも判らない。
宿に着いてすぐ、クレアはリリにより、ドレスを脱がされた。下着さえも奪われたのだ。
パトリシアの時にも感じたが、華奢で儚げな印象とはことなり、この母娘は、ひどく力が強い。
クレアの抵抗では、リリを止めることはできなかった。
部屋から出て行く時、リリがクレアに投げつけた布の塊をノロノロと見てみる。
夜着のようだが、身体を包むには余りにも心もとない。
それでも丸裸でいるよりはましだ。クレアは夜着を着こむ。
着こんだ夜着はあまりにもスケスケで、着ない方がましではと思える物だった。
クレアはベッドからシーツを剝ぎ取ると、夜着の上からグルグル巻き付けて身体が見えないようにする。
リリやパトリシアのように自慢できる身体ではない。あの二人なら、こんな状況でも、自分の魅力を最大限に使おうと、夜着のままでいるのだろうが、クレアは中肉中背のごく普通の身体だ。魅力は欠片も無いと思っている。
鈍感なクレアですら、自分がここで慰み者にされようとしているのが判る。
親により、売られたのか、捨てられたのか。
馬車でこの宿まで来る間、自分はもうすでに男爵家の娘ではないと、クレアはリリに訴えた。
モリスノ侯爵家に養女(実子)に入ったと言ったのだ。
それにクレアはすでに成人している。親の言いなりになる必要など無い。
クレアの意志を無視したこのやり方は、誘拐以外のなにものでもないのだ。
しかし、リリの反応は余りにもそっけなかった。
ただ一言「そんなことあるわけないでしょう」だった。
リリの考えは簡単だ。
器量の悪いクレアが上位貴族に養子にいけるはずなど無い。
パトリシアならば信じるかもしれないが、クレアには無理だ。
それに親が娘をどう扱おうと、そんなことは当たり前のことなのだから。
どんなにクレアが言葉を尽くした所で、リリの耳には入らない。
クレアの隣に座るジオルも聞く耳は持たない。ジオルはリリの言うことにしか頷かないのだから。
クレアは考えを止める。今はこの困窮した状態をどうにかしなければならない。
ドアには勿論鍵がかかっており逃げ出すことはできない。
窓には鎧戸までも施されており、勿論開かない。この部屋が何階なのかも判らない。
最後の手段として…
グッとクレアは手を握りしめる。
枕もとのチェストの上には、ランプが置かれている。室内にあるのは、この1つだけで、光源としては足りない。部屋は全体的に薄暗い。
大き目なランプにはタップリと油が入っている。一晩中点けていてもいいようにだろう。
クレアは決心する。
このランプの油を撒こう。そして、火を点けよう。
勿論一番に死ぬのはクレアだ。
それでも、理不尽な暴力を受ける前に、綺麗なままで死んだ方がましだ。
クスリ。
クレアは笑う。ブサイクな自分が綺麗なままと言うのもおかしいのだが。
クレアの瞳から涙が溢れ出る。
最後にライオネルに一目会いたかった。
パトリシアの騒動で、ライオネルと碌々言葉も交わさずに別れてしまった。
このまま凌辱を受け入れれば、またライオネルに会えるかもしれない。
でもクレアは、そんな自分をライオネルに見られたくなかった。
どんなクレアになろうとも、本当の家族であるライオネルは、慰めてくれると判っている。理不尽な目にあったクレアのために怒ってくれると判っている。
それでも、会うわけにはいかない。
クレアが耐えられないのだ。
自分の心の中の見たくなかった部分が露になる。
自分は女性としてライオネルの側に居たかった。
女性としてライオネルに愛されたかったのだ。
こんな醜い自分が笑わせる。
それでなくても、身分が違う。
年上だし、誇れる仕事も無い……
考えれば考える程、ライオネルに愛を乞うのは卑怯だと判っている。
家族だと言ってくれるライオネルの情に縋ろうとする自分が浅ましい。
それでも。
それでも、最後に言いたかった。
「ライ。愛しているわ」
クレアがランプを手に取るのと、扉が開き、廊下の明かりが室内に入ってくるのは一緒だった。
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