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83. クリストファーの心②
しおりを挟むぐっすりと眠っていたパトリシアがその美しい瞳を徐々に開いていく。
自分を覗き込むクリストファーに気づくと、はにかんだ笑顔を浮かべる。
よく計算された表情だ。
クリストファーも、少女と似たような、作られた笑顔を浮かべる。
「やっと起きたかい?君に見せたいものがあるんだ」
「まあ、何ですの?」
パトリシアは何も疑うことなくクリストファーに手を引かれてベッドから起き上がる。
「嫌ですわ。私ったら寝起きで、恥ずかしい」
昨晩はこの宿に着いてすぐに、寝てしまった。
パトリシアは大胆にも、その肌を惜しげもなくクリストファーの前へと晒してきたが、クリストファーがパトリシアに触れることは無かった。
ただただ、パトリシアに興味がなかったのだ。
クリストファーは、パトリシアを隣の部屋へと連れて行く。
この宿屋はジンギシャールの王都で一番の高級宿だ。
王都で一番ということは、ジンギシャール国で一番だといえる。
その中でも最上級の部屋。
一見の客は見ることさえできない。
王族のクリストファーだからこそ、この部屋へと通されたのだ。
パトリシアはこの宿に入った時から大喜びだった。
自分がさも偉くなったかのように、宿の使用人達に尊大な態度をとっていた。
クリストファーは何も言わない。ただ柔らかい笑みを浮かべていただけだ。
パトリシアを連れて行った部屋には、美しいドレスが準備されていた。
この宿へ来るのは決めていたから、ドレス工房へ依頼していたのだ。
「なんて素敵なドレスなのでしょう。このドレスを私に?」
「ああ、勿論だよ。君に似合うと思うよ。着てごらん」
パトリシアは大喜びでドレスに着替える。
しかし、一人では着ることが出来ないらしく、宿の使用人に手伝ってもらっていた。
ドレスを着たパトリシアは物語のヒロインのように美しかった。
高級なドレスに頬を染め興奮している。
「さあ、これを付けてあげよう」
クリストファーの手には、ダイヤモンドのネックレスが光っている。
「まあっ、素敵ですわ。素敵!」
パトリシアは、大喜びだ。
自分のデコルテで光るネックレスを鏡で確認して、見惚れている。
クリストファーは、それを柔らかい微笑みを浮かべて見ている。
自分と最後を共にしてくれる少女に心ばかりのプレゼントだ。
この少女は罪を被ってくれるのだから。
王族殺しという、恐ろしい罪を。
「ウフフ、なんて素敵なんでしょう。
クリストファー様と一緒に来て、良かったで……」
バダンッッ!!
パトリシアは最後まで言葉を発することはできなかった。
荒々しい音と共に扉が大きく開いたからだ。
何人もの男たちが部屋へと入り込んでくる。
「きゃあっ!」
いきなりの乱入者たちにパトリシアは怯えてクリストファーへと縋りつく。
「遅かったですね」
微笑んだままクリストファーは男たちを見渡す。
全部で5人。
その人数が多いのか少ないのかはクリストファーには判らない。
クリストファーは待っていたのだ。
自分の最後を。
国の災いの種である自分が消滅することを。
王宮で護られているクリストファーは外に出る必要があった。
それも、自分の意志では無い方法で。
王族の汚点になってはいけない。国王陛下の御代を穢してはいけない。
初めはクリストファーとパトリシアが手に手を取って、共に王宮を後にしたと思われるだろう。
だが、文机の中に手紙を残してきた。
自分の意志では無く、脅されて王宮を後にしたと認めてある。
何故脅されたのか、何故こんな小娘のいいなりになって王宮を後にしたのか。
そんなことは後の者が考えればいい。
王宮を一歩出たならば、必ず誰かが自分を殺しに来るだろう。
クリストファーを殺したい者は、数多くいるのだから。
王宮から出さえすればいいのだ。
国一番の高級宿に泊まったのもそのためだ。
パトリシアは何も考えずに喜んでいたが、本当だったら、駆け落ちをした二人が、こんな目立つ場所に泊ったりするはずはない。
そう、すぐに見つけられるようにだ。
自分が死んだ後、その死が国王陛下の汚点になることは避けなければならない。
だからこそ、クリストファーは被害者でなければならなかった。
チラリと自分の腕に縋る少女を見る。
訳が判らず、怯えているようだ。
クリストファーを脅して、誘拐したことにされる少女。
全ての罪を一身に受けて、死んだ後でさえ断罪されるだろう少女。
クリストファーが選んだ贄。
「こっちへ来い」
「きゃあっ。いやぁ、やめてぇっ。クリストファー様ぁっ!」
パトリシアは、縋りついていたクリストファーの腕から、無理やり引き剥がされる。
泣き声だけを残して、そのまま部屋から連れ出される。
そのまま、切り殺されるのだろうか。
それとも王族殺しとして、見せしめのために国民の前で処刑されるのだろうか。
自分が罪を擦り付けた少女だとはいえ、目の前で悲惨な状況を見なくていいことに少しホッとする。
次は自分の番だ。
そう思いクリストファーはクスリと笑う。
自分はすでにパトリシアに殺されている筈なのだから。
誘拐犯に攫われたクリストファーを探していた者たちは、すでにパトリシアから殺害されているクリストファーを見つけ出す。
こと切れ死体となっているクリストファーを。
そういう筋書きなのだから。
「殿下どうぞ、目を閉じてください」
賊が丁寧な言葉で話しかけてくる。
その声に聞き覚えがあり、クリストファーは賊の方へと視線を送る。
ああ、そうか。
納得するとともにクリストファーの瞳からは涙が溢れ出る。
自分に白刃を向ける男をクリストファーは知っている。
知っているどころか幼いころから共に過ごしてきた。
自分を護ってくれていた。
クリストファーが傷つかないようにと、全てから護り続けてくれていた。
国王陛下の直属の部下。
クリストファーの護衛騎士の一人。
「ゾーイ。お前が来てくれたのか」
クリストファーは涙が流れるままに微笑みを浮かべる。
国王陛下が。
父上がそれを望まれたのだ。
自分がジンギシャールからいなくなることを。
ジンギシャールの災いがいなくなることを。
そうか。
父上が望まれたのか。
他の誰でもない父上の望み。
何の役にも立たない。ただ周りの者たちに嫌われ、唾棄されてきた自分が、父上の願いを叶えることが出来るのだ。
なんという幸甚。
「お父様……」
クリストファーは、幼い頃に呼んでいたままに呟く。たった一人の大好きな人。
自分を慈しみ、愛してくれた人。
大きい手で頭を撫でられるのが好きだった。
何度も抱きしめてもらった。
添い寝さえもしてもらったことがある。
幸せそうな笑みを口元に浮かべたまま、クリストファーは瞳を閉じた。
もう二度と瞳が開くことはないだろうと思いながら。
※※※ ※※※ ※※※ ※※※ ※※※ ※※※ ※※※ ※※※
以下↓、超ネタバレがありますので、心してお読みください。
出来れば読まないでいただきたい。是非とも読まないでいただきたい。
現ナマの気の弱さによる逃げです。
えー、皆さまにおかれましては、色々と思われることがあると思います。
ああ、本当は、言いたくないんです。
これ言っちゃうと、面白くない。
物語を作っている作者としては、面白くない!
でも、皆さんから詰られるのが怖い。
言います。
クリストファー君は最後に、目を閉じる時、思っています。
思っているだけです。
クリストファー君に誰が何をしたとは、現ナマ書いておりません。
そう、クリストファー君は思っているだけです。されておりませんっ!
ちくしょー。
自分で書いて、自分で逆切れしている、面倒くさい現ナマでした。
これからも、見捨てることなく、お付き合いください。
よろしくお願いいたします。
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